出演
あの後、電話口から”今から面接来れます?”と聞かれたときは、少し驚いたし、
即決で明日の集合時間を言われたときはもっと驚いたけど、
1日でも早く働いてお金を稼ぎたいオレ達からすると、こんなに嬉しいことは無い。
キドラとジニアも嬉しそうだ。
しかし、キドラが女の子だったなんて、ビックリだ。
改めて2人の関係性が気になる。
ジニアの性格的に最低限の事しか話さないであろうし、
それをあえて聞くのはジニアにも申し訳ない気がする。
おそらくジニアもオレが気になっているのは気がついているだろうけど、
あえて向こうから言ってくるということも無いだろう。
「緑が丘の皆さんおはようございます。さっそく今日のシーンの説明に入らせて頂きます。」
集合場所は近くの公園だ。基本はそこで待機している。
集合時間になったので、拡声器でスタッフが説明を開始する。
今、オレの両隣には、キドラとジニアが居る。
「本日は、突然襲来して来た宇宙人から逃げるというシーンを撮影します。
詳しくは、お手元の資料をご覧下さい。」
A4のわら半紙1枚、それに映画のタイトルとあらすじ、
先ほどスタッフが説明した程度のシーンの状況と注意事項くらいしか書かれていない。
びっくりするほどシンプルだ。
「それでは、一部の方は衣装をお渡しします。名前を呼ばれた方は前に出てきてください。」
近くの喫茶店の協力の下、メイド喫茶のシーンが一瞬写る。
そこに出るエキストラの衣装だけは貸し出しだ。
「オチアイ キョウカさん、オチアイ シノブさん。」
2人とも太っていて、キャラが立っているが、
それが逆に面白いと思われたんだろう。
キョウカはキドラで、シノブはジニアだ。
オレは2人の様子を他のこのシーンには参加しないエキストラと共に見守る。
「それでは、カメラの上のほうから来る宇宙船に驚いてください。このシーンでは声は出さないで下さい。」
先ほどのスタッフが拡声器を使わずに、大声で指示を送る。
近くに居る、監督であろう人に耳打ちをする。
「もう少し左によって下さい。」
スタッフはキドラに駆け寄ると、
立ち位置を少しだけずらし、
再び監督に耳打ちをする。
「はい、じゃぁ撮影開始します。3、2、1。」
想像以上に適当だ。
イメージ的にもっとしっかりやっているのかと思っていた。
キドラとジニアは必死で空から何かが来ている演技をする。
ジニアは目の上に手をやり、しかめっ面をし、
キドラは指差しながら、呆然としている。
「はいOKー!次行きまーす。」
ものの数秒だ。凄く短い。
スタッフがカメラを移動させ始める。
撮影時間より待機時間のほうがはるかに長い。
「次は宇宙船から逃げ惑うシーンです。ここではこちらからこっち側の方達に参加していただきます。」
設置が終わると、再び大声で指示が飛ぶ。
スタッフは全体の半分くらいを指すようなジェスチャーをする。
オレが参加する番らしい。
「今度は叫びながらカメラと反対方向に逃げて下さーい。台詞はおまかせします。ときどき振り返ってもらえればOKです。」
スタッフは先ほどと同じように監督に耳打ちする。
「それでは行きまーす。3、2、1」
「なんだあれ!?逃げろー!」
エキストラの1人が台詞を言ったのを合図とするように、皆が走り出す。
「うわー!」
オレもその中に紛れて走る。
「はいOKー!ちょっと移動しまーす。」
オレは小走りでキドラとジニアの元に戻る。
と、キドラの様子が少し、おかしい。
「どうしたの、キドラ?気持ち悪いの?」
「いや、なんでも無い。大丈夫だ。」
ジニアがすかさず、そう答えた。
「そう?」
疑問を感じながらもオレはスタッフに誘導され移動する。
「次はこちら京工大で撮影になりまーす。しばらく、学生の皆さんでの撮影になりますので、皆さんはしばらく校庭で待機していてください。」
どうやら学生が逃げ惑うシーンらしい。
学校も破壊されるシーンがあるらしく、結構撮影が長い。
A4のあらすじには予告からでも解るような簡潔なあらすじしか書いていなかったので、
細かい内容は推測するしかないが、おそらく、主人公が活躍する重要なシーンなのだろう。
オレ達は、先ほどとは別のスタッフに誘導される。
「えーではこちらの皆さんはこのままお昼休憩です。こちらの受付で名前を言ってお弁当を受け取ってください。」
そのスタッフが校庭に着くとそう言った。
校庭には折りたたみ式会議テーブルとパイプ椅子だけで設営された簡素な受付があり、そこに並ぶ。
しばらく並んで弁当を受け取る。その辺りの弁当屋で買ってきたようだ。
中身は、ご飯、から揚げが数個、申し訳程度のピンク色の沢庵。
食べ盛りの男子高校生には正直足りないが、仕方ないだろう。
オレは、キドラとジニアの側でご飯を食べ始める。
やっぱり、キドラの様子がおかしい。
いつもだったら”から揚げおいしー!”とか言ってそうなもんだけど。
「やっぱり何かあったの?」
キドラを気遣い、オレは声をかける。
いつものような元気が無い。
「あー、さっきは余計な心配をさせたら悪いと思って言わなかったが…。」
ジニアがキドラの様子を見ながら、話すかどうかを考えている。
「ジニア、言うよ。」
キドラがはっきりとした口調でそう答えた。
「大丈夫か?」
ジニアはキドラが心配そうだ。
「うん、平気。ミノル、あのね。」
キドラは言葉を選びながら話しているようだ。
こんなキドラを見るのは初めてだ。
「どうした?」
オレも箸を止め、真剣な表情で聞く。
「あれが演技って解ってるけど、」
キドラは相変わらず言葉に詰まりつつ、話している。
「うん。」
「やっぱり皆、宇宙人とか怖いのかなぁ、って思っちゃって。」
今までは表に出さなかったが、キドラは自分が宇宙人であり、恐れられる存在なのかもと疎外感を抱いたらしい。
「あ…。」
思わずオレも言葉に詰まる。
しかし、今の自分の気持ちを話すことにした。
「キドラとジニアはとっても可愛い外見をしているからさ。
最初に合ったときは、驚きはしたけど、全く怖く無かったんだよ。
それにさ、君達が悪い人には見えなかったんだ。
実際2人ともとってもいい人達だったしね。」
オレは第1印象を素直に言えた。
言葉に詰まりながらも、キドラをなぐさめようとした。
「…。」
キドラは黙って聞いている。
「キドラもジニアもゆるキャラみたいだからさ!
絶対悪い人には見えないよ!。
いや、むしろ人気出ると思うよ!。
グッズとか沢山出てさ!」
ぬいぐるみとかに丁度良さそうだ。
「なんだそりゃ、グッズの利益は俺達に還元されるのか?」
ジニアは思わずオレの発言に突っ込みを入れる。
普段だったら人の発言を遮る事は無いだろうが、
ジニアなりに場を和ませようとしているのだろう。
「えっ、解んない。」
アドリブだから、ぜんぜん考えて無いよ。
「ふふっ、ありがと、2人とも。」
良かった、そんなオレ達のやり取りでキドラも少し、元気を取り戻したようだ。
「それでは皆さん、次のシーンに移ります。宇宙人から襲われて避難した後でーす。
体育座りで俯いて声は出さないで下さーい。」
そこで丁度スタッフの誘導が入る、相変わらず気の抜けた声だ。キドラももう大丈夫だろう。
待機しては撮影、待機しては撮影を繰り返し、半日に及んだ撮影は終了した。
撮影は朝から夜まで続いたが、お弁当が出たのは昼の一回だけだ。
正直、キツイ。
「お腹空いたー!」
キドラとジニアは2階で装甲を脱ぎ捨ててから1階に戻って来た。
そういえば、キドラは撮影中凹んでいたけど、もう大丈夫だろうか?
「キドラ、もう大丈夫なの?」
「何が?」
キドラはキョトンとした顔をしている。
「撮影中、宇宙人が嫌いなのか、と悩んでいただろう。」
ジニアが補完する。ジニアも気にしてはいたのだろう。
「あーそれならもう平気ー!心配してくれてありがと、ミノル!」
キドラが駆け寄って来て、抱きついた。もう平気そうだ。
「さ、夕飯作らなきゃね。」
と、ホッとしたのも束の間に、突然玄関を開ける音がした。




