出会い
初投稿です。
橋囲 季林奈と申します。
よろしくお願い致します。
全23話です。
「よし!」
俺は、鏡の中の姿を頭のてっぺんから尻尾の先まで確認していく。
全身薄めの蒼い色をしていて…例えるなら、春先の空の色、だろうか。
そして、お腹側はほとんどが真っ白だ。
鏡を隅から隅まで眺めていると、
設計図やら、書籍やら、作りかけの機械やらでごちゃごちゃした部屋も見える。
それに反して、俺の見出しなみはばっちり決まっている。
ちょっと気合を入れすぎたかもしれないな。
と思いながらも、最後に、もう1度つるつるすべすべな肌を確認した。
大丈夫、完璧だ。
気持ちを落ち着かせる為に窓の外の景色を眺める。
窓の外にはいつも通り、透明なパイプの中をせわしなく、乗り物が走る。
規則的にパイプの中を走る乗り物を見ていると、なぜだか落ち着くんだ。
ふう、と一息付いて、完成したばかりの機械をもう一度見てから、廊下へ出る。
「丁度起こしに伺った所です、ジニア様。」
俺が扉から出ると、深々と頭を恭しく下げた彼は、
いつ見ても、隙が無くほれぼれするような佇まいだ。
「おはよう、スチャン。」
いつものように廊下には俺に万全の補佐をしてくれている執事のスチャンがいた。
彼は必要な時に、必要な物を必ず用意してくれるだけではなく物事の先を読む能力に長けていて、
俺が行き詰まった時には意外な視点から的確なアドバイスをもしてくれる…
おそらく彼はそのつもりは無いのだろうが、ふとした彼の一言で助かることも多い。
心からの信頼を置けるあらゆる面で優秀かつ、冷静な右腕だと思う。
その彼が今日は心なしかいつもより、表情が強張っているようだ。
ここはいつもの役割を代えて、俺が緊張を解してやらねば。
「顔が真っ青だぞ、珍しく緊張してるじゃないか
スチャンが何かする訳でもないだろう?」
しかし、俺がそう言うと、スチャンは少し意外そうな顔をしながら
「ジニア様こそ、かなり緊張しておられますよ。」
と言った。
やはりスチャンと俺の仲だ、緊張は誤魔化しきれなかったようだ。
「そうかな、右手と右足が同時に出てたいたかな?」
それは緊張もする、俺はかねてより取り掛かっていた機械をついに完成させたんだから。
そうそう、自己紹介が遅れたが、名前はさっきこのスチャンが呼んでいたから解ると思うが、”ジニア”という。
俺は、王様専属の発明家で、王家の城内に住んでいる。出来上がったばかりの機械は当然王様直々の依頼のものだ。
今回作成した機械はこれまでにないくらい繊細で、故に結構な時間が掛かった。
これだけの機械をここまで苦労して完成させたんだ。
実のところ1番最初に、見てもらいたいのは、王様ではない。
それは俺が小さい頃から付き合いのある”キドラ”だ。
これまでにも出来上がったものは全てキドラに見てもらっている。
あいつの反応で王様の反応が予想できるというのが表向きの理由だが本音を言うと
困難な作業にぶつかった時も、これが完成したらキドラの率直な感想が聞ける、と思うと頑張れるからだ。
俺が王家の技師になった時からずっとそうだ。
”ひっくり返さずに対象物の表と裏を入れ替える機械”
なんていう下らないものを作っても凄い凄いと喜んでくれる。
こっちも作り甲斐があるってもんだ。
…いや、決して単細胞な訳ではないぞ。
純真無垢なだけ、だと思う。
しばらく歩くと、キドラの部屋の前に着いた。
「ありがとう、スチャン。ちょっと待っててくれ。」
「かしこまりました。」
そう言ってスチャンは頭を深々と下げる。
俺はそれを見ながら、目の前のキドラの部屋の扉を軽く2回、ノックした。
トントン
「キドラ、起きてる?」
「ジニアー?開いてるよー。」
扉越しに薄っすらとキドラの声が聞こえてきた。
もう起きていた。
「開けるよ?」
キドラの部屋のカーテンは締め切られており、薄暗い。
昨日お風呂に入ってそのままなんだろうか。散らかっている。
やったらやりっぱなし、もっとしっかりして欲しいものだ。
俺がもっと自分の身の回りの事をしっかり出来る奴だったら、そう言えるんだけどな。
「朝早くからいったいなに?」
何度か見かけたキドラの寝ぼけ眼だ、1年に何回か見かける。
どうせまた面白いドラマを見ていた、なんていう理由だろう。
「ついに完成したぞ。」
俺はキドラにそう言ったが、
言葉を聞いても、まだ、ぼんやりとしている。
どうやら、まだ半分寝ているらしく、単語の1つ1つを反芻しなければならないらしい。
と思っていると、だんだんとキドラの顔がハッキリしてきた。
どうやら完全に目が覚めたようだ。
「え!?ホントに。」
意味を理解した瞬間にキドラの顔がパーッと明るくなる。
まるで自分の事かのように心の底から喜んでくれているのが解る。
そうそう、この顔が見たかったんだ。
「ホントだよ、いつものように見せてやるよ。」
「やった。さあはやくはやく!」
とキドラは俺を急き立てだした。
「おまたせ、スチャン。」
「いえいえ、とんでもございません。」
先程スチャンと2人で来た道を3人で引き返す。
キドラはというと、スキップしながら俺の部屋に向かっている。
キドラは感情表現がまっすぐで、見ていて飽きないし、俺をほっとさせる。
俺の部屋の前に付くと、先程と同じようにスチャンを部屋の前に待たせて、俺はキドラと共に部屋に入る。
「うわーすごいねー!思ったより大きいね。」
キドラは完成した機械を一目見るなり、そう言った。
今までの発明品よりはかなり大きくなってしまった。
この機械の主要な部分は、楽々と大人がくぐり抜けられるくらい大きい円環になっている。
「詳しく聞かせて!」
このように俺が何かを完成させると、毎回どんな構造でどんな理論を基にして作られているかを、聞きたがる。
理解してるのやらしてないのやら。
「いいか、この赤いスイッチが電源。この円環で、エネルギーを循環させる。
エネルギーと質量はイコールだから、エネルギーで大量に必要な質量を擬似的に再現してる。
惑星の近くの空間が歪むように、俺達のいる空間は大量の質量で歪むから、この機械はそれを擬似的に再現してるんだ。」
キドラは目を輝かせながら、ふんふんと聞いている。
大半の奴はこの手の話を始めると、恐らく本人にそのつもりは無いんだろうが、
”難しい話はいいから早く動かしてくれ”
と言いたげな面倒臭そうな顔になる。
こいつにはそれがない。
だから、俺も真っ先にこいつに見せたくなるんだ。
「つまり、空間を歪ませ2つの空間を繋ぎ、他の場所で起きてる事をまるでこの場で起きてるかのように観測出来るって訳だ。」
王様が俺を呼び出して、こんな機械を作って欲しいと依頼したのは1ヶ月前の事だ。
俺の星、ツウラ星では異文化を少しでも取り入れようと異星人との交流が盛んで、
そのための努力を積極的にしている。
最近は俺の作った翻訳機のおかげで、意思疎通がスムーズになり、
交流が活発になっている。
さらに、異星間交流が出来そうな未知の星を探す為に、王様がこの機械を作らせたんだ。
「さ、そろそろ王様にお越し頂こうか。一緒にくるだろ?」
「うん!」
キドラは尻尾を振っていて本当に嬉しそうだ。
王様のいる場所へは俺の部屋から出た廊下をキドラの部屋の方角にまっすぐ行った場所だ。
しばらく3人で廊下を歩くと、開けたところに出る。
そこが、王様のいる玉座があるところだ。隣にはお妃様がいる。
「王様、ご依頼の品が完成いたしました。」
「大儀だった!おや、キドラも一緒かい?」
「王様早く動いた所が見とうございます。」
キドラは澄ました顔で答えた。
王様はニコニコしながら、お妃様を見やり、
「では、行ってくるぞ。」
と立ち上がった。
「おぉ、これが…むろん、向こう側からは、こちらは見えぬのだな?」
それはもう何度も実験して確認した。
両側にカメラを設置して、明るさを調整して、ギリギリ見えないように…
空間を歪ませるなんていうデリケートな機械だ。
なんど壊した事か。
こちら側で機械を始動すると、観測したい空間と繋がっている。
しかし、繋がってるといっても向こう側には同じ機械がある訳ではないから、今の所は一方通行だ。
この機械は出来立てほやほやだから、まだこの世に1台しかないからな。
そもそも今の所は未知の星を観測したいだけだから、1台で充分な訳だし。
機械を作るのだってタダじゃないからな。
と言っても、将来的にはこの機械を使って行き来するつもりだから、空間同士を繋ぐ仕組みにしたし、
そちらの実験ももう完了しているから、もう1台同じ機械を作れば行き来出来るはずだ。
さらにこの機械を大型化することが出来れば、宇宙船が直接行き来出来るようになるだろうから、異星間交流もかなり楽になることであろう。
「最初につなぐ星の候補は決まっておるのか?」
「はい、こちらに。」
俺は部屋に置いてあった資料を手渡す。
「こちらをご覧下さい。」
まだ異星間交流が行われていなくて、交流が取れる生命体が居そうな場所…
探すのは大変だったが、コンピューターのシミュレートから何箇所か候補は見つけてある。
その資料には宇宙における場所の座標と、簡単な情報が書いてある。
写真は当然まだ貼ってない。
なんせ未調査の惑星だからな。
「sCBZ3On-tcqa8t…か。」
それぞれの星には、俺がこの星で異星間交流が始まったばかりの頃に適当に付けた、記号の名前が付いている。
異星間交流を開始次第、その星の奴らが呼ぶ名前で上書きする。
故に記号の名前はあくまでも一時的なもので、正直、俺も覚えていない。
記号の名前は整理するのに使っているくらいだ。
交流が出来そうに無い、と解ればそれはそれで、2度とその名前は使われない。
「対象の星をどの様に調べる予定だ?」
「影響が少なそうな上空へこの装置を使って繋ぎ、その星の文明レベルなどから少しずつ調べる予定です。」
「では早速始動してみてくれ。」
俺はsCBZ3On-tcqa8tの座標を入力し、機械を始動するスイッチに指を置く、ここまで何度も実験したとはいえ、ちょっと緊張する。
キドラは好奇心からか、輪の中に入りそうな距離まで近づく。
「あんまり近づくなよ、向こう側に行っちゃうぞ。」
繋がってる、って言ったろ。
「そうなの?」
そう聞くと、キドラは半歩だけ下がった。
パネルで座標を指定すると、そこと繋がる。
操作は正直単純だが、俺以外のやつには動かせないだろう。
最初に入力するパスワードを知ってなければならないし、何よりも俺がこの機械から離れると、自動的に電源が切れるようになっている。
大丈夫かな、観測するに値する星であって欲しいものだ。
俺は期待半分、不安半分で座標を入力した。
エネルギーが輪を循環する音が聞こえる。
どうやら無事に電源が入ったようだ。
俺はあくまで平常心を保ちながら、機械に付いているパネルを操作する。
遠くへ繋いだことで、負荷がかかりかなり大きな音がする。
さっき言っていた通り、輪の中は、上空からの視点になっているので少し解りにくい。
「すごーい!」
未知の星の景色が映し出された事でキドラはまた少し前に出る。
落ちることは無いと思うが、まったくしょうがない奴だ。
他の星では、地面が揺れるという事を聞いたことがある。
そうでもしたら落ちないとも限らないが、この星では無いことだ。
また、この星は至って平和で、政情も落ち着いている。
…これは、誰かの部屋か?
たまたま部屋の中に繋がってしまったらしい。
あいにく今は部屋の主はいないようだが、適度な散らかりぐあい。
住んでる人の息遣いを感じさせそうな、生活感がある。
王様もスチャンもキドラも固唾を呑んで見守っている。
座標は…確かに合っている。
まさか1発目で当たりを引くなんて。
これも日頃から計算とコンピューターでのシミュレーションを繰り返した結果だろう。
と、目の前の現実を、あくまでも冷静に科学的に分析して、自分の気持ちを落ち着かせる。
ガチャ
部屋の中をしばらく観察していると、扉が開く音がした。
どうやら丁度部屋の主が帰って来たようだ。
上からじゃ良くわからないが、どんな顔をしているのか、見てみたいものだ。
ドンッ!
その瞬間もの凄い爆発音がした。城のどこかから…城門のほうだろうか。城全体が大きく揺れる。
王様とスチャンは突然の事にびっくりし、身体を屈ませた。
しかしその衝撃で、前に乗り出していたキドラが輪のほうによろけてしまった。
「うわっ!」
このままじゃキドラ1人が輪の中へ落ちてしまう。
「キドラ!」
俺はとっさにキドラの腕を掴んだ。
ドスンッ
衝撃で頭がクラクラするが、目を凝らしてよく見る。
どうやら2人とも輪の中から見ていた場所に落ちて来てしまったらしい。
その部屋の住人は俺たちの2~3倍ほどの身長があるようだ。
輪の中から見ただけでは解らなかったが、予想以上に大きい。
あの機械から見える景色は対象物が無いから、向こう側の大きさは解りにくい。
突然聞こえてきた怪音に驚愕の表情を浮かべてこちらを振り返った部屋の主も、
俺たちと目があった瞬間に、困惑のような表情へと変わった。




