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彫刻の森

作者: 陽仁狼界

なんとなく絵本になりそうな内容

 昔々の出来事です。

 とある森に、1人の男が住んでいました。

 男は生まれつき顔が醜く、体も人並み外れて大きかったので親に捨てられ、周りにはばけものと石を投げられる嫌われ者でした。

 生来から優しい心の持ち主だった男は、自ら隠れるように森の中に小屋を建て、木こりとして切り倒した薪を売ったり、木々に生る木の実を採って暮らしていました。


 男は力が強く、森の木々も鬱蒼と茂っていたので生きていくことは出来ましたが、それでも1人で生きていく寂しさには耐えられませんでした。

「醜い自分では人と一緒に暮らしていけない。どうすればいいのだろう」男は考えます。

 そんな時、木を切り倒した後に残ったむき出しの切り株が男の目に止まりました。

 樹齢を表す年輪を眺めていると、一つのアイディアを思いつきます。

「そうだ。彫刻を作ろう」男は手を打って自らのアイディアに頷きました。

 木を削って彫刻を作って自分の周りに飾れば寂しくない。男はそう考えたのです。


 そうと決まれば男は早速作業に取り掛かります。

 まずは天に伸びる青々とした樹の幹を斧で自らの腰の高さくらいまで切り倒しました。

 次に樹皮をナタで削り、肌色の内側をむき出しにします。

 そこから斧を使って余分な木を、作りたいものの大まかな形になるまで削り落とします。

 ある程度形が出来たら、そこからノコギリで細かく整えていきます。

 続いて目の粗いヤスリで角を落とし、細かなヤスリで丸みを付けていきました。

 けれどもまだ完成ではありません。

 男はノミと金槌を用意し、形になった木にノミの刃を当てて金槌を打ち、溝を彫っていきます。

 カーン、カーン、カーン。

 男が金槌を振るう度に、のっぺらぼうだった彫刻に、表情がつき始めました。

 最初は鼻が付き、続いて口が、目がついてきます。

 最後に長い耳ができる頃には、男の目の前には肌色のうさぎが切り株の上に座り込んでいました。

 不格好ながらも満足のいく出来栄えになった彫刻に、男は目を輝かせて一つ頷きます。

 最後に樹から採ったやにを表面に塗り、綺麗なツヤを出せば完成です。


「はじめまして」出来上がった彫刻に男は話しかけます。

「はじめまして」するとどうでしょう、物言わぬ彫刻の筈のうさぎが男に挨拶を返したではありませんか。

 男は驚きながらも「どうして君は話せるのか」と嬉しそうに問いかけました。

「あなたが心を込めてわたしを作ったから、心が宿ったのです」うさぎは答えます。

 その言葉を聞いた男は喜びました。自分が心を込めて作った彫刻が心を宿すと知ったからです。

「君を作った時のように心を込めれば、他の彫刻とも話せるようになるのか」男は問いかけます。

「あなたが作ったものならば、きっとわたしと同じものになるでしょう」うさぎは男が求めていた答えを出しました。


 それから男は毎日のように薪を売るための樹を切り倒しながら、彫刻を作るようになりました。

 幹の太さに寄って様々な動物が彫られ、最初に彫られた様なうさぎから犬や猫、鹿の親子やイノシシ、時には太い幹からクマの彫刻が作られることもありました。

「おはよう、みんな」いつしか森のどこかしらに目印のように彫刻が作られた頃、いつもの様に男が森の彫刻達に話しかけます。

「おはよう。いい天気ですね」最初に作ったうさぎが挨拶を返してきました。

「今日はどこの樹を彫刻にするんですか」犬の彫刻が話しかけてきます。

「まだどこにするかは決めていないよ。森の中で良さそうな樹を探すつもりだけどね」男は斧を片手に森の中へ向かいます。

「それならちょっと話したいことがあるの」男が猫の彫刻の前を横切ると猫がそう言いました。

「どうしたんだい」男は足を止めて猫の言葉に耳を傾けます。

「森の奥の方に彫刻にして欲しい樹が生えているって鹿が言ってたわ」猫はそう言いました。


 猫のいう言葉を便りに男は鹿の彫刻の元へ向かいます。

「彫刻にして欲しい樹が居ると聞いた」男は鹿の親子に話しかけます。

「ええ。森の奥に生えている一際大きな樹がそうです」母親鹿が答えます。

「出来れば早く来てほしいって言っていたよ」子鹿が答えます。


 鹿の言う通り森の奥へ向かうと、それはそれは大きな樹が青々とした葉を茂らせていました。

「彫刻にして欲しいと聞いてきた」男は樹を見上げながら問いかけます。

「はい、確かにわたしは彫刻にして欲しくてあなたを呼びました」樹は答えました。

「そんなに立派なからだをしているのにどうしてだ。もったいないだろう」男は再び問いかけます。

「わたしは長く生き過ぎた、もうすぐ枯れてしまうでしょう。ですが誰にも気付かれること無く枯れてしまうのは寂しい。そんな時、木々を彫刻にしているあなたのことを聞きました」樹は続けます。

「わたしを見て下さい。この大きな体ならば、一つと言わずたくさんの彫刻が作れます。わたしはもうすぐ枯れてしまうけれど、この体がたくさんの彫刻に生まれ変わるならば、寂しくはありません」樹は言いました。

 男は樹の言葉に頷きます。男も最初は寂しさから彫刻を作ったのですから。

 それに、大きな体で他の木々を押しのけるように枝を伸ばすその樹は、どこか男が嫌われ者として石を投げられていた頃と重なりました。

「わかった。ならばあなたの体でたくさんの動物達を彫ろう」男は樹の願いを叶えることにしました。


 男は次の日から早速作業に取り掛かりますが、その樹はとても大きく、切り倒す事など到底出来そうにもありません。

 そこで男は考えました。「樹を切り倒さずに彫刻にしよう」

 初めは他の木々と絡まるように伸びる枝を切り落とす事から始めました。

 続いて斧で樹皮を削り落とす作業ですが、これがとても重労働で、丸一日を費やしても十分の一も削り切ることは出来ませんでした。

 ヘトヘトになった男は重い体を引きずって家路に着きましたが、これから毎日森の奥へ向かうのは大変です。

 なので男は森の奥、彫刻にする樹の目の前に小屋を建てることにしました。

 周りの木々を切り拓き、それを組んで大きな小屋にしたのです。

 それからは昼間に樹皮を削っては小屋で眠り、木こりの仕事も休んで毎日樹を丸裸にしていきます。


 ひと月も経つ頃には、樹はその肌色の幹を綺麗に晒されていました。

 それから男は枝を全て切り落とし、樹のてっぺんに登って斧を振るいます。

 どうやら樹の頂上を傘に見立てる様です。

 斧を打ち、ノコギリで削り、ヤスリで整えていきます。

 傘の表面にやにを塗り終えると、次は傘の下を作り始めました。

 自重で折れない適切な厚さになるように傘の下を削り、どんな雨風に晒されても折れない太さに樹の幹を傘の芯にします。

 続いて男は傘の下に様々な動物たちを彫り始めました。

 最初はうさぎを、続いて犬や猫を、上の方には傘の芯に出っ張りを作って鳥を作りました。

 雨の日も風の日も、男は休むこと無く毎日彫刻を作り続けました。


 そうして何十年も経った頃、男が老人となった頃。

 漸くその彫刻は完成しました。

 その彫刻は、何羽ものうさぎが飛び跳ねていました。

 鹿の親子が寄り添う様に水場に立っていました。

 蜜を求めるクマが木にすがりついていました。

 暖かな日差しを浴びて猫が体を丸めていました。

 行進のようにイノシシとうり坊が歩いていました。

 犬が前足を掻いて主人にじゃれついていました。

 いつしか男は大きな樹そのもので、森を作っていました。

「これでもう寂しくはないだろう」男は樹にそう言葉をかけます。

「ありがとう」樹は男に礼を言います。

 それを最後に、樹が何かいうことはありませんでした。

 男は満足して小屋の前に行き、置いてあった椅子に腰掛けます。

「こちらこそありがとう。おかげでわたしも寂しくない」目の前に広がる彫刻達を見ながら男は誰に言うでもなく言葉を吐きました。

 そうしてゆっくりと目を閉じます。

 男も、長い眠りにつきました。




 それから何年も経ち、男の住んでいた森に旅人が通りかかりました。

「はじめまして」最初に男の作ったうさぎの彫刻が旅人に話しかけます。

 旅人は彫刻が話しかけたことに驚きましたが、物珍しさからうさぎに挨拶を返します。

「彫刻が言葉を話すとは珍しい」旅人はうさぎのそばに寄ってそう言いました。

「わたしだけではありません。わたしを作った人は森の奥にたくさんの彫刻を作りました」うさぎが答えます。

「彼の作った最高の彫刻を見てみたいですか」うさぎは旅人に問いかけます。

「君のような素晴らしい彫刻が他にもあるのか」旅人は楽しげに頷きました。

 うさぎの言葉通り、森の奥には素晴らしい彫刻がたくさん作られていました。

 樹を一本丸ごと使った彫刻は勿論の事、奥にある大きな樹そのものを森に見立てた彫刻はとても美しいものでした。

 旅人は良い物を見せてもらったとうさぎに礼を言い、街で不思議な彫刻とその素晴らしさを伝えました。

 話を聞いた人が森に集い、いつしかその森は彫刻達と人々が楽しく暮らす素敵な森となったそうです。

 その彫刻を作ったのは嫌われ者の優しかった男だとは誰も知りません。

 ですが、彫刻を作った者を人々は賞賛し、名も知らぬ男を称える石碑が建てられました。

 眠りについた男は天国からその森を見下ろしながら、人々の笑顔に自分も笑みを浮かべました。

 もう男が寂しさを覚えることはありませんでした。



 おしまい。

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