6 ブランコ
塾の帰りに寄り道をして、公園に立ち寄った。
見ると、男の子がブランコに揺られて遊んでいた。男の子といっても、別に、幼い男の子というわけではなかった。暗くてよくわからなかったけれど、たぶん、私と同世代くらいの男の子だった。
私はブランコに近づいた。男の子が揺れるのを止めて、じっと私を見つめた。あいかわらず、暗くて表情がわからなかった。寒い夜だったので、彼の薄く開いた口から、細く白い息が立ちのぼるのだけは、よくわかった。
男の子の隣のブランコに座った。すると、男の子が再び揺られはじめた。公園の照明に一瞬、彼の姿が照らされる。学ランで、首もとに赤いマフラーを巻いており、顔は、恐ろしいくらいのぶっちょう面だった。
揺れる角度がだんだん開いていく。男の子はブランコを楽しんでいるようだった。でも、ぶっちょう面なので不気味でしかなかった。
次の日も、塾の帰りに公園に寄り道した。
男の子は今日もいた。私が隣のブランコに座ると、彼はやはり、ぶらん、ぶらん、と揺られはじめた。
「ぶらん、ぶらん」
口でも言っていた。
次の日は土曜日だったので、学校も塾もなかった。しかし夜になると、私は制服を着てあの公園に向かった。
男の子は今日もいた。一昨日と、昨日と同じく、私が来ると揺れるのを止め、私を見つめた。隣に座ると、ぶっちょう面で楽しそうに揺れた。
「ぶらんこ、ぶらんこ」
たしかにブランコだ、と私は思った。
それから毎晩、私はあの公園に通った。夜の公園には、毎日かかさず男の子がいた。
日によって、彼のブランコの揺れ方は違った。違うといっても、変わるのは声の調子だけだ。平坦であったり、楽しそうであったり、悲しそうであったりする。しかし、ぶっちょう面なのだけは変わらなかった。
そんなある日、彼が泣き顔を浮かべていることを知ると、私はおもむろにブランコから立ち、静かに男の子のそばに歩み寄った。近くで見ると、男の子の顔は傷だらけで、泣き方も漫画みたいで、ちょっとだけおもしろかった。
「ぶらんこ、なんて、ぶらんこ、なんて」
ブランコの速度が徐々にゆるみ、やがて停止した。
私はポケットからハンカチを出し、めいいっぱい広げて、男の子の顔に押しつけた。目も、鼻も、口も全部ふさいだ。男の子はしばらく固まっていたが、だんだん苦しくなってきたのか、じたばたと手足を動かした。
男の子が、私の手からハンカチを取り上げた。空中でぶらんぶらんと揺れるハンカチは、涙と鼻水でべちゃべちゃだった。
「死ぬところだった」
私は首を振った。
「あなたは、死んでいない」
男の子はブランコからジャンプして降り、私の両肩を押した。私は尻もちをついた。彼は、怒っているようだった。ハンカチを握りしめ、私を見下ろす。叱られると思ったが、彼は結局なにも言わず、公園出口へと走っていった。
「洗濯して、返して!」
去っていく男の子の背中に向けて、私は叫んだ。
翌日、公園に男の子はこなかった。
次の日も、そのまた次の日も、公園に男の子はこなかった。
私にとって、あれはお気に入りのハンカチだったので、男の子が来るまで待ちつづけてやる、と心に決めた。
二週間くらい経って、男の子が公園に姿を見せた。ブランコに揺られており、近づくと、ブランコを止めて、ぶっちょう面で私を見つめた。顔の傷はたいぶ治っているようだった。
隣のブランコには、きれいに洗濯されたハンカチが敷かれていた。
おそるおそるハンカチの上から座ってみると、男の子がブランコで揺れはじめた。
「ぶらん、ぶらん」
楽しそうな声だったので、私は安心した。
私はここで初めて、ブランコで遊ぶことにした。ぶらん、ぶらん、と揺れて遊ぶことにした。
「ぶらん、ぶらん」
口にも出してみると、思いのほか楽しかった。どうして今までこうしなかったのだろうと思った。横を見ると、男の子と目が合った。でも、お互いすぐに逸らして、真剣に遊んだ。
「ぶらん、ぶらん」
「ぶらん、ぶらん」
夜明けまで遊んだ。




