2 ズッキーニ
僕のアパートに妹がやってきたのは、恐らく一年振りのことだった。
部屋でナイターを観ていた僕は、妹の手によって開かれた扉の音を、黙って耳に響かせていた。
「兄貴の紹介する男は、もうアテにしない」
妹は畳に荒っぽく座って、質素なちゃぶ台の上にコンビニ袋を乗せた。ちらりと見ると、缶ビール六本と、なんこつの唐揚げと、するめいかが入っていた。いつも通りのラインナップに安堵すると共に、僕はいたたまれない気分になった。
マールボロをくわえて火を点け始める妹に気づいて、僕はナイターから視線を外す。
「一本くれ」
妹はいやしいものを見るかのような目つきで僕を見て、コンビニ袋から未開封のマールボロを探り出し、放るように僕の膝へと投げた。
「昔みたいに、止めろって言わないんだね」
「お前みたいな女には、煙草が似合うよ」
僕は同じ部署の島本専務を思い出しながら言う。彼女は、夜空と煙草がよく似合う人だ。
「なにそれ。あー、もう絶対止める」
妹はむっとして、ほとんど吸っていない煙草を灰皿に押しつけた。昔からこの天の邪鬼だけは治らない。
「シャワー貸して」
妹はその場でブラウスを脱ぐ。背中のいたる所に浮かぶ青あざを、僕に見せつけたいのかもしれない。これをつけたであろう友人の顔を、僕は大学時代の時間軸 で回想した。彼はとても暴力を振るうような男ではないと踏んでいたが、どうやら見当違いだったらしい。ただ僕が、彼のことを何も知らなかっただけだ。
シャワーから上がった妹は、何の断りもなく僕の寝間着に身を包んでいた。夜通し呑むつもりなのかは知らないが、今日は運良く冷蔵庫のストックも充実していたので、ひとまず問題はないだろう。
「ズッキーニあるけど、作る?」
「作って」
妹がビール缶を開けながら言った。僕は台所に立って、冷蔵庫からズッキーニを出して、厚めの輪切りにした。フライパンにオリーブオイルを引いて、ズッキー ニの両面を数分間、念入りに焼いていく。パン粉を入れて、粉チーズを加えて、塩こしょうで味付けする。いつもならこれでお終いだけど、今日はせっかくのご 来客なので、特別にパセリを刻んで入れた。
妹はもう一本目を飲み干していて、ナイターに見入っていた。
「お待ち。できたよ」
「いよっ、ダルビッシュっ」
大抵の客は、料理人の小さな心配りに気づかない。しかし、今日だけはそれでいいと思った。気づかれない方が、罪悪感も薄れる。
それでも僕は不満げな顔をしていたらしく、妹は不思議そうに僕とズッキーニとを交互に見た。僕は缶を開けて、一度深く傾けてから、なんこつの唐揚げとするめいかのビニールを破った。
「兄貴、今彼女いない?」
「いない」
「あたしの友達、紹介しよっか」
僕は誤魔化すように煙草に火を点けてから、部屋中にただよう煙の行方を追いながら、妹の視線から逃れた。どうにも、今日の彼女には敵いそうにない。
「悪かった。勘弁してくれ」
「許す」
妹はにかっと笑ってから、二本目の缶を僕の方へと差し出す。僕は微妙に顔を背けたまま、自分の缶と合わせて鳴らした。
「おつかれ」
「うん。おつかれ、兄貴」
亀裂の入った薄い壁を眺めながら、僕はいつこのアパートから卒業できるのだろうか、とふと思った。




