もし、この国に平和がおとずれるとするならば、今度はあなたのそばで生きたい
1.遺書―親愛なる戦友へ―
人を殺すことに何の躊躇があるのだろう。
人が死ぬ事に何か意味が必要だとするならば、ソレは人間の勝手な思い過ごしであり、意味なんて付けたところでもうその人は死んでしまっているのだから、戻ってはこないのだ。
『Dear』って訳すと親愛なるっていうのよね。
―――――親愛なるレイへ。
レイ・ハーミィス様。私はちゃんと死んでいますか?
もし、わたしがあなた様のそばで生きているとしたら、地球上のどこかで生きているとしたら、それは大きな間違いです。
これだけでは意味不明かつ不気味なので、先を読んでみてください。
(二枚目)
この手紙は、わたし、アイリス・ヴィシュアルストンからの遺言になります。
先日、ソビエト連邦とドイツの反乱が絶えない中、飛行機事故が立て続けにありました。日本から
フランスに帰国するやさきです。
わたしはあなたがこれを読む頃には、この世界には居ないのです。十五年間という短い生涯の中で、あなたに逢えてどれだけ幸せだったことでしょう。
レイ、わたしはあなたが好きです。
友達とか戦友ではなく、一人の男性としてあなたが好きでした。
本当はもっとあなたのそばで、あなたのつくる飛行機を見ていたかった。
こんなことを言ったら、レイは迷惑かも知れません。
でも最後に、あなたに伝えておきたかった。
(三枚目)
ここで先にいってしまったわたしをどうか許してください。
そして、悲しまないでください。
一年に一度でいいから、空を見上げてください。そして、わたしの事を思い出してください。
ありがとう。さよなら。
僕がその手紙を読んだのは、飛行機事故のほんの五日後だった。わざわざ彼女の祖国、フランスに出向き、新聞記者をやっている知人のセバスと連絡をとった。
アイリス・ヴィシュアルストン。それが彼女の名前だ。金髪でサラサラの長い髪、茶色の眼。笑みの耐えない口元。彼女はいつも笑っていたっけ。
アイリスはマグリナ横町という町の孤児院で育った。とても豊かとはいえないけれど、父と母に捨てられた苦しみに比べれば、孤児院の生活なんて幸せだったのかもしれない。それから一二歳の時、叔母さん(母の妹)に連れられてロンドンに来た。叔母さんの家は街でも評判のパン屋さんを経営しており、学校が終わると毎日手伝いをした。それで、十四歳で日本にたった一人でやってきた。切っ掛けはわからないけれど。
「案外、悲惨な人生だったんだな」
セバスはアイリスの経歴を調べていくうちに溜め息を吐いた。
僕は『両親は子供の頃に亡くなった』と聞いていたから、日本に来る前のことは全く知るよしもなかった。
2.フランス紀行
僕等はフランスの孤児院を訪ねた。
「ごめんなさい。個人の事は話せない決まりなの」
と若い修道女に言われた。
「それに、アイリスさんは変な子だったから。親に捨てられたって知っても平気な顔してたわ」
と、補足。
僕は思う。平気なんかじゃない、本当は辛いんだ。
辛い時こそ、彼女は笑顔でいた。
傷つくのが怖くて、笑っていたんだ。
僕は少し怒りを感じた。アイリスの近くにいて、何も感じないのだろうか?考えれば考えるほど、悲しくなった。
「無駄足だったな」
帰りぎわに、セバスは言った。
「そんなこと無いさ」
僕は街中を歩きながら、これからについて考えていた。
「お前、これからどうするんだ?日本に帰るのか?」
「いや、ロンドンへ行くよ」
「そっか。またこっちに来る事があったら、声かけてくれや」
セバスはまた自分の仕事場へ戻ろうと、建物の中へと入っていった。
「ああ。ありがとう、セバス」
背を向けて歩いていくセバスに僕はお礼をいうと、少し驚いて見せて「なぁに、いいってことよ」と微笑んだ。
3.ロンドン紀行
僕がロンドンを訪れてから早、三日。
なんの手がかりも無く、宿泊費もそろそろ底をついてきた。
「ごめんなさい。今日はもう閉店なの」
時計の針は、午後九時をさしていた。
「お訊ねしたいのですが、アイリス・ヴィシュアルストンと言う人をご存知ありませんか?」
今日で何軒目だろう。アイリスの叔母さんのパン屋さんは一向に見つからず、片っ端からお店をまわって訪ねてきた。
白髪まじりのご夫人は目を丸くして『あなた、アイリスを知ってるのかい?』と逆に尋ねられてしまった。
誘導尋問っていうのかな。
「僕はレイと言います、レイ・ハーミィス。日本で彼女の戦友でした」
やっと見つけた。今日で、十件目のパン屋さんはご夫妻が居て、小さな古びた店だった。
僕は何一つ隠さず、本当のことを話した。アイリスは軍人として日本に来た事、僕が軍の飛行機を創っている事、アイリスはその助手をしていた事………この夫人には聞く権利があると思った。
ただ『アイリスのあの遺言の事』は言えなかった。どうしても、僕には伝える事が出来なかった。
それは、自分自身がアイリスの死を信じられなかっただけかもしれない。
「そうかい」
しかしその夫人は優しい目をしていた。たった一言「遠いところを、ありがとう」と励ましてくれた。
僕は何も得られないまま、日本への帰国を余儀なくされた。
でも、たった一つだけ分かった事があるとすのならば、アイリスはいつまでも微笑んでいたことだ。
アイリスは一体、何所に居るのだろう?
生きているのか、死んでしまったのか、それを確かめなければならない。
それがアイリスの残した遺言だと思う。
でも、それはまた、別のお話。
初めて短編かきました。有栖川です。
またいつか第二弾『アイリスの天国の手紙』編を書きたいと思います。第2弾で終話だけど・・・。
気に入ってくれたら嬉しい限りです。
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