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正反対のふたり


「初仕事、頑張れよ」と永田に背中を押され、サクロの付き人生活が始まった。

 ボディガードなんて言うと、余計な注目を集めるかららしい。

 永田も社長らしくマネジメントを真面目に考えることもあるのだなと感心した。

 もっとも、その考えを保てたのも、琥珀と一緒にスタジオを出る前までだった。


「うそ」


 いつ話が漏れたのか。朝の入時間にはいなかった週刊誌の記者らしき人間が建物の前に10人ほど立っていた。

 気崩れたスーツを着ていたり、ジャージにTシャツと仕事とは思えない格好だったり。パーカーを着たヤンキー崩れもいる。

 まさかと思いながらザクロの後ろを歩いていた琥珀を見る。琥珀はスマホの画面を見て前髪を直していた。ザクロの視線に気づくと小さく首を傾げる。


「いつも、こんなですか?」

「さぁ、私じゃないかもよ」

「そう言う人は大体クロですよ」


 ザクロはため息を吐いた。痛む頭を鎮めるように米神を揉みほぐす。

 琥珀を見ても変わらぬ笑顔を浮かべるだけ。

 扉の外にいる記者らしき人混みにもう一度目を向ける。それから、手を首すじに当てると上を向く。正面に戻したときには、真っすぐ前しか見えていなかった。


「琥珀さん、事務所移籍について一言!」

「前事務所からは見捨てられたとのことですが?!」

「芸能界追放ってことで良いですか?」


 扉を開けて、車に乗り込むまでは数メートル。その数メートルに人が束になって集まるから骨が折れる。

 車を持ってきた時点では、まだ気づかれていなかった。

 琥珀の頭に応急処置的にキャップを乗せ、サングラスを渡す。


「もう、乱暴」

「すみませんね」


 唇を尖らせながらも、きちんと被り直す。

 それさえ様になるのだから、さすが芸能人。適当に購入したものだったが、デザインには文句を言わなかった。

 横目で琥珀を見ながらザクロは記者の波をどう交わそうか考える。


「通ります、通ります」


 義務的に、乱暴にならないように、記者たちを掻き分ける。自分より背の高い男たちばかりだが、目的はザクロではなく琥珀であり、圧力は高くない。

 むしろ、後ろとの距離が離れないように意識が取られる。

 車との距離、琥珀の位置を忙しなく確認しながら、どうにか車のドアを開け琥珀を中へ押し込んだ。

 ドアが閉まれば今度はフラッシュの嵐が浴びせられる。ザクロは素早く運転席に乗り込んだ。


「そう、睨まないでよ」

「睨んでませんよ。あなたの人気を甘く見てたなと反省してたところです」


 バックミラー越しに琥珀と目が合う。

 車が出てすぐにキャップとサングラスは取ってしまっていた。放り投げるかと思ったら、丁寧に畳んで鞄に入れている。

 物は大切に扱う質のようだ。後で片さなくて良いのは助かる。

 下から出てきた琥珀の表情は、朝、事務所で見たものと変わらなかった。


「まぁ、そうね。大体、誰かは待ってるかな」

「それは大変ですね」


 そんな情報を欠片も寄越さなかった永田への怒りが湧く。

 この調子では琥珀のマンションには記者たちがいる可能性が高い。

 ザクロはウィンカーを上げながら頭の中で予定を確認する。

 明日は曲作りに当てられていた。場所などは指定されていない。

 スタジオを取れと言われたら、取れるようリストアップはしていたし、どこか気分転換するならば移動手段も確保していた。

 琥珀は窓の外を見たまま話を続けている。


「いない方が驚いちゃうわね……それにしても、小さいのに力持ちなのね」

「仕事ですから」


 後部座席から琥珀が身を乗り出し、声が近くなる。

 助手席の肩の部分に指を引っ掛け身体を起こしていた。

 わずかに顔を向ければ、楽しそうな顔が正面から浴びせられる。

 ザクロはすぐに顔を前に戻した。綺麗な顔面は凶器だ。


「私より小さいのに、凄いわ」

「ありがとうございます。何点か確認させてもらっていいですか?」


 初めて一緒に仕事をする。永田の様子から長期になるのは確定。

 だとすれば、円滑な仕事のためにも情報が必要だった。

 わざとバックミラー越しに目線を合わせ尋ねる。


「何?」

「今までのスキャンダルについてです」


 小首を傾げる琥珀にザクロは切り込んだ。

 嫌な顔ひとつ浮かべず「ああ」とだけ声を漏らすと、琥珀はシートに背中を沈み込ませた。


「大体、本当のことよ」


 外を見つめる横顔には、何の感情も見えなかった。


「私、男を見る目がないの」


 それも一瞬のことだった。

 前を向いた琥珀の顔には、苦笑いが浮かんでいる。

 ザクロはただ聞いていた。


「みんな、私のことを好きって言ってくれるんだけど……少しずつダメになるのよね」


 何となく、この人は本当に人を好きになったことがないのではないかと思った。

 火遊びというか、恋でしかないというか。

 好意の返報性。

 好きと言われたら、好きになる。そういうタイプの人間のように感じた。

 ザクロは出ていきそうになるため息を飲み込む。


「そう自覚されているなら、治せるんじゃないですか?」

「そうよね。みんな、そう言ってくれるんだけど……好きって言われると、どうしても甘やかしちゃうのよ」

「借金を背負ったり、逮捕されかけても?」

「自分が懐に入れた人間だもの、その責任くらい取るでしょ」


 ポンポンと重い話が軽く返ってくる。

 表情も「今日は良い天気ですね」と世間話をしている時と同じ。

 怒っていたり、悲しそうだったりは微塵もなかった。

 ザクロは深く頷いた。


「なるほど」

「わかってくれるの?」

「わからないことが、わかりました」


 わずかばかり琥珀に喜色の浮かんだ。ザクロはそれを切り捨てる。肩を軽く上げて首を横に振ってみせた。

 途端に琥珀の唇が尖る。


「何よそれー、喜んだ私が馬鹿みたいじゃない」

「すみません。わたしは逆に好きって言われるほど逃げたくなるタイプなんで」


 言ってからハッとした。

 口が滑った。ザクロはハンドルを握る手に力を入れる。

 見逃してくれないかと思ったが、女の子が逃がすわけもない話題だった。


「なんで?」

「……何でですかねー」


 怪しまれないように、軽い感じで。

 琥珀のマンションは大分近くなり、大通りから一本中に入った。

 狭くなった道幅に、少しシートから背を浮かす。


「あ、今、言いづらいこと隠したでしょ」

「何のことですか?」

「私、そういうのわかるから。嘘とか見抜くの大得意なのよ」


 眉毛を少し上げて、得意そうな顔。

 ザクロはため息を隠さず、大きな吐息を漏らした。


「とてもそうは見えませんけど。そんな人間がどうして借金背負うことになるんですか?」

「騙されたわけじゃないもの。嘘でも、自分を頼ってくれたなら応えたくなるじゃない」


 騙されたのではなく、背負った。

 琥珀の口から出た言葉に、ザクロは今回の仕事の難易度を思い知る。

 自ら火中に飛び込む女をどう制御しろというのか。

 ザクロは目を細めると宇宙人を見るような気持ちで琥珀へ返す。


「なるほど……琥珀さんとは一生わかりあえないことが、わかりました」

「ちょっと、本気で言わないでよ!」


 パンパンと運転席の肩を叩かれた。

 素知らぬ振りで運転を続ける。


「うちみたいな片隅の事務所に来ないといけないくらいなんです。次はもうないんですから、少しは男から離れたほうが良いんじゃ?」


 琥珀は諦めたようにため息をこぼしてから腕を組んだ。

 足元を視線が動いている。


「わかってる。だから、永田社長もあなたをつけてくれたんでしょ?」


「そういえば」と琥珀は再び背中を上げた。前に身を乗り出し、ザクロの顔を覗き込もうとしてくる。

 危ないので眉を顰めたが、ハンドルから手を離すこともできず、そのままになってしまう。


「ザクロでいいの? ザクロちゃん?」


 まるで学校で友達を作るときのようだ。

 ちゃん付けされたことに背筋が粟立つ。

 ニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべる琥珀に、ザクロは口角を下げた。すぐに返事をする。


「ザクロで。呼び捨てでお願いします」

「へぇ、そんなにちゃん付け嫌い?」

「……あなたに見抜かれるほどには」

「そう、面白いことを聞いたわ」


 琥珀は口角をニンマリと上げるとシートに背中を戻した。

 ハンドルを切る。ちょうど、琥珀のマンションに到着した。

 到着しただけ。

 そうは思えないほどの疲労感がザクロの肩に伸し掛かっていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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