【第壱話】起こりの壱・七転八起、争いに巻き込まるる
全ての事の起こりは、少年少女の出会いと約束から始まる。
古来より、言葉には力が宿るとされている。
それは『言霊』とも呼ばれ、発した言葉に宿る力が、その意味の通りに現されるというものだ。
その力は目には見えねども、確かに存在しうるのだ―――そう、我らの世界においては。
これより語るるは、古来より『言葉』を名とし、『言霊』を我が身とする者たちの、森羅万象にかけた願いを叶えるための物語。
起きた物事は、覆水のごとく盆に帰らず。
承りし頼みを諾う以上、もはや断る道もなし。
転んでも倒れても、起き上がる他はない。
結ばれし運命は、既に定まっているのだから。
さてさて、事の起こりは『七転 八起』なる少年が、一人の少女によって目覚めさせられるところから始まる―――。
***
「八起ーっ!!起きなさーい!!」
ばさぁっ、と掛け布団を引き剥がしながら叫ぶのは、八起の幼馴染みである日和見 小春。
一方、布団を引き剥がされた少年こと七転 八起は、むにゃむにゃと何事かを言いながら腹を掻いている。
「はえぇよぉこはるぅ……まだめざましもなってないじゃんかぁ……」
「もうとっくに鳴ってるわよ!あんたが止めてそのままにしてるの!」
てきぱきと手際よく布団を畳みながら、世話女房よろしく小春は八起を叩き起こした。
「ほらっ、早く起きてご飯食べる!おじいさまが作ってくださった朝ご飯が冷めちゃうでしょ!早く準備しないと、置いてっちゃうからね!」
言いたいことを言いたいだけ言うと、小春は畳んだ布団を置いて、さっさと部屋を出て行ってしまった。八起は彼女の長い黒髪が揺れながら去っていくのを、しばらくぼんやりと眺めていたが、やがてはっと目が覚めたようで、
「あっ、まっ、待ってよ小春!わかったわかった、今行くって!」
大慌てで着替えをし、急いで彼女の後を追いかけていった。
その頃、居間では八起の祖父である八宝が、朝食を前に新聞を広げていた。
八起の部屋から出てきた小春が顔を出すと、「おお」と顔をあげ、
「悪いな小春ちゃん、今日も坊主の面倒見させちまって」
「いいえ、慣れてますから」
小春が上品に微笑み返すと、後ろからばたばたと騒がしい足音が聞こえてくる。
「もうちょっと待って小春!今から飯食うから……あっ、おはようじいちゃん!」
「へいへい、おはようさん。いいからはよ食え、小春ちゃん待たせんじゃねえ」
「いえ、まだ時間はありますから。八起、また喉に詰まらせないでね?」
八起が食卓につき、「いただきます!」と手を合わせたところで、八宝も新聞を脇に置き、共に朝食を取り始めた。小春は既に自宅で朝食をとっているので、先ほど八宝が入れてくれたお茶を飲むだけだ。
これが七転家の、いつもの朝の姿だった。いわゆる日常茶飯事というやつである。
しかし、この日はいつもとは少し違った。普段食事どきにはめったに喋らない祖父が、突然二人に話しかけたのである。
「なあ八起、小春ちゃん。今日は学校終わりに、なんか用事はあんのかい?」
不意にそう聞かれて、八起と小春は互いに顔を見合わせてから、八宝に向かって首を横に振ってみせた。
「ううん!なんもねえよ、なあ?」
「ええ。寄り道する予定もありませんし、真っ直ぐ帰ってくるつもりでしたが……」
「そうかい……」
八宝はしばらく考え込むように口をつぐんでから、眉間に皺を寄せ、いつになく真剣な顔で言った。
「なら、帰ったらちょっと、うちの道場に寄ってくんな。そこで八起に話があんだ。小春ちゃんにもな」
「私にも……ですか?」
八起と小春は、再び互いに顔を見合わせる。八宝は剣道の師範であり、家のすぐそばに道場を持っていた。八起もそこの弟子であるわけだが、突然話と言われても、心当たりは全くない。それについては、小春も同様だった。
それでも、八宝の様子からただならぬ様子を感じ取った二人は、彼に向かって素直にうなずいた。
「わかった!じゃあ、今日は帰ったら道場の方に行けばいいんだな!」
「わかりました。両親には、おじいさまに呼ばれたとお伝えしておきますね」
「ああ、そうしてくれ。頼むよ」
それだけ言って、八宝は再び食事に戻った。小春はその様子に、どことなく後ろめたさのようなものを感じたが、何となく声をかけるのは躊躇われた。
食事を終え、二人で八起の両親の仏壇に手を合わせてから、学校へ向かう準備を整える。
「八起、ちゃんとお守り石は持ったか?」
家を出る直前、祖父にそう訊ねられると、八起は元気よく頷いた。
「うん!ちゃんと袋に入れて、首から提げてるよ」
「よしよし、ならいいんだ」
八宝はうんうんとうなずいてから、二人に軽く手を振った。
「じゃあ、行ってこい。小春ちゃんに迷惑かけんじゃねえぞ」
「はーい!行ってきます!」
「ふふ、おじいさまったら。それじゃあ、行ってきます」
八宝に見送られて、二人は学校へと向かう。
子供たちの背中を、八宝は見えなくなるまで見守っていた。
「……大きくなったなぁ、二人とも……」
感慨深さと共に、そんな言葉がぽつりと、老人の口から溢れ出た。
***
七転八起と日和見小春は、いわゆる幼馴染みである。
同じ年、隣同士の家に生まれた二人は自然と仲良くなり、幼い頃、八起は小春にこう約束したのだった。
『おれがおおきくなったら、こはるをおよめさんにしてあげる!』
二人はその約束を忘れることなく成長し、高校生になった今でも、家族や友人も含めた周囲公認の恋人同士として、仲睦まじく暮らしている。
時折それを冷やかされたり、邪魔が入りそうになることはあったものの、八起の毅然とした態度と、小春の一途な様子から、二人の間柄は、もはや誰にも別たれることのない、固い絆で結ばれていた。
家を出てしばらく歩き、八宝の姿が見えなくなってから、小春は八起にそっと話しかける。
「ねえ、八起……なんだかおじいさまのご様子、変じゃなかった?」
「うん?ああ……朝飯のときか?」
うーん、と伸びをしながら、八起は首を傾げてみせる。
「なんだろなあ。あんな感じのじいちゃん、俺も初めて見たよ。話って言われても、全然ぴんとこねえし……」
「そうよね……何か、悪いご病気とかじゃないといいんだけど……」
「うーん、それなら多分、もっと早く言うと思うんだよなあ」
ぐるりと首を回しつつ、八起は唸るような声を上げた。
「ほら、じいちゃんって、隠し事とかめっちゃ苦手だろ?サンタクロースのことだって、俺の父ちゃんと母ちゃんが死んでから、即じいちゃんだってバレちゃったし……」
「あれは……そうね、そんなこともあったっけ」
小春は小さく思い出し笑いをしてから、「でも、それなら尚更大事なことかもね」と言った。
「隠し事が苦手なおじいさまが、改まってお話されるのだから、よほど大事なお話かもね」
「うーん……そうかもなぁ……」
何度目かの唸り声をあげてから、八起は「あっ」と思いついたように声をあげた。
「もしかして、俺らの祝言のことかな。ほら、小春の花嫁衣装のこととかさ」
「それは……まだ二年も先のことじゃない」
思わず頬を赤らめながら、小春は小さく首を横に振る。
「それに、そんなお祝い事なら、あんな重々しい顔されないんじゃないかな。なんだか難しそうな表情をされていたし……」
「うーん、そっかぁ。それならやっぱり、思いつかねえなあ……」
二人がそんな会話をしながら、曲がり角にさしかかった時だった。
―――不意に物陰から、一人の青年が現れたのである。
「きゃっ!?」
「っ、大丈夫か小春!?」
とっさのことに、危うくぶつかりそうになった小春の体を、八起が慌てて引き寄せて庇う。
突然現れた青年は、そのことに気がつくと、
「おっと……すまないお嬢さん(マドモアゼル)。こちらの不注意だったようだね」
そう言いながら、彼は小春へと片手を差し伸べてきた。
「お怪我はなかったかい?そちらのプランスに助けられたのであれば何よりだけれど……」
「え、ええ……えっと……?」
八起と小春は、あらためて相手の姿を見直す―――と、同時に相手の風体を見て、思わずぎょっとした。
地面まで届きそうなほどの長い金髪に、同じく長い睫、整った顔立ち。それだけなら、まるで少女漫画にでも出てきそうな美青年だったが、その服装は、町中で見るには明らかに異様なものだった。
ステージ衣装とでも言うのだろうか。真っ白な生地には金の装飾があしらわれ、肩には西洋風のマントまで身につけている。履いている靴まで金ぴかだ。
八起は、若干引いている小春を背で庇うようにしながら、恐る恐る青年に向かって話しかける。
「え、えーっと……あんた、この町の人じゃないよな?げ、芸能人か、なんかとか……?」
「おや!おやおやおや、そんな風に言っていただけるとは。このヴィシー・フランソワーズの美しさも、まったく捨てたものではないね!」
しゃらりと金の髪をかき上げながら、青年は「ノンノン」と人差し指を振ってみせる。
「残念ながら、まだ芸能界に進出はしていないのさ。"まだ"、ね。いずれは、そういう機会もあるかもしれないが……」
「小春、走ろう!」
「うん!」
三十六計、逃げるに如かず。
不審人物に出会ったら、相手にしてはいけない。どんな厄介事に巻き込まれるから分からないから、というのが、七転家と日和見家の家訓であった。
脱兎のごとく走り出した八起と小春の背中を、ヴィジー・フランソワーズは追いかけもせずに「おやおや」と見送る。
「まったく、せっかちなアベックだ……まだ用件にも至っていないというのに。ねえ、ケイくん?」
そう言って、彼は物陰に黙って控えていた少女の方を振り返った。
「全くですわ、ヴィジー様」
丸眼鏡をくいと指で押し上げながら、少女は忌々しげな表情で首を横に振る。お下げにした三つ編みが、それに合わせて左右に揺れた。
「ヴィジー様のお話を遮って、敵前逃亡などとは……不遜にも程がありますわね」
「ふふふ、まあ、構わないさ」
ばさあ、とマントと長髪をたなびかせながら、ヴィジーは不敵な笑みを浮かべる。
「このヴィジー・フランソワーズの正体を知ったなら、またもああやって逃げ出したくなるに違いないからね。当然、次はそうはさせないが……」
「もちろんですとも」
少女はぽっと頬を紅潮させ、ヴィジーに見とれながらうなずいた。
「貴方様の『言霊』のお力を知れば、あの七転八起とて、怯え惑うに違いありません……何故なら貴方様は、『美辞 麗句』様なのですから」
少女の言葉に、ヴィジーは満足げに微笑んだ。
***
一方、その頃。
全力疾走で通学路を駆け抜けた八起と小春は、校門の前でぜえぜえはあはあと肩で息をしていた。
「ごっ、ごめんなぁ小春……!俺のスピードに合わせさせちゃったから、疲れただろ……!」
「ぜっ、ぜんっ、ぜん……!だい、じょう、ぶ……!」
二人とも何とか呼吸を落ち着けてから、恐る恐る後ろを振り返る。
あの、ヴィジーなんとやらは、どうやら追いかけてきてはいないらしい。
安心した溜め息が、二人同時に溢れ出て、思わず顔を見合わせて笑った。
「なんだったんだろうな、アイツ……悪人には見えなかったけど……」
「うーん、春だし、変わった人も増えるっていうからね……」
不審者といえば不審者だが、警察に通報するほどのことでもないだろう。二人はそう意見をあわせて、とりあえずは教室へと向かうことにした。
「とりあえず、学校には早く着いたし、いいってことにしましょ」
「まあ、そうだな……あ、小春。俺、今日は掃除当番だからさ、教室で待っててくれるか?」
八起の言葉に、小春は不思議そうにまばたきして、
「え?うん、別にいいけど……いつもみたいに、下駄箱のとこで待っててもいいよ?私、待ってるの平気だし」
「うん、それでもいいんだけど……」
八起は真面目な顔で続ける。
「あの、ビジーなんとかが学校まで来ないとは限らないだろ。また小春が絡まれたら大変だし、教室の方がいいかと思って……」
「あ……心配してくれたってこと?」
八起の言葉の意図に気付いて、小春は照れくさそうに微笑んだ。
「ふふ、八起って、変なところで気を使うんだから……でも、ありがと」
「心配になるだろ、朝からあんなことあったら……とにかく、今日帰る時は教室で待ち合わせな」
「うん!」
そう約束を交わしてから、二人は教室に入り、それぞれの席に着いた。
すると、途端に八起の周りを友人たちが取り囲み、からかうようにつっつき始める。
「おいおいお前ら、今朝も仲良く登校かよ」
「いいよな~彼女持ちはさ~そうやって朝からいちゃいちゃとよ~」
これもまた、朝の日常風景だった。
八起は照れも隠れもせずに、けろりとした表情で肩をすくめる。
「なんだよ、別にいいだろ。小春とは結婚の約束もしてるし、別に隠してるわけでもないんだし。将来も一緒に住むんだから、一緒に登下校くらいするよ」
「お、お前なぁ……」
友人のうちの一人が、呆れたように首を傾げながら、
「いいのか?若いうちからそれでさ。この先ながーい人生を生きるってのに、他の女の子とかに興味は湧かないわけ?確かに日和見さんはめーっちゃ可愛いけどさ……」
「湧かない」
八起はきっぱりと断言する。
「いいんだよ、俺が小春が良くって、小春も俺がいいっていうんだから。それなら、それでいいだろ。俺はほんとに、小春にしか興味ないんだから」
「お、おう……」
八起の友人が、思わず言葉に詰まったその時だった。
「あ、あの、八起くん……」
男子たちの間をかき分けるようにして、一人の女子が、おずおずと声をかけてくる。小春の友人のうちの一人だった。
彼女は遠慮がちに、ちらちらと小春の方を見ながら、
「あの、小春がね、さすがにちょっと恥ずかしいって……」
そう言われて小春の方を見ると、彼女は両腕を枕に、机へと突っ伏していた。黒髪の隙間から見える耳が、真っ赤に染まっている。
八起はあっと小さく声をあげてから、「ゴメン……」と、眉を下げて笑ってみせた。
***
―――放課後。
「なあ、八起。今日の掃除当番、変わるよ」
掃除へと向かおうとした八起にそう声をかけてきたのは、今朝、二人の間をからかってきた友人だった。
彼はどうにもばつの悪そうな顔をしながら、
「ほら、今朝、変なこと言っちゃったからさ……その、お詫びってわけじゃないけど……」
「え?……ああ!」
そのことをすっかり忘れていた八起は「気にしなくていいのに」と笑いながら、それでも有り難く友人の申し出を受けることにした。
「助かる!今日じいちゃんに呼ばれててさ、早く帰んなきゃだったんだ」
「そっか。じゃあ、悪いけどさ、日和見さんにも謝っといて!俺も早く可愛い彼女作るわ!」
気のいい友人に「気にしなくていいぞー」ともう一度言ってから、八起は教室に戻り、席で待ってくれている小春へと声をかけた。
「小春、帰ろうぜ」
「あれ?八起、掃除当番は?」
「小林が代わってくれた!今朝のお詫びだって」
小春は開きかけていた文庫本を閉じながら、ふふっと笑う。
「小林くん、結構律儀だね。気にしなくていいのに」
「なー、小春にも謝っといてくれってさ」
俺たち慣れてるのにな、と笑い合いながら、八起はカバンを背負った。
「とりあえず、帰ろうぜ。じいちゃん待ってるだろうし」
「うん、そうだね」
小春も席を立ち、二人で並んで教室を出る。
急いで帰ろうと、お互い少し足早になりながらも、校門を出て、いつもの通学路を通って帰る―――はずだった。
「―――待ちたまえ!そこの二人!」
いつも通っている河原への道にさしかかったところで、どこかで聞き覚えのある声に呼び止められ、二人は足を止めた。
「あれ、お前は確か……」
ふぁさ……と、長い長い金髪を靡かせながら現れたのは――
「ふふふ……そう、ヴィジー・フランソワーズさ」
ヴィジー・フランソワーズはそう名乗りを上げながら、かっこつけたポーズを決める。
「君とは今朝、会ったばかりだろう?忘れたとは言わせないぞ?」
「な、なんなんだよお前ぇ……」
またあの不審者かと、八起はうんざりした声を出す。
「俺たち急いでるんだよ。早く帰らないとじいちゃんに叱られ―――」
「きゃあっ!?」
―――突然、小春の悲鳴が響き渡る。
八起が振り返ると、小春は見知らぬ少女に羽交い締めにされ、じたばたともがいていた。
「なっ、何するの!?」
「いいから、大人しくしていなさい。怪我をしたくなかったらね」
少女は低い声で、脅すように小春に言った。
「小春!?」
「ケイくん、レディはもっと丁重に扱いたまえ」
ヴィジーはやや呆れたように首を左右に振りつつ、
「なんなら、その子は逃がしても構わないのだよ?」
「いいえ、ヴィジー様」
少女は丸眼鏡越しに鋭い視線を小春へと向けながら言った。
「この女に、『言ノ葉争い』の邪魔をされては困ります。国に許されている闘争とはいえ、ヴィジー様のお戦いに、瑕疵があってはならないのですから」
「やれやれ……」
「おいっ、小春に何すんだよ!?」
ヴィジーは八起の動揺を気にも止めず、札のようなものを手に取ると、周囲へとばら撒き始めた。
それらは風に乗って宙を舞い上がったかと思うと、ぴたり、ぴたりと一枚ずつ空中に留まり始め―――その札から発される不思議な力によって、一つの大きな半球状の空間が、段々と形作られていった。
八起も小春も、何が起きているのかわからないまま、謎の空間越しに分断されてしまう。
「何、安心したまえ。『言ノ葉争い』が終われば、彼女は解放するとも。もっともそれは―――」
ばさぁっ、と長髪とマントをなびかせながら、ヴィジーは高らかに宣言する。
「『七転八起』、君の敗北と―――この私、『美辞麗句』の勝利を意味するものだがね!!」
「な、なんで俺の名前を知って……!?」
「さあ、始めよう!!私と君の、『言ノ葉争い』を!!」
***
―――その頃。
八起の祖父である七転八宝は、一通の手紙を前にして、悩み、考え込んでいた。
真紅の和紙に書かれているのは、一言だけ。
―――『言ノ葉争いの刻、来たれり』、と。
勝利さえすれば、森羅万象にかけた願いが叶うという、『言ノ葉争い』―――。
だが、その戦いは言ノ身霊の持ち主がただ一人になるまで続けられるという、長く過酷なものでもあった。
そんな争いへと、孫を向かわせるわけにはいかない……。
「……やはり、儂が向かうべきだな……」
老体に鞭打ってでも、自分が参戦すべきだろう―――八宝が、そう考えていた時だった。
「貴様が、『七転八起』か?」
―――冷水を背に流し込まれたような、ぞくりとした感覚。
八宝がとっさに振り返った瞬間、喉元へと鋭い刃が突きつけられる。
「貴様の言ノ身霊石を寄越せ」
八宝に刃を向けながら、黒衣の男が言った。
「さもなくば―――死ね」
その、低く暗い声色には―――この世の悪意と殺意の全てが、含まれているかのようだった。
<続>
【登場人物紹介】
■七転 八起
本作の主人公。高校2年生。
幼い頃に両親を事故で亡くして以来、祖父の八宝に厳しくも愛情を持って育てられた。
真っ直ぐな性格で、何事も諦めない意志の強さを持つ。
小春とは相思相愛の仲であり、清く正しく交際中。
好きな食べ物は小春の手料理と祖父の卵焼き、柏餅。
■日和見 小春
八起の幼馴染であり、恋人。高校2年生。
心優しく面倒見の良い性格だが、非常に頑固な面もあり、一度決めたらてこでも動かない。
幼い頃に八起と結婚の約束をして以来、相思相愛の仲である。
好きな食べ物は桜餅、桜風味のスイーツ。得意料理は肉じゃが。