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半透明を満たす光  作者: モアイ
2/13

II


 銀色の流し場に溜まった透明なプラスチックのコップや白い陶器の皿を次から次へと手早く洗うようにした。

 食器洗いに時間はかけていられない。

 乾かすのを待つ用の場所に洗ったばかりの食器類を置く。

 顔を上げると、ビンテージ風のおしゃれな店内が厨房から見渡せた。

 古ぼけた味のある木造の店内に銃やら動物の剥製やら、粋なデザインの看板やら色々飾られている。

 その店内には何個ものテーブルと椅子が等間隔で設置されており、多種多様な人がそこで飲食を楽しんでいた。


 また一つのグループが席を立って、帰ろうとし始める。

 俺はそれに気付くと、お客が席から完全に去っていくのをまだかまだかと、待っている。


 アメリカに引っ越してきてから早、二週間。

 働かなければと、職についた場所は飯や酒を提供する小さなレストランだった。


 店のドアが開いて、ドアチャームがチリンチリンと音を立てる。

 お客が店を出たな。

 俺はお盆と台拭きを持って厨房からでた。


 テーブルの上に散乱したコップや、皿やお客のゴミを片付ける。

 何もかも取り除いたテーブルを台拭きで拭き、食べカスやこびり付いた汁やを取り除いて綺麗にする。

 メニューも軽く開いて、汚れがないか、破損してないか確認したら定位置に戻した。

 椅子も汚れてないか確認して、テーブルに合わせて綺麗に並べた。

 そうしてまた厨房に戻る。


 厨房でゴミを捨てたり、台拭きを洗って、コップや皿を流しに移していく。


「あんた! あっちの席のお客も帰ったよ、何ちんたらしてんだよ、よく見ときなよ! 英語をろくに話せない奴を雇ってやってんだから、倍働きな!」


 中年の女の厳しい声がして、顔を上げる。

 この店を切り盛りするシドニーという名前の中年女性が顔を顰めて俺に話しかけていた。

 違うお客が帰っていたことに気づかなかった。

 全身の血の気がサーッと引いて、その後に猛烈な恥の感情が自分の内面から湧き上がってくるのを感じた。


「あ、すいません。今片付けます」


 シドニーに短く謝ってから、俺はすぐにお盆と台拭きをもって違う席を片付けに向かった。

 自分は鈍臭いと思う。

 手を動かしながら、ぼんやりと自分について考えていた。

 要領が悪くて、人から求められる事も少なかった。

 こんな風に怒られたりする事も多く、その度に全身を突き抜けていく羞恥心を感じてきた。

 暗く、捉えどころのない悲しいような寂しいような、黒い色をしているような感情にまた心が支配されたようだった。


 アメリカでは、みんな正直に思った事を述べる。

 容赦ないダメ出しも、オブラートに包む事なく直球で伝えてるくるので、当たりが強いなと思った。

 良い感情だと、人を幸せにするが、悪い感情だと、人を不幸にするよな。

 アメリカ人はポジティブで自分を持っている気がしたから、自分もその文化の中で生きることで、自分が前向きに自立して変わっていけると期待したが、率直なきつい当たりに早くも心が折れそうになっていた。


 英語が拙い日本人だからだろうか、シドニーはより厳しく関わってくる気がする。

 それとも、あれがシドニーにとっての注意する時の普通の態度なのだろうか。

   

 *


 仕事を終え、ここ最近で覚えた道を通って家に帰る。

 何ともいえない自分に対する虚無感、無気力さを心で噛み締めながら、歩みを続けていた。


 どうすれば前向きで、強い自分でいられるのか。

 答えが出ない思考の海を、もがいて溺れている。


 生きてる意味って何だ?


 そんな考えに気を取られていたからだろうか。

 道の小さな段差に足を取られて、前につんのめって、いつもなら転ばないような些細な段差だったのに、不意だったからか慌てて自分からバランスも崩しに行ってしまい、派手に前にずっこけた。

 咄嗟に地面に手をついたが、体重に負けてしまったのか支えも虚しく、逆に手の平を酷く擦ってしまったような気がする。


「ははっ」

「キャハハッ」


 笑い声がして、顔を横に向けて、見上げると、通り過ぎていく男女のカップルと目が合った。

 どうやら、俺が転けたのを見て笑っていたようだ。


 立ち上がって、手のひらを見ると、やはり酷く擦っていて、両方とも血が出ていた。

 ……はぁ。


 血が出ている両手で、服についた地面の汚れを叩き落とす。

 前ポケットに入っていた携帯の画面が割れてないか、俯いて確認をした。


 ……。

 

 そんな時に体にぶつかられたような衝撃が走り、俺は驚いた。

 顔を上げて前を見ると、栗色の髪の、こりゃまた驚くほど容姿端麗な女の子が目の前にいた。


 女の子は肩を大きく上下して、息が乱れており、髪の毛もあらゆる方向に散らばっていた。

 顔に髪の毛がかかっていたが、その髪の毛のかかっていない隙間からは、二重でクリクリとしたアーモンド型の大きな目に、白くツルツルできめ細やかな肌が見えていた。

 すらっとした体付きで、全てが完璧のような、芸能人を初めて見たらこんな感じに気分になるのかなと思った。


その女の子が俺に顔を向けて、見上げるような形で俺に目を合わせてくると、驚いたような表情で言った。


「ごめんなさい! 走っていて、よく前を見ないままでぶつかっちゃて……大丈夫?」


 さっき、俺はこの女の子とぶつかったのか。


 「あ……はい。大丈夫だから気にしないで」


 目の前の美少女に鼓動が速く動いて、緊張しながら、ぎこちなく何とか笑って、顔の前で両手を振った。


「え、怪我してるじゃん!」


 女の子は綺麗な細い手で、俺の片方の手首をがっしり掴んで、自身の顔の前に持ってきて俺の手の怪我をまじまじと見ていた。

 見た目の割に手に籠った力が強く感じた。

  

「ちょっと、こっち! すぐ近くに公園があるから行こう。私応急処置できるから」

 

 女の子はそう俺に言ってから、手首を掴んだまま、俺を引っ張る形で早歩きで歩き出した。

 俺も女の子に手首を引かれた状態で、早歩きになって女の子に導かれるまま、ついて行った。


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