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誠城学園に入学してから数週間が経った。日中は日差しが出れば暖かく、見かけた中にはもうブレザーを脱いでる生徒だって居る。といっても季節は春、暦は5月上旬。日差しがない日や朝や夜、つまり日が沈んだ時間帯はまだまだ肌寒い季節だ。
「くしゅん」
そんな季節の早朝、俺は全身濡れたまま人目につかない場所を求めて彷徨っていた。
不慮の事故によりこんな状態になってしまった為、一旦自室に戻ろうかとも考えたのだけど、世話焼き同室者筧透真が今日も登校せず引きこもっているので帰るのを諦めたのだ。
全く姿を現してくれなかった初めの印象と打って変わり、筧の世話焼きは初日だけで言っても朝のトーストから始まり夜のかき玉うどん、そして気がつけば風呂は沸き制服はクリーニングに出されしまってあったはずの夏用制服が代わりとして表に出されていた。
つまりそんな筧の居る部屋に戻ろうものなら絶対にバレて色々聞かれてしまう。大事にしたくない俺は自室に帰る選択肢を早々に消し、制服が乾くまでの間人目につかない場所を求めこうして彷徨っているのである。
不慮の事故に至るまでの経緯としては新入生歓迎会辺りまで遡ることになる。始まりは小さな出来事で、あまり人通りの無い廊下で他の生徒と肩がぶつかってしまった。勿論ぶつかってしまった後はお互いに軽く謝り、特に怪我をした訳でもない。たったそれだけ。
ただ、その日から小さな私物が少し遠いところに落ちていたり、ロッカーの中にちょっとしたゴミが入り込んでしまっていたり、いつの間にか机が少し汚れていたり。一つ一つを見たら今日はちょっと運が無かったなと思う程度の小さな不幸が最近立て続けに起こり始め、本日の不幸の内容が水だった訳だ。
校舎の裏手に人通りの無い日の当たる場所をようやく見つけてブレザーをひらひらと乾かし始める。小さな不幸対応の為に早めの登校をしていたのが幸いした。この分なら始業までにブレザーやスラックスの外側だけでも乾くだろうから誰にも気づかれずに授業を受けられそう。
「三葉!?」
と思っていたのだが、校舎の影から突然現れた筒見先輩と目が合った。一応気にしないでの意味を込めて手を振ってみたのだが伝わるわけもなく、こちらに駆け寄って来てしまった。
「え、濡れてる!?どうしたの!?」
「先輩こそこんなところでどうしたんですか?」
「あからさまに話そらそうとしないの!」
手強い。
いつの間にか取り出された筒見先輩のハンカチに生乾き頭を拭かれながらどうしたものかと考えるが、屋上の時同様この状況を変えれる程の良い誤魔化しが全く浮かばない。
「ありがとうございます。頭はほぼ乾いてますし、後は制服がある程度乾いたら教室行くのでもう大丈夫ですよ」
「全く大丈夫じゃない。俺がこんなになってる生徒をほっとく訳ないでしょ」
やはり手強い。
「とりあえず美化委員室おいで?」
「な、なぜ」
「寮に帰りたくないからこんな所に居るんでしょ。それに、美化委員室なら新品のジャージもあるから」
そして鋭い。
「いや、さすがに新品は悪いですよ」
「遠慮しないで」
「いや…でも…」
「…ここ、朝練終わりの時間になったら人通り多くなるよ」
「え」
「だけど美化委員室ならこのまま校舎裏から人目につかず辿り着けます」
確かに以前お邪魔した美化委員室は普段授業を受けている建物とは別の建物にあった。これなら移動する間、部活や登校する生徒とは出会わないだろう。だが、その新品ジャージが入学時に確認した学園指定ジャージだとしたらそこそこの値段の代物だったはず。
「………………お言葉に、甘えさせていただきます」
「甘え足りない位だよ」
しばらく悩んだ末美化委員室を選んだのだが、歩きながら笑顔で開始された尋問に速攻後悔することになった。