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保健室へ行くと言っていたが、吐き気が治まっているのを確認しまずは口をゆすげと一番近くのトイレまで連れてこられていた。出せるものは全て出てしまったせいで気持ち悪さはもう残っていないのだが頭痛だけはずっと続いてる。正直カミ様が近くにいる以上ずっと治らないと思う。口をゆすいで手も洗って一息ついてからトイレから出たが、当然の様に外でカミ様が待っていて気分が落ち込んだ。
助けてもらっておいて本当に申し訳ないとは思うのだが、こればかりは体の拒否反応と俺の心の問題なのだからどうにもならない。
「落ち着いたか」
「はい、ありがとうございました。…あの、保健室自分で行けますので、もう大丈夫です」
「その顔でか?」
どんな顔してるのだろうか俺は。
「歩けるなら行くぞ、横になった方が良いだろ」
振り返らず先に行かれてしまった為、一定の距離を空けつつ後ろをついて行くことにした。
前世なんて信じてない。信じてはいないが、カミ様に知らない人の面影を確かに感じてしまう。やっぱりそうなのだろうか。そうだとしたら、この人のせいで俺に何も無いのだろうか。いや、だとしてもカミ様自身がしたわけじゃないし、これで恨んだってただの逆恨みにしかならない。
前世の記憶とやらが必死にうったえてくるせいで、自覚してから今まで信じない様にしていた俺の思考もここにきてぶれてしまった。
「大丈夫か」
「っ!」
「着いたぞ」
気がついたら目の前にカミ様が居た。見れば保健室前まで既に到着しており、カミ様がずんずんと中に入っていく。この人結構我が道を行くタイプだ。
「あれ、慶司くんに…俊幸くん?」
「佐伯さん、ベッド貸してやって」
「どうしたの…って、なるほど。俊幸くんもう吐き気は治まってるのかな?」
「え、あはい大丈夫です」
何故分かったのだろうと、佐伯先生と同じ様にカミ様を見てみらすぐに答えが分かった。俺に掛けてくれていたブレザーは勿論、カミ様のシャツも俺のゲロにまみれて悲惨な姿になっている。
考えてみれば当然だ、あの状況の俺を運んでくれたのだから。なのに自分の事しか考えてないせいで今まで全く気づけなかった、申し訳なさ過ぎる。
「あの!…ごめんなさい、服」
「自分の意志でやったんだ、別に謝る必要はねえ」
「じゃあクリーニングとか、改めてお礼を」
「要らん。礼の言葉ならさっき貰った」
「でも」
「気にしなくていい、俺は生徒会長だからな」
自主性を重んじる学園の投票によって選ばれた地位ある生徒達の中のトップ。生徒会長だからと言う言葉の重みが明らかに違う。そしてその言葉に誇りや信念の様なものまで感じる。
「諦めたほうが良いよ、この子一度言ったらなかなか曲げないんだ。さ、飲めそうだったらこの水飲んで、そしたらブレザー脱いでベッドで少し休んでてね。今迎えを呼んだからもう少ししたら来ると思うよ」
「迎え?」
コップを差し出してくれた佐伯先生に聞き返したがニコニコ笑うだけでどうやら答えを教えてくれる気はないらしい。
体調は問題なかったのでコップに口をつけると、それを確認したからかカミ様が出口に向かって行った。
「じゃ行きます」
「俊幸くんを運んできてくれてありがとね。着替えは大丈夫?」
「寮にあるので寄ってきます」
去って行くカミ様の後ろ姿をベッドの中からつい見つめてしまった。ちょっと前まで視界にも入れたくなかったのに。これはカミ様のカリスマ性なのか記憶につられて俺も惹かれてしまってるのか、どちらなのだろう。
「さて俊幸くん?また来てねとは言ったけど、こんなに早く来てくれるとは思わなかったな」
「面目無いです…」
「資料調べさせてもらったから知ってはいるんだけど、一応聞かせてね。持病とか心当たりは無い?」
「無いです」
「うん、ありがとう。じゃあやっぱり慣れない環境に疲れちゃったのかな?ここに来る前まで休みの日とかなにしてた?」
「休み…は殆ど家の手伝いしてました」
「偉いね。でもじゃあ、この学園でできる休みの楽しみ方を新しく考えなくちゃ」
体を起こし、渡された濡れタオルでシャツに付いてる吐瀉物を拭いながらしばらく雑談していると小走りな音が聞こえ、扉が勢いよく開けられた。
「お、早い」
「筧?」
少し息を切らした筧がズンズンとベッドの横に来て手に持っていた物を俺に向かって差し出す。Yシャツ?
「着替え」
もしかして迎えって筧?いやでも確かにこの学園での俺の知り合いなんて限られているけども、今朝初めて会ったばかりなのに。
「もうこれ部屋に連れてって平気なの」
「うん、大丈夫だよ。ただ夜ご飯は消化に優しいものにしてあげてね」
「だとさ、着替えたらとっとと行くぞ」
急かされてシャツを着替える最中に盗み見てみたが、筧はただ無表情に待っていた。ちなみに佐伯先生は子供の成長を見守る近所のおばちゃんの様に微笑んでいる。
「ごめんな突然」
「べつに」
怒ってる?もう一度盗み見てみたが表情は変わらずで感情が分からない。着ていたシャツとブレザーを持って筧に近づけば無言で出口に向かって行ってしまう。慌てて追いかけようとしたが後ろから佐伯先生に声をかけられ止まって振り返った。
「あのね、先生の私が言うのもなんだけどさ、この学園凄く良い場所だと思うんだ」
「うん?」
「町はちょっと遠いけど、気候はあまり荒れないし空気が綺麗。子供達はのびのびと自分のやりたいことにチャレンジしたり遊んだり。だから、君がはやくここに馴染んで学生生活を楽しんでくれたら嬉しいな」
ほんと私が言う事じゃないんだけどねなんて照れくさそうに佐伯先生が笑う。
確かに屋上から見た景色はとても綺麗だったし、生徒会長も美化委員長も自分の意志でやりたいことをしている様に見えた。そして何よりも、こんなに想ってもらわれてる事実が嬉しい。
「…頑張ります」
「うーん…頑張らなくても楽しめるようになったら合格かな?さ、引き止めちゃってごめんね、透真くんをこれ以上待たせるのも怖いし、いってらっしゃい」
いってきますと返して今度こそ保健室を出た。廊下には腕を組んで壁に寄りかかって待つ筧。
「ごめんお待たせ」
「べつに」
さっきと同じ回答だけどだんだん分かってきた、多分これは怒ってない、っぽい。なんとなくだけどさっきよりも声色が優しくなった気がする。
また先に歩いて行ってしまう筧を追いかけて並び、夜ご飯の相談をしながら2人で寮に帰った。