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「あんなに!ふらついてるのに屋上に行くし!顔色悪くて!おまけに追いかけたら泣いてて!そりゃ止めるでしょ!?」
「だからそれ誤解ですってば」
どうやら俺は自殺疑いをかけられているらしい。何度か誤解と伝えるも、相手の表情は疑心から一向に変化がない。
屋上での一件の後、落ち着いて話せる場所に移動しよう、と入口のプレートに美化委員会と書かれた部屋に俺は連れてこられていた。手を繋がれながら。別に逃げる気なんてないのに。
「じゃああんなところで何してたの?君、1年生だよね?とっくに入学式も終わってる時間だよ」
「入学式でちょっと……気分が悪くなって、さっきまで保健室に居ました」
「もしかして、入学式で倒れたって子?」
どうやら自分が思っている以上に俺は今有名人なのかもしれない。頷いて肯定し次の言葉を待つが、部屋には俺と俺を屋上から連行したこの人しかいないから沈黙が重い。バツが悪くなって良ければどうぞと出されたミルクティーをただ見つめた。よく見ればこの人の髪色も綺麗なミルクティー色だ。
「…佐伯さんが帰したんなら体調はもう大丈夫そうだね」
「佐伯さん?」
「保険の先生。それで?」
「それで?」
「その後なんで屋上に?って聞いてるの」
「外の空気吸いたくなって」
「1階の保健室から寮と反対の校舎の屋上に?わざわざ?」
駄目だ何を言っても誤魔化せる気がしない。そもそもこの学園に対しての知識が乏しいのだから勝ち目なんて元々無い。
かと言って、生徒会長から逃げてきました。なんて馬鹿正直に言える訳もなく、本当の事を伝えたところで信じてもらえずこの尋問が無限ループする未来しか見えない。
どうしたものかと目をそらして考えていたら対面のソファに座った彼からため息が聞こえた。いや、ため息というよりも息を吐いた音。
「ごめんね、無理やり聞き出したいって訳じゃないんだ。ただ、俺に言える範囲のことで相談できるなら相談してほしいし、解決の手伝いをさせてほしい」
まっすぐ俺の目を見てさっきまでと違い真剣に言いきった。
誤解だけど、自殺しようとしてる人間を止めるのはまあ分かる。でも、初めて会った人間にどうしてそこまで言えるのだろうか?裏を探ろうと表情を観察するも全く読み取れない。
「美化は信用ないと思うけど、どうかな?」
「美化?」
「あ、うん。ここは美化委員室なんだ」
「知ってますけど」
「うん?」
「?」
話が噛み合わずしばらくお互いに沈黙した後、ミルクティーさんが笑いながら簡単に説明してくれた。どうやら美化委員会は生徒達から距離を置かれているちょっと浮いた委員会らしい。
「ごめんね!うち悪名高いから勝手に知られてると思っちゃってたや」
「いえ大丈夫です。それに俺、外部生なので」
「外部生!そっか、そりゃ知らないのも当然だ。というか、高校からの外部生って珍しいね?」
ニコニコと嬉しそうに今度は煎餅が入った菓子器をミルクティーの横に置かれ、誠城学園を選んだ理由や麓の方に新しくできた商業施設の話など、本当に普通の会話がしばらく弾み気がついたらカップの中のミルクティーが遂になくなってしまった。
「…あの、さっきの。お気持ちは嬉しいんですけど、相談する程の事じゃないんです」
「うん」
「だけど」
できればまたこうやって話がしたい。そう言いかけて口を閉じた。ネクタイの色から判断するにミルクティーさんは3年生。初めて会ったばかりの先輩にこんな子供っぽい言葉を言いそうになるなんて。先輩の雰囲気のせいだ、ミルクティー色の髪と同じふわふわ優しい雰囲気と、ちょっと甘い匂い。
そして多分、今まで同年代の人とこんなに会話する事がなかったせいで舞い上がってしまっている俺のせい。
「じゃあ、遊びに来てくれる?」
「え」
「たまにでも来てくれると嬉しいな。美化委員って人数少なくて寂しいんだ」
外部生だからか自殺未遂疑惑があるらか、はたまた羞恥心に苛まれている俺を察してか、とても気を使われてしまった。
保健室での出来事だってそうだ、今まで感じたことのない少しのむず痒さを感じながら今度はするりと口から言葉が出た。
「よろしくお願いします」
「ふふ、なにそれ、こっちからお願いしてるのに?」
「あ、…是非、お邪魔します…?」
「はい、お邪魔されます。そうだ、今更だけど名前聞いていいかな?俺は筒見って言うんだ。3年生、美化委員長やってます」
「三葉です」
「三葉?可愛いね、名字?名前?」
「名字です。三葉俊幸っていいます」
ミルクティー改めて筒見先輩。先輩を友達と読んでいいかわからないけど、俺としては初めての友達にじわじわ体が熱くなる。
また今度の約束をしてようやく俺は寮への道に戻った。