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教師不在の教室内。自由な生徒達による昨日見たテレビ番組の話やSNSの話、今日この後予定されてる入学式の話など色々な話題がざわざわと飛び交っている。中学生から高校生になったといっても突然会話の内容が変わるわけもなく、どこかで聞いた事のあるようなありきたりな会話達を密かに聞きつつ、俺は入学手続きの時に配られた用紙を読むわけでもなくただ眺めて時間を潰していたのだが、次に耳に入ってきた会話を聞いて手に持っている紙の表紙、学校名を改めて確認した。
「そうだお前こないだの会食サボっただろ」
「ちげえって、兄貴の予定が空いたから俺が要らなくなったの!」
「あーそういやお前の兄さん見かけたな。いーよなあ…跡継ぎ候補が上にいて」
「頑張れよ次期ご当主様」
誠城学園、山奥にある小学校から大学までほぼエスカレーター式に進める所謂金持ち全寮制男子校。らしい。
らしいと言うのも俺が進学先に求めた事は2つだけで、1つは特待生に付与される学費等の一部免除。もう1つは寮が併設されていること。その結果近場に該当する高校が誠城学園しかなく、たいしてこの高校について詳しく調べる事もなく今日入学式を迎えてしまったのだ。
こっそりと周りの観察をしてみるもののたまに金持ち感あふれる話題が聞こえる程度で、俺が今まで通っていた庶民中学と大きな違いはあまり感じない。建物や校庭、備品などが無駄にきらびやかに感じること以外は。
ようやく教室にやってきた教師による新学期、年間予定、入学式についての軽い説明があった後、俺はおもむろに立たされ1人自己紹介をしていた。
金がある、という事はそれだけ美容に食生活に健康に力を入れられるからなのか、改めてはっきりと見渡したクラスメイトはどこか全員小綺麗で落ち着いている雰囲気。正直、あまり仲良くなれなそうと思っていたのだが、俺以外の内部進学組は自己紹介カットと言われた瞬間の嬉しそうな顔達を俺は見逃さなかった。教師が来る前の会話だってまあ基本普通だったし、やっぱり金持ち学校の生徒といっても中身は同い年なのかもしれない。当たり前だけど。
その後は時間があまりないと言われ、バタバタと入学式の為に講堂へと移動になった。確かに担任の登場が遅いとは思っていたが前の会議が長引いていたらしく、ごめんなと全く悪いと思ってない声色で担任が謝っていた。
※
エスカレーター式学園のせいか1年生新学期初日だというのに1-C、俺が組分けされたクラスでは俺以外全員既にグループが確立されており、1人で行動している俺に気を使ってか一言二言声をかけてくるクラスメイトに逆に申し訳なくなっていたところで同じく講堂へ移動するのであろう別クラスの生徒達と人波が合流し
「今年の生徒会長って加美様だよね?」
「そうそれ!正直今日一番楽しみにしてる」
「中学の頃からホント好きだねえ」
「加美様だよ!?当たり前でしょ!」
そしてそのままカミ様の素晴らしさを伝える講演会が突如隣で開催された。
入学式に指定された座席に座り先程得た情報を要約するとこの学園の生徒会長であるカミ様は、家柄容姿頭脳運動神経とありとあらゆる物を持ち、そして秀でているらしい。名は体を表すとは言うけれど、カミ様って名前はさすがにそのまんま過ぎないかなんて内心笑いながら、少し、ほんの少し、頭の中に汚い錆みたいな色の感情がぐるぐると回る。
俺の人生は初めから何もなかった。
金も家も身に着けている物も親も名前も、本当に何一つ持っていなかった。いや、何一つと言うのは語弊があるかもしれない。物心ついた時に一つの記憶を持ってることに気がついた。自分が体験した事のない記憶だ。
その記憶の主人公は好きな人と結ばれた矢先相手共々事故にあって死んだらしい。創作としてはありきたりで面白くもなんともない。そして死ぬ時、俺なんてどうでもいいから恋人だけでも助けて、と。それだけ、たったそれだけの記憶。
もし誰かにこの事を伝えたら、前世の記憶じゃない?なんて非現実的な答えを言うのだろうか、それとも頭のおかしい奴と言われ距離を置かれて終わりだろうか。
それなら俺は、頭のおかしい奴になりたい。
知りもしない奴のせいで自分の人生がどうでもよくされたかもしれないなんて思いたくもない。おかしい奴だと自分を認めたほうが百倍ましなのだ。
このまま泥の底の底まで思考が引きずられてしまいそうになっていたところで、今までの拍手とは明らかに音量が違う拍手に講堂が包まれて意識が戻った。どうやら噂のカミ様ご登壇のようだ。
頭を上げてステージの中心に視線をもっていきカミ様を目でとらえて、一目で、溢れた。多分これは友情で、多分これは愛情で、多分これは哀傷で、多分これは嘆きで、次々とぐちゃぐちゃした何かが湧いてくる、やっぱり好きだと感じた、違う、これは俺の感情じゃない、それでも生きてほしいと願ったこれも違う俺は誰にもそんなことねがってない、ただ頭にあるだけのしらない奴のものだ俺のじゃない溢れるものぜんぶぜんぶ俺のじゃない、あれ、じゃあ、俺のは