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ACT.2「才ある少年の悩み」

 少年は思い悩んでいた。

 絶対王者〝ファーストシリウス〟から、初の白星を挙げて数日経っていた。

 五年間、国内のどのチームも成し遂げられなかった快挙にも関わらず、少年の心は晴れなかった。

 

 試合後から、彼の周囲の環境は激変した。

 魔法弓技場でも、通い始めて二年目になる学校でも、そして時には通学路でも、いくつもの好奇の視線にさらされるようになった。


 つい最近まで、すれ違っても目を合わせることすらしなかった人々から「天才だ」「最強だ」「期待している」などと、口々に称賛される日々が続いた。


 少年はただ戸惑った。

 

 あの日の決勝戦、彼は確かに負けたのだ。

 試合数を重ねるごとに〝ファーストシリウス〟に徹底的に対策をされ、総合ポイントでは圧倒的な差をつけられて敗北した。

 

 屈辱や無力感を覚えることはあっても、英雄のように誉めそやされるいわれはないはずなのだ。


 大会序盤の、謂わばラッキーだっただけで天才だのなんだのと過大評価されたくはなかった。

 

 耳が特別良いせいか体のいい噂話が雑音のように入ってくる。

 視力が優れているせいか遠くの知らない人と頻繁に目が合う。

 五感の全てから、未だかつてない不自然なほどの関心を感じるのだ。


 そのことが、若干十七歳のたった一人の少年を、どうしようもない焦燥感で苛んでいた。

 


 

 西日が傾きかけた放課後の街中。

 大通りの人混みから、府立天野高校の制服に身を包んだ少女が飛び出してくる。


「すっごい人気。もはやアイドルだなあ……って、わ! すんません!」


 群衆を背伸びで眺めては、脇道から出てきた通行人と危うくぶつかりそうになる気ぜわしい少女。


 色素の薄い栗色の長髪はツインテールにまとめられ、一対の小さな朱角はおしゃれな髪飾りに見える。

 すらっとした痩身に顔立ちは優美で大人びているが、ころころ変わる表情と明るい高声に年相応の女の子らしさが現れている。


「なんで他人事なんだよ。頼むから助けてください咲月様」


 少年の弱々しいうめき声と同時に人混みの中からか細い腕が伸びる。

 少女――平野咲月ひらのさつきは、まるでカブを抜くように、えいっ、と一思いに引っ張った。

 

 すると、小柄な少年が現れた。


 夜空のような漆黒の黒髪。目鼻立ちはそれなりに整っているが、気の抜けた表情のせいで何となく台無しな雰囲気だ。

 一対の小さな銀角だけが、意に反するように純潔の輝きを放っている。


「まさに今をときめくスター選手って感じだね、流星」

 

 咲月にからかうように言われた少年――桜川流星さくらがわりゅうせいは、先程まで自分が中心にいた群衆に向けて恨みがましそうな視線を送った。


「こんな蒸し暑い時期によくあそこまで群がれるよな。ほんと勘弁して欲しい」

「あはは、流星シャイだもんね。ほら、変装になるかは分かんないけどこれ被っときな」


 咲月はやれやれと肩をすくめると、自分の学生カバンから帽子を取り出し、両膝に手を付いて俯く流星の頭の上に乗せた。

 こんなのでも多少の効果はあるらしく、ほどなくして彼の姿を見失った群衆はたちまち霧散していく。

 元の風景を取り戻していく大通りを見届けると、そのまま咲月は裏道を歩き出した。


「でも去年、百メートル走で全国大会優勝した時もこんな感じじゃなかった?」

「……あれは言っても部活の範囲内だったからな。競技場とか学校でちょっと話しかけられるくらいだったんだよ。街中でこんな無法地帯になるなんて完全に想定外だわ」


 先導する彼女の背中を重い足取りで追いかけながら、流星はうんざりと息を吐く。


「確かに。前は女の子にちやほやされても、鼻の下伸ばす余裕くらいはあったもんね」

「まあな」

「ちょっと、否定してよ! そこは咲月ちゃんが一番だよグヒヒとか言ってお尻とか触ってきてよ!」

「お前の意味わかんない性癖はどうでもいいんだけど……ってか、これ今どこ向かってんの?」


 わざとらしく嫉妬の目を負けてくる咲月を、さらっと受け流して流星は目的地を訊く。

 彼女の発言の九割がジョークとボケだということは、幼馴染の流星としては自明なのである。


「ユニフォームを新調しに。春季大会で活躍してこれから人目を気にしないと行けないって時に、練習用とはいえあんなダサいユニフォーム着てられないでしょ」

「え、俺の練習着そんなにダサい?」


 思わぬ不評にショックを受ける流星に、自覚なかったのかと咲月は目を丸くする。


「もう本当にものすごいよ。全部台無しな感じ……ほら、あれ!」


 通りに出ると、咲月がある店に駆け寄っていく。

 それは街の一等地に店を構える魔法弓具店だった。

 ショーウィンドウにはシンプルながら華やかなユニフォームを着たマネキンが直立している。


「いいでしょこれ。シンプルながらトレンドの紫色をしっかり抑えてるところが最高だよね。それに黒に近い紫だから派手すぎないのも凄くイイ」

「えー、ちょっと地味すぎない?」


 流星は後からふらふら追いついて疲れた口調で言った。

 学校が終わってから色々連れまわされて、流石に少し休憩したい気分になっているのだ。


 咲月はセンス良く着崩した制服の短いスカートを翻しながら振り返って、


「なんでも奇抜にすればいいってもんじゃないの。流星がいつも着てるあれなに? あんなのパリコレくらいでしか見ないよ」


 容赦なくダメ出しをしながら店に入るよう手を引いてくる。


 咲月のテンションがいつになく高い。

 それもそのはず、彼女と流星が所属するチーム〝ノーティリゲル〟は、先日の春季全日本大会で国内三位という輝かしい結果を収めたのだ。

 学生としては有り余るほどの賞金を手にして、つい財布の紐が緩んでしまうのも分からなくはない。


「まあ、任せるわ」

「ノリ悪いなあ……やっぱこんなんじゃ気分転換にならない? 流星がどこでもいいって言うから、なんとなくアガりそうなとこ選んだつもりなんだけど」


 咲月はぶつぶつと愚痴りながら、陳列棚から良さげなユニフォームを選んでは襟元をめくって値札を探し始める。

 流星は、大阪のおばちゃんかよと苦笑いしながら、


「いや、気分転換にはなってるよ。ただ、最近あんま寝れてなくてさ」


 次々に手渡されるユニフォームを一応姿見で合わせてみては、さりげなく棚に戻す。

 気持ちは嬉しいが、こう何でもかんでも手渡されると疲労と寝不足の頭にはいささか情報過多なのだ。


 もうっ、と頬をふくらましながらも咲月は引くに引けなくなったのか、意地でも似合うものを見つけてやると勢いづき、棚の高所にあるものにまで手を伸ばし始めた。


 はっきり突き返さないからこうなるんだよなあ、と流星は頭では反省する。

 それでも真剣な顔で悩む咲月を無下にする気も起きず、しばらくされるがままになることに決めた。


「……お前そんなスカート短かったっけ、パンツ見えてるけど」


 近場の椅子に腰かけて咲月の後ろ姿をぼんやりと眺めていた流星は、彼女が背伸びをする度にヒョウ柄パンツをちらつかせているのに気づいた。


 咲月は、ふえっ⁉ と情けない悲鳴を上げながら慌ててスカートを抑えて振り返った。

 大胆に開いた襟元ではシルバーネックレスが忙しなく揺れ、顔には警戒の色が浮かんでいる。


「や、ヤダなあ。この丈が流行ってんの……それに、み、見せパンだからヘーキだし」

「その真っ赤な顔を一回鏡で見てから言ってくれる? つーか、尻触らせようとしてくるくせにパンツ見られたら怒るってどういう羞恥心だよ」

「そ、それはアレだよ。心の準備とか色々だよ! こっちから言い出すのと勝手に見られるのは違うわけ、分かる!?」


 ムキになって意味不明なことを喚き散らす咲月。面白いほど取り乱す彼女を見ていると、流星は少しからかいたい気分になって、


「ふーん、じゃあ心の準備があればパンイチでそこの通り歩けるわけ? 要は水着みたいなもんだろ?」

「そうだよ! なんなら逆立ちで事務所まで行って来ようか⁉」

「おい! ボケにボケをかぶせんなバカ!」


 半ばやけくそ気味にスカートのファスナーに手をかける咲月を、流星は慌てて取り押さえる。

 ぎゃーぎゃーと人目もはばからずに揉み合っていると、ふと店内の他の客の視線を感じた。

「あれ桜川流星じゃない?」「うそ、ホンモノ……?」「咲月ちゃんもいる! 足細っ、顔ちっさ」みたいなヒソヒソ話も聞こえてくる。


 何やってんだ俺らと一気に我に返って、流星も咲月もお互い突き放すように距離を取った。

 咲月が身なりを整え直しながらジト目で睨んでくる。


「ふん、女子のパンツを拝んで元気になったみたいでよかったじゃん」

「いや言い方悪いな……むしろ虚しい気分になったっての」


 流星は激しい脱力感を覚えて嘆息し、ズレた帽子を被り直した。そのまま他人の目を逃れるようにその場を後にする。


「ちょっと! どこ行くの⁉」

「ユニフォームは咲月に任せるわ。俺はあっち見てくる」


 サイズ合わせたいのにー、と掴んでいたユニフォームをぶんぶん振りながら抗議してくるが、どうせSサイズだからとおざなりに言い捨てて、流星は魔弓売り場に向かった。

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