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ACT.1「魔法弓技とは」

 関東郊外、国立魔法弓技場。春季全日本魔法弓技大会の決勝。


 各地域の予選を勝ち上がった合計二十チームが一つの戦場へ集い、国際大会への出場権わずか一枠を争う国内最高峰の舞台である。


『強い、強すぎる! 絶対王者〝ファーストシリウス〟全く他チームを寄せつけないッ!』


 スポーツ実況者・厚木高広の暑苦しい大声が、曇天を吹き飛ばさんとばかりに響き渡る。

 それに応えるように、国内有数のキャパを誇るスタジアムが人々の歓声で地鳴りのごとく揺れた。


『流石は絶対王者〝ファーストシリウス〟ですね。長年同じチームメンバーでやっているだけあって、息の合った完璧な連携です。甘えの無い徹底した立ち回りと、卓越したカバー意識。これほど練度が高いチームは日本では他にいないのではないしょうか』


 厚木の隣の解説席で郡山智則が、顎鬚を撫でながら冷静な口調でそう評した。


 二人の視線の先には観戦モニター。


 その中心に映し出されているのは、統率の取れた三つの人影。

 彼らは一定の距離感を保ったまま隊列を成し、広大な人工草原を縦横無尽に駆け巡っていた。


 そして相手チームを視認するや否や、まずは先頭の少女が前線に躍り出る。


 炎のように赤みがかった茶髪と深紅の袖を薫風に踊らせるその姿は何とも目麗しい――が、次の瞬間。


 髪から覗く桃色がかった小さな一対の角が淡い光を帯びる。同時に、爆炎を彷彿とさせる魔力の奔流が、彼女の右腕に宿った。


『さあ、絶対王者〝ファーストシリウス〟まずはアタッカーの江坂凛音えさかりおんが仕掛けた! モデルのような美しい見た目からこの圧倒的な魔力! まさに圧巻ですね!』


 興奮した厚木がマイクに唾を飛ばしながら少女の名前を叫ぶ。


 フィールドでは少女が深紅の魔弓を構え、その可憐な容姿からは想像もつかないほどの絶大な魔力を、挨拶代わりとばかりに相手チームに射放っていた。


 極限まで増幅された紅蓮の魔力の塊が、衝撃波を撒き散らしながら相手チームに襲いかかる。

 もし直撃すれば、いくら身体が頑丈な魔人と言えど三人まとめて戦闘不能に陥ることは必至だろう。


 しかし、ここは選ばれた猛者だけが集う国内最高峰の舞台。相手も地域予選を突破した強豪チームというだけあって、彼女の攻撃を難なく回避してくる。


 それでも恐ろしいのが、先ほどまで彼らの居た地点は、まるで巨大な火山弾の直撃を受けたような破壊の痕跡が刻まれていることだ。


『いやあ、流石ですね。あれほどまで増幅した魔力を一切乱すことなく、狙った場所に的確に命中させるとは。魔力コントロール能力においては彼女が国内トップクラスだと思います……が、これはまずいかもしれませんね』


 国内トップクラスのアタッカー江坂凛音の芸当に舌を巻きながらも、郡山は冷静に続けた。


 凛音が手にする魔弓は、パワーボウというタイプのものだ。

 持ち主の魔力を大きく底上げさせる恩恵があり、彼女のような膨大な力を操るアタッカーとは特に相性が良い。


 しかしその分、反動が大きいというデメリットもある。

 抜群の魔力コントロール能力を持つ彼女でさえ、攻撃直後はわずかな硬直時間が生まれ、相手に攻撃の隙を与えてしまうのだ。


『おおっと! 都島浩二みやこじまこうじ、あまりにも素早いカバーだ!』


 郡山の懸念を払拭する状況の変化に、厚木が感嘆の声を上げた。


 都島浩二と呼ばれた眼鏡をかけた大人しそうな青年は〝ファーストシリウス〟の中核を担うベテランサポートだ。


 彼は、凛音と少し離れた後方から、前線で無防備になっている彼女に向かって躊躇なく煙幕矢を射放っていた。

 着弾と同時に煙幕がたちまち広がり、彼女の姿を覆い隠す。


『これで相手側からの射線が切れ、江坂は安全に引いて大勢を立て直すことができますね。都島は、彼女の攻撃とほぼ同時に煙幕矢を射放つ判断をしていました。この徹底したリスク管理が絶対王者たる所以ですよね』


 郡山が滔々と解説する間にも、戦況はみるみる変わる。


 態勢を立て直した凛音は、浩二の合図で煙幕から勢いよく飛び出し、一気に草原を駆け抜ける。

 同時にそのサポートのために、浩二が射放った索敵矢が、次々に相手チームの選手の位置を特定する。

 凛音はそのまま、索敵に映った草陰に潜む相手選手を一人、また一人と的確に撃ち抜いていくだけだ。


 索敵で特定しきれなかった三人目の相手選手が、凛音の背後から迫るものの、浩二がいち早く気づき集中矢を射放って難なくカバー撃破。


 瞬く間に一チームの殲滅が完了する。


『連携が余りにもスムーズすぎる! 今年の〝ファーストシリウス〟は特に期待できそうですね……っと、しかしここで別チームが迫ってきているぞ!』


 厚木が思わず実況席から身を乗り出す。

 一チームを撃破した〝ファーストシリウス〟が、一転して不利状況に陥り、観客が短い悲鳴を上げる。


『ツイてないですね。いくら〝ファーストシリウス〟でも、このハイレベルな試合の中、これほど短いスパンでの連戦を対応しきるのは流石に難しいと思います』


 郡山の緊張感を帯びた視線の先で、フィールドの凛音と浩二は、漁夫の利を狙って迫ってくる別チームの対応に追われていた。


 先陣を切ってくる相手アタッカー二人のうち、片方をなんとか二人で仕留めるものの、もう片方のアタッカーが後衛のサポート選手と連携を組んで、攻撃を射放ってくる。


 その初弾が凛音に直撃する寸前――

 その攻撃は、まるで壁に阻まれたように弾かれると、虚しく空で霧散した。


 そして、次の瞬間には相手チームの残り二人は既に倒れ、彼らのブレスレット端末が戦闘不能のブザーを鳴らしていた。


『……』

『……そうでした。このチームには〝彼〟がいるんでしたね』


 時が止まったように沈黙するスタジアムの観客と、額に冷や汗を浮かべる郡山。


『一体何が起こったのでしょうか⁉』


 絶句していた厚木が、我に返ったように言うと、とある青年が観戦画面に映し出された。


 そしてようやく彼を視認した観客席は、堰を切ったようにどよめいた。


 彼の身長はおよそ一七〇センチ後半。

 濃紺の短髪に漆黒の角。モデル並みの美形だが、きりっと整った眉と固く引き結ばた口元から、生真面目そうな印象を受ける。

 手には己の体躯ほどもあろうかというシンプルなモノクロデザインの長弓。


 解説席の郡山が、恐る恐るその名を口にする。


『驚くべきことに今の事象は全て、彼ひとりの力で引き起こされました。超遠距離から防魔矢を射放って江坂の前に強靭なシールドを瞬時に展開、更にはそのまま狙撃で二人を連続で葬り去る』


〝ファーストシリウス〟九条千理くじょうせんり。規格外の魔力を有する日本魔法弓技史上最強の男。


『彼と江坂の間は五十メートル以上離れていましたよね。まさか大会初日から、いきなりこれを見られるとは……』

『一般的なトッププロの攻撃命中率は約六割程度と言われていますが、手元データによると彼の前回大会の命中率は八割五分。それを裏付けるかのような見事な狙撃でした』


 目の前のあり得ない状況を整理するのがやっとの厚木と郡山。

 絶対王者の期待以上の活躍に観客席のボルテージは最高潮に達していた。


〝ファーストシリウス〟


 徹底したチーム連携と甘えのない立ち回りで極限までリスクを排除し、過去五年間は十勝無敗。

 チーム創設以来一度も不祥事を起こさない誠実性も、日本の魔法弓技界を牽引するにふさわしい存在だと謳われている。


 名実ともに最強のプロ魔法弓技チーム。


 その圧倒的な実力を前にして、四日程ある春季全日本公式大会の決勝初日にして、今年も彼らが優勝するものだと誰もが思い始めていた。


 ――その時、広大な夜の草原を一条の流れ星が煌めいた。


 それは突如現れた一人の少年だった。


 随所に銀色をあしらわれた衣装ユニフォームをはためかせるその姿は、まるで大衆を魅了する踊り子のよう。

 だが、人々が瞳を奪われていたのは、少年の美しい演舞だけではなかった。


 戦場を生き抜いた猛者たちが入り乱れる終盤の大混戦で、彼はその華奢な身体からは誰も想像できないほどの圧倒的な力を振るっていた。


 絶対王者〝ファーストシリウス〟に対して、


 国内最高クラスのエースアタッカー・江坂凛音を、真正面から力で捻じ伏せた。

 国内屈指の冷静沈着なサポート・都島浩二を、予測不能な動きで翻弄した。

 そして、日本史上最強選手と称えられた九条千理から射放たれる凄まじい一撃には、およそ人とは思えない異常な反応速度で身を翻して反撃した。


 そのアグレッシブかつ自由な立ち回りは、ほとんど本能で戦う野生の猛獣そのものである。


 チームとしての連携を重視する日本の魔導弓技界では明らかに異質な存在。


 夜空のような漆黒の髪を緑風になびかせ、その隙間から覗く一対の銀角はまるで小さな星の輝きのようだった。

 猛々しい演武で人々を魅了した少年。


 人々は、流れ星を見た。


 試合が終わる頃には季節の曇天も晴れ、夜空にはあまねく広がる星屑たち。


 その中でひときわ鮮烈に輝く、小さいけれど強い光を放つ流れ星を、その日人々は確かに目撃したのである。

バトロワ系のFPS,TPSが好きで、休職期間を利用して書いてみることにしました。不定期投稿ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。

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