#記念日にショートショートをNo.49『柔らかい時計:前編』(Distorted time:First Part)
2020/12/24(木)クリスマス・イヴ 公開
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【関連作品】
「この空に」シリーズ
酷い吐き気がした。
玄関ドアを勢いよく開け、その場にうずくまる。
濁流が、押し寄せる。胃の中が空っぽになるまで、ひたすら吐く。
「う、うう…………」
胴体が空っぽになると、涙が溢れ出た。
ドアの内側で、嗚咽する。
やっぱり、私はあそこへはいけない。
塁生が死んでから、もう10年の月日が過ぎた。気付けば、もう29歳になっていた。30歳を来年に控えているのに未だに彼氏の一人もいない私を心配して、友達がある男性を紹介してくれた。180を優に超える長身で、東大卒のエリート銀行員、さらに顔も性格も申し分なしの、非の打ちどころがない人だった。
何度か食事もした。デートだってした。笑えることに、それなりに楽しめた。
だけど、彼は私を満たしてはくれなかった。いいや、彼は充分、私を気にかけてくれる。私の欲しいものをくれる。私の行きたいところへ、連れて行ってくれる。けれど、私の心は満たされなかった。
どうすれば良いのか分からないまま、今日もデートに応じた。
海辺のレストランで食事をして、一緒に綺麗な夜景を眺めた。サンタの着ぐるみが、泣いているふたつ結びの女の子にハート形の風船をあげていた。お父さんとお母さんが、サンタの着ぐるみにぺこぺこと頭を下げていた。
海風に髪を靡かせて、砂浜を一緒に歩いた。並んで歩いていると、時折手が触れた。彼の手が、私を呼び止めた。粒のように光り輝く指輪が見え、プロポーズされた。顔が近付いた。
ああ、私はこの人の奥さんになるんだ。そうして子供を産んで、幸せな家庭を作るんだ。そう思った。その瞬間、塁生の顔がちらついた。
駄目だった。
「ごめんなさい」
気付けば、家に走り帰っていた。結局、私は振り切れていなかった。忘れられていなかった。
埋められなかった。消せなかった。
会いたいのに。逢いたいのに。どうして、逢えないんだろう。どうして、塁生はこの世にいないんだろう。
もし、あの時、塁生に伝えていたら?
もし、あの時、塁生を拒まなかったら?
もし、あの時、塁生を引き留めていたら?
行かないでって、離れたくないって、ちゃんと言えば良かったのに。
日本で選手を続けた方がいいよって、嘘でも言えば良かったのに。
私がちゃんとしていなかったから、塁生はいなくなってしまった。
ああ、何で、もう10年も生きているんだろう。
死にたいのに、塁生に会いに行きたいのに、死ねない。死ねない。死にたい。死ねない。
塁生に、逢いたい。
【登場人物】
○高瀬 響生(たかせ ひびき/Hibiki Takase)
*名前のみ登場
●桐早 塁生(きりはや るい/Rui Kirihaya)
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
◎タイトルについて
スペインの画家サルバドール・ダリ氏の代表作『記憶の固執』の別題から取りました。『記憶の固執』を婉曲的に示す意図を持たせること,後編No.50『アイ・メイ:後編』(I mei.:Latter Part)への伏線とすること,絵画の持つ雰囲気から響生の精神状態を推測させること,を目的に、『柔らかい時計』というタイトルにしました。
【原案誕生時期】
公開時