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1.守人 ―2

 どっしりと地に根を下ろした大樹の幹から男が一人現れる。肩に小さな光を伴い、彼はその根元に腰掛ける。

 次に現れたのは女。先の男に軽く上げたその掌には、小さく光る石がある。

 次第に集う人々。ある者は木々の間から、ある者は空の間から。皆、小さな光と共に現れる。


 程なく賑わいが起こる。話題に上るのは民の事。自らの持つ緑の民。陽気で平和な毎日が互いにある事を語り合う喜びを祝いながら。


 やがて姿を見せたのは老爺。守人(かのん)の長老。


「待ち侘びたぞ、老」

「どんな子どもだ?」

種石(かくふす)は降りたのか?」


 口々に色めき立つ。

 今宵最大の話題は、老爺によって齎された。


「そう慌てるな。今朝生まれたばかりなんだからの」


 くつくつと笑いを含むと、老爺は自分を中心に幾重にも輪を狭めた一族をぐるりと見渡す。


「男の赤子、名は水城(みずき)。今はまだ別の名で呼ばれておるがな」


 水城。小さく繰り返される漢名。それは一族のみが持つ守人である証。

 生まれた時に星より与えられ、一族に迎えられる日から名乗る事となる。


「東に芽吹いた地、そこが持ち場となる」


 老爺は不意に視線を上げて、輪に近付いて来た四人を見た。

 遅れた事を詫びながら、空けられた長の周りに腰を下ろしたその内の一人、汀が頷く。彼の持ち場もまた東である。


「俺の処からも見える。随分と大きな森になりそうだ」


 ほうっと漏らされる息。

 持ち場とは、彼等が源となって育つ大地の事。それは守人の力が大きければ大きい程、広く豊かな大地となる。

 そこには人々は生まれ育ち、それらは緑の民と呼ばれる。


「しかし、まだ時が掛かる。我等があの赤子を迎えるのも先の話よ」


 長老の言葉に笑いを零したのは、輪の中の一人。


「とは云え、老がこれまで過ごした時間に比べればほんの一瞬だ」

「人の事は云えまいて」


 広がる笑み。

 表情には出さずに息を止めた者達がいる事など、誰も気付かずに。

 途方もなく長い寿命をもつ守人に訪れる、久々の同胞。

 真綿に包まるように静かな眠りの中にいるであろう、新たな守人を歓迎しての宴が続くのだった。





「我等に何か用か、老」


 夜明けと共にそれぞれが持ち場へと帰って行く中、老爺は四人を止めた。広い緑の地を護る要となる力を持つ者達である。

 彼等の裡に潜められた不安は、その事によって翳りを増す。

 それを知ってか、長老は暫く黙したまま彼等の前に座していた。


「水城に何か問題でも?」


 敢えて胸中とは別の問いをぶつけたのは深雪だった。

 その意を汲んで、隣に座る男は片手の指で自らの顎に触れ、長老を窺い見る。

 四人の中で最も若い姿を持つ彼は、目を細めると慎重に言葉を選んだ。


「今朝生まれた、老は云ったな。だが戻って来たのは陽が落ちた後だ。では何故これ程の時間が掛かった? 老、その答えを与える為に、僕等を呼んだのだろう?」

「皆には知らせられぬ事か」


 汀は長老の前に膝を正す。避けられない問いに、他の三人もそれに倣った。


「水城には何の問題もない」


 身を硬くした守人達に老爺は笑う。


「強い力を持つ子だ。緑の地すべてを持てるやも知れぬ」

「それ程の…」


 自らの目でも見た森の成長が常よりも速く、またそれが遠大に広がっていた事を思い起こした汀の言葉を遮ったのは滝津瀬だった。


「老、それはただの喩えか?」


 黒目がちな瞳は真っ直ぐに長老を捉える。

 老爺は伏せていた目を開き、四人を――汀を、滝津瀬を、深雪を、そして雷火(らいか)を見る。


「…まだまだ先の事だ。今から気に病む事ではない。だが、星は定められた事しか語らぬ。ならば、お主等だけには話しておかねばなるまい」


 守人の長は星を読む。天より声が聞こえるのだと云う。不思議はない。星は自然のものであり、守人もまた自然の者であるのだから。

 新しく生まれる守人を知るのも長の務め。無論、星が知らせる事であれば未来を聞く事も出来た。それは定められた道の先にあるものであり、決して避けられない事。時には耐え難い未来をも語る天よりの言葉。

 それを受け取る事はただ一人、長に課せられたものであった。


「間もなく、一族に大きな波が押し寄せる。試練は我等皆に与えられたもの」

「試練とは?」


 汀の声が微かに震える。それは胸中に蟠るものの事ではないのか。

 答えはなく、老爺はただ頭を振る。


「水城を育てよ。星はそう告げた。お主等が育てたならば、資質以上の者となるであろう」

「それは次期の長としての教育か?」

「否。長は既に決められておる。そうではない。大地を育み、共に生きてゆく術を与えるのだよ」


 四人は目を見交わす。老爺の言葉は韜晦めいているが、彼等の不安に答えを与えていた。

 これ以上、何を問えるというのか。


「ただ、慈しみ育てればよい。惜しみなく、手を差し伸べてやれ」


 老爺は息を継ぎ、そして見る。

 四人の同胞を―――最も深い試練を受けるであろう男を。


「そうすれば、望みは叶うだろう」


 …その名を星は語っていた。

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