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7.砂王 ―5

 雷鳴が轟き、壁を崩す。気遣わしげに視線を走らせたイラカーザは、水城と相反するようにライカの気配が先刻よりも薄まっている事に気付いた。


「もう一度だけ、聞く。お前は何者で、何故守人を殺した」


 全てが止まったような空気の中で、ライカは目を閉じて笑った。


「…何故、お前達は私に過去ばかり見せようとするんだろう」

「お前、達?」

「お前の種石だよ」


 足を組みかえる。まるで寛ぐように椅子の背に凭れて。


「心配しなくても、何もしていない。少し、話をしただけだ」


 水城は驚いたようにぴくりと眉を動かす。種石と話をしたという一言で。

 種石の言葉は音を使わないのだ。それを行なう事は、人には出来ない。


「そんなに恐い顔をするな。彼女は隣の部屋に居る。暴れられては敵わないからね、枠は作らせてもらったけれど、あの中に居たのは彼女の意思でもある」

「どういう意味だ」

「…さあねえ」

「柊は返してもらうよ」

「全く、とんだ誤算だったよ。彼女は意外と物知りだった」


 くつくつと肩を揺らして笑うと、ライカは前髪をかき上げる。表情を隠すように。

 種石同士が語り合ったものか、他の守人が話したのかは分からないが、柊は彼の事を知っていた、彼に訪れた出来事も。その上で、彼の憎しみを和らげようとする。懐かしい情景を彼に見せて。

 彼女の最後を思い出せと――――――。


「…私には、棗だけだ」

「棗?」


 聞き覚えのある名前に水城は先刻イラカーザが彼に呼びかけた名を思い出す。


「ライカ…雷火なのか?」


 それに答えたのは、突き放すような嗤いだった。


「お前に呼ばれたくはないな」

「…汀達に何度も聞いた。三人共、貴方の事を大切そうに教えてくれた」


 病によって一族を去った男。手を尽くして捜したけれど、故意に気配を消しているとしか思えない程きれいに何処かへ行ってしまった。いつか、戻って来る事を皆が望んでいた。

 

 ――なのに、どうして。


「どうして、滝津瀬をあんな風にした。…何故、滝津瀬に深雪を殺させた?」

「あの役は力のある者でなくてはね。三人の誰かにしか、その役を与える気はなかった」


 ふふっと笑う雷火は表情を変える。瞳に加わる力。憎しみが溢れ出すような。


「迷っている時に一度会う事があった。お前と同じ戦いの中で。そうしたら、奴は老の言葉を覚えていたのさ」


 帰って来い。雷火の腕をがっしりと掴んで滝津瀬は云った。そして戦いを望んだ彼に云ったのだ。お前を分かりたいのだ、と。


「老の言葉?」


 水城の問いは雷火は、はんっと笑う。


「あの老人は私を欺いた。信じていたんだよ、本当に」

「だから殺したのか」

「…星から聞いていたのだそうだ。やはり来たかと云っていた。だから、望み通りに私の手で殺した」

「何が、そんなに憎かったんだ」

「お前には、分からない…」


 掠れる声が途切れる。水城の足元で火花が跳ねる。顔を上げた雷火の表情は挑むように嗤っていた。


「分かりたいか? ならば、あの男のように教えてやろうか」


 ――滝津瀬のように。


「方法は一つ。丁度彼女もここにいる。容易い事だ。種石を失ってみろ」


 白い光が天井を突き抜けて雷火の背後の壁を崩した。

 水城が見たのはその向こうにある白い檻。その中に淡く光る緑。


「私が、お前の目の前で、彼女を殺す」


 殊更ゆっくりと云い聞かせるような言葉。壁があった位置には、新たに張られた白い膜の壁。

 ゆらりと光の炎が昇る。澄んだ緑色の。

 それは水城本人を包み込む。


「イラカーザ!」


 それまで椅子に身を任せたままであった雷火がそれを倒す程の勢いで立ち上がり、イラカーザの体を引き寄せた。緑の炎から身をもって防ぐように。


「く…っ」

 

 顔を歪め耐えるのは、何に対してか。


「―――柊」


 瞼を閉じ、水城は求めるように呼ぶ。


「柊」


 雷火に庇われて瞠目するイラカーザは、背後の白い光の壁が緑色を帯びながら膨らむのを見た。

 膨らみは次第に部屋中に広がる。

 痛みを感じるより早く、光を放つ壁に近い自らの足が崩れ落ちるのをイラカーザは見ていた。


「…やっと、逢えたね」


 その至福の微笑みはイラカーザの目には映らなかった。また、彼を見下ろす雷火の目にも。


「ラ、イカ…様」


 声は声として成らず、求める手は形を失う。

 溢れる緑は、浄化の光。


「―――イラカーザ?」


 自らにも焼き付けるような痛みが襲っているのを何処か遠くで感じながら、雷火はイラカーザを抱き起こそうとする。


 知っていた。生き方を誤った自らを裁くのは、守人の光だと。

 種石のみの力でさえ、闇の力は衰えていった。この城に種石を捕らえてから、雷火が作り出したものが人と云わず物と云わずに消えていく度に浄化という言葉を確信した。


 ――強すぎる程の光を持つ水城ならば、こんなにも堕ちてしまった自分でも還る事が出来る。

 雷火は自分の守人であった部分がそれを望み、この城でずっと待っていた事を知っていた。


「泣か、ないで…」


 掠れる声に、雷火はイラカーザの頬に落ちたそれが自分の涙である事に初めて気付いた。


「これで、あなたの、苦しみが…」


 苦しみが終わるならば。

 慈しむような微笑みは、崩れてゆく。

 手に残ったのは、小さな石。それは、二つの名を持つ己の半身。


 ――また、同じ言葉でお前は逝くのか。


 棗がそう云い残した時は、自分ではその苦しみに終わりを見出せなかった。

 泣かないで。そう云ってくれた棗すら、静かに眠らせる事が出来なかった。だが、今度は間違えはしない。

 雷火は濡れる瞳を水城に向ける。


「…種石を取り戻しても、何も返らない。何故態々こんなに時間をかけさせたと思う。お前の民は刻一刻と消えていくんだ。守人はお前以外、皆死んだ。お前は何も護る事が出来なかった」


 雷火は息をつく。最後の言葉を高らかに叫ぶ為に。


「全てを失わせる、私の望みは叶ったのだからな!」


 云い放つ言葉を受けて動いたのは、水城か柊か。

 爆発に近い波動は、眩しい緑の輝き。


 ――雷鳴が、遠く響いた。

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