7.砂王―4
「ようこそ。君が守人の生き残り?」
ガランとした広間の奥に、椅子に座り足を組む少年。その後ろには砂族の特徴である褐色の肌をした男が立っている。違和感がある少年の姿に、水城は眉を顰めた。
「随分と待ちくたびれたよ」
くすくすくす。楽しげな笑い。
「君は、誰?」
見覚えがあった。後ろに控える男も。
「覚えていてくれたみたいだね」
少年の視線は水城を通り過ぎていた。それを受けるのは、息を呑んで目を見開くカイ。
最初の出会いは水城と同時。だが、彼の体を、意思を動かしたこの声は。
村で親しげに声をかけて来た事があったのは、廃墟で水城の光に晒された時に思い出していた。この男は自分を利用した。だが、何の為に。
「てめえ…」
低く唸るカイを少年――ライカは満足気に見る。
「ここまで辿り着けたのだから、生かしておいた甲斐があったというものだよ」
「お前…何者だ」
記憶の中と、全く変化のないこの姿は。
「私か? 私は砂族の王。そんなに不思議かい、この姿が。まやかしでも何でもない、彼だって姿は変わってないだろう? そういう事さ」
含むような言葉に一歩踏み出した水城を、カイは手で制する。
「砂族が長命だなんて、聞いた事がねえな。一緒にしないでもらおうか」
「とんだ忠犬になったものだな。さぞかし彼の光は君に苦痛を与えた事だろうね」
くくっと笑うとライカは顔を上向ける。蔑む視線を向けて。
「君が聞いた事がないのは当然だよ。私だって聞いた事がないんだから。この姿を見れば分かるだろう? 私は砂族にとってただの余所者さ。手に入れただけの事だよ、自力でね」
遠くで雷鳴が響く。
「とても便利だったよ。血に餓えた戦馬鹿。まあ、利用価値としてはあの獣と同じ位かな。…君もね」
カイは自分に向けられた言葉に鋭く舌打ちを打つと、『影』もなのか、と口の中で呟く。
「…すべて、砂となってしまえばいい」
肌にちりりと微かな痺れを感じる。雷鳴が近付いている。
「何の為に…!」
ライカの視線はカイから外され、水城を捉える。それに何が含まれているのか、他者に分かる筈もない。
「私も、一つ聞きたい事がある」
ふわりと微笑む。水城は微動だに出来ずに自分へのそれを凝視していた。
「種石を奪われた感想は?」
落雷と共に、地が揺れる。水城の言葉はそれに掻き消された。
「お前達は知らなかっただろう? だから教えてやっただけの事。全てを失くして、それでも生きていかなくてはならないという事をね。大地の護り? 笑わせる。目隠しをしながら安穏としてきたお前達が、私は大嫌いなのさ」
「全て…お前が仕組んだ事なのか」
死んでいった仲間や滝津瀬の顔が浮かぶ。
「狂った奴に会ったかい?」
見透かしたように問うその姿は、何の罪も知らないようにすら見える。
「水城、どけ」
唸るようにカイが水城の肩に手をかける。
「全ての始まりはこいつだった訳だ。それなら、こいつを殺して終わりにする。あの街で始まったのなら、終わらせるのは俺だ」
カイの動きに呼応するように、それまで沈黙を守っていたイラカーザがライカの前に出た。
「思い上がりも甚だしいとはこの事だね。始まりの時、お前などこの世に存在もしていなかった。そこの守人もまだそう呼ばれる資格すらなかったんだ。…見たところ、大分浄化されたみたいだけど?」
ふふっと含んだ笑いに、カイは目を見開いた。動き出す四肢。カイの握る長剣の先が水城を捕らえる。
「カイ!」
トールの叫び声が聞こえる。水城の表情も見える。ただ、躰だけが自分を裏切っていく。
「な、に…?」
「お前は私のものだよ。やはり甘いな、気付かなかったんだろう」
長剣が空を斬り、水城の頬に血の線が走る。
カイの体に流れる不快な流れ。もう起こる筈がないと思っていた感覚に、顔を歪めるが腕は更に一薙ぎを加えている。
「この坊やには時が熟すまで眠っていてもらったからね。その分、幾重にも私の支配が及んでいるよ」
水城は言葉を受けて時間の感覚の違和感を思い出す。カイが自分と出会い、旅をして来た事すら仕組まれていたと云うのか。
「傀儡を見たのは初めてかい?」
応える余裕はない。咄嗟に掌に気を張り剣を受けたが、集中力を欠けばその刃を受け止めるのは剥き出しの掌となる。
「奴等はこういう戦い方は教えてくれなかったと見える。…失望するな」
「な」
「水城!」
一瞬水城はライカの言葉に気を取られた。その瞬間にカイの握った剣が下りたのだ。
深々と肉に食い込む刃。瞠目したカイの震える腕は、それでも力を抜こうとしない。
「…まあ、人形とは云え随分と様子を感じ取りやすかったよ。ここに来るまでの利用価値はそれだけだったけど、最後くらい少しは楽しませてくれないとね」
腕を伝う血が床を濡らす。水城は歯を喰いしばり、自らの気を掌に向ける。
「お前はその為に逃がした。その守人が最後の一人となる事は、分かっていたから」
民を救う為に、血の海となった街に飛び込んで来た守人。その時に獲物は決まったのだ。
…否、恐らくは自らも知らぬ頃、生を受け守人となった時には既に決まっていたのかもしれない。
「ふ…」
力任せに水城の手を両断しようとする自分の腕を押し止めて、カイは声を絞り出す。
「っざけるなあ!」
吐き出された言葉に勢いづけられるように抜き取られる剣先。血飛沫が頬に飛んだ。
「トール! 急げ、水城を…!」
青褪めた少年に向けられた言葉は最後まで聞こえなかった。
「お遊びが過ぎます。ライカ様」
カイの言葉を遮ったのはイラカーザの手だった。その喉元を片手が無造作に握る。
無言で王に従っていた彼は、王が自らを責めるように言葉を紡ぐのにこれ以上堪えられなかった。
共に聞いている者達には分かるまい。王が口にする言葉がどんな意味を持っているか。何故、敢えて煽るような語彙ばかり並べているのかなど。
「…本当に、過ぎるなあ」
ぽつりと云ったのは水城。傷を塞いだ右手を軽く振り、血を払う。
「人のものに、随分と好き勝手してくれる」
怒りを孕んだ声は、静か過ぎる程だった。
「そんなに僕を挑発して、どうしたい?」
瞳の緑が強まる。
「種石なしの守人だからって、あまり舐めない方がいい。離れていても僕等は共鳴するよ」
笑みを崩さないライカの眉目が、微かに翳る。イラカーザを視界において。
「…そんな事、とうの昔に知っている」




