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7.砂王 ―2

「実は、お前って凄いんじゃない?」


 呆れたような言葉はカイだった。

 一気に砂漠を越えられては、そう云いたくなるのも無理はない。記憶が戻った途端にコレかとい云いたくもなる。


「何を今更」


 さらりと云って退けると、水城はにやりと笑ってカイの顔を覗き込んだ。


「カイってあの時のガキんちょだったんだねえ。全然分かんなかったけど、実はすっごい義理堅いって事か」

「分かんないか? 普通」


 顔を顰めるカイに、水城は拳を顎に当てて首を捻った。


「でも、変だよ。あれって、結構前だった気がするんだよね。…カイを連れて行った村には偶に顔を出してたけど、一度も会わなかったよね」

「薄情な奴だよ。気にならなかったのか? 自分が助けた子どもだろ」


 水城の記憶では、最初は確かに気になっていたのだ。彼を任せた民に様子を聞いて…。

 そう云えば、一度だけあの直後に元気良く遊んでいる姿を見て安堵した覚えがあった。


「村の人からは聞いたりしていたんだけど。…カイ、今いくつだっけ?」

「お前よりはもの凄く若い。俺、そんなにじじいに見えるか?」

「いや、そういう意味じゃなくって」


 釈然としない記憶のズレは、失った時が長かった為だろうか。

 水城はまだ首を傾げている。


『子ども達とすっかり馴染んで、今じゃ家にいる方が珍しいですよ』

『貴方が来る時は、顔を出すように云ってあったんですが。最近じゃ暗くなるまで遊びまわってますからねえ』


 そんな言葉ばかり聞いていた。何年も、何年も。それこそ彼が大人になり、気にかける年ではなくなるまで。


 …大人?


 大きな矛盾に、水城はカイの顔を見上げた。

 そこにいるのは、確かに彼の民。守人が自分の民を間違う筈はない。目には見えない波長は、水城自身を源とする大地のものであった。


「ああ、もうそんな顔してんじゃねえよ。しょうがないって、年寄りの記憶があやふやになるのは」


 背中を叩かれ、水城は混乱してきた思考を止める。


「云い方は気になるけど、それもそうだね。村に帰れば分かる事だし。戻りは任せてよ。年長者の責任として、きちんと送り届けてあげるからね」

「責任の置き処が違うだろうが」


 嫌そうに唸るカイに舌を出した水城は、トールに笑いかけた。


「リストール、君もちゃんと送るからね」

「覚えて…」


 トールとしか名乗っていないのにすんなりと名前を呼ばれて、少年は頬を紅潮させる。


「お母さんは元気?」


 最後に会った時、幼かった少年は大柄な女性のスカートの陰に隠れて恥ずかしそうにしていた。それを云うとトールは更に真っ赤になり、そして目を伏せた。


「村を出る時は元気でしたけど」


 今も村があるかどうか。言葉に出来ない不安を受けて、水城は微笑んだ。


「なら、きっと大丈夫。君の村は無事だよ。ちゃんと、存在を感じる」

「砂に、なってない?」

「なってないよ。それに、村が消えてしまったとしたら、今ここに君はいない。…どの街や村もそうだったからね」


 声を落とした水城に、トールは気まずくカイを見た。無言で助けを求められた彼は乱暴に髪を掻き回し、思いつきを口にする。


「にしても、何でこんな砂のど真中に城があるんだ?」


 記憶を取り戻し、種石の居場所を見付けた水城は砂漠の端からここまで二人を抱えて飛んで来たのだ。この岩で出来た城が元凶となる人物の居場所なのだろうが、砂漠に突然城が建っているというのも不思議な光景だった。


「この砂漠には、砂族が住んでいるって聞いたけど」


 トールは商人に聞いた話を思い出す。その砂漠には入らない方が身の為だと云っていた。


「城の中に住んでいるのか?」


 辺りを窺いながら、城へと足を踏み入れる。冷気が閉ざされ防寒着を取り払っても、警戒する三人を阻む者は現れなかった。


「気配がないな」


 訝しげに見回すカイの前を歩いていた水城は、迷いない歩調をぴたりと止める。そして大きな扉を見上げた。


「じゃ、行って来るよ」


 にっと笑って扉に手をかけようとする水城の襟首をがしっと掴んだのはカイだった。


「ちょっと待て」


 掴まれたまま振り返り、口を開けた水城は言葉を遮られた。


「ふざけんなっ。ここまで来て、はい行ってらっしゃいなんて云えると思ってんのかっ」


 横目で見れば、トールも激しく首を縦に振っている。


「あのねえ…カイ、この向こうには敵がいるんだよ。もう少し声を抑えるべきじゃない?」

「人の話、聞いてんのか?」

「聞いてるよ。じゃあ聞くけど、カイはどうやって戦う訳? どう考えても、相手は武器を使って戦うタイプじゃないんだよ」


 カイの手にあるのはライフル、そして腰には小銃。水城はそれを指した。


「それ、無駄だよ。ここは護りの力が張られてる。暴発するか、撃ったとしても僕等に返って来るのが関の山だね」


 無言で見下ろすカイと口許を引き締めて見つめるトール。二人の視線を受けて水城は溜め息をつく。


「大体ねえ、僕の力が通用するかどうかも分からないんだよ?」


 柊は助ける。それだけは必ず果たす。

 その為に、何かを庇う余裕が残るかどうかはこの扉を開かなければ分からないのだ。勿論、自分の身すらも。


「これ以上、僕は何かを失いたくないんだよ」


 搾り出すような言葉にもカイとトールの表情は動かず、睨み合うような空気は再び水城の溜め息によって動き出す。


「…僕の力を過信した事、後悔しないでよね」

「しないよ」


 盾くらいにならなれる。そう云おうとしてカイは口を噤む。それを云ったら、この守人はきっと自分達を砂漠の外まで連れ出してしまうだろうから。


「盾にしたって構わないんだ」


 敢えて止めた言葉をそのまま耳にして、カイは横に立つ少年を見た。


「守人が民を? 莫迦な事を云うんじゃない」


 水城の不快気な顔を少年は睨み付ける。


「守人に護られて、呆けているのが緑の民だって云うんじゃないでしょうね」

「そんな事、云ってない」

「確かに貴方がいなければ僕等なんて生きていないけど、でも僕等だって」


 言葉を詰まらせて唇を噛んだトールは、少しだけ後悔したように俯いた。

 子どものように駄々を捏ねたい訳ではない。もっと、違う云い方をすべきなのだ。


「貴方に万一の事があれば、僕等は消えてしまうかもしれない。なら、貴方に何事もないように一緒に行く事は、自分の身を守るのと同じ事だとは思いませんか」


 ぶっと吹き出したのはカイだった。トールの視線の先にいる水城は、詭弁と云うか屁理屈と云うか、あまりの言葉の羅列に呆気に取られたような顔をしている。

 楽しそうに腹を押さえて笑うカイは、トールの髪を掻き回した。


「水城の負け。諦めて連れて行けよ」

「そんな」


 尚も反対しようとする水城の頭に手を置くと、カイはふっと笑む。


「守ってやるって云ったろ。何が起きたって平気さ」

「…まあ、ここですんなり待っててくれるとは思ってなかったけど」


 はあっと息をついて水城は、銃を置いて行く事と獲物はナイフにする事を条件のように指示する。

 あ、と声を上げたトールが少し離れた壁に飾られた長剣を二人分手にして来た。

 少年は守人の苦笑を受けて、照れくさそうに笑った。


「じゃあ、行きますか」


 カイの呑気な口調を受け、水城は静かに息を吸い、吐き出す。

 ゆっくりと、扉は開けられた。

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