6.禍 ―2
炎天の下、城壁の上に彼はいた。
真上から照りつける太陽は容赦なく男を射る。もっとも、耐熱のフードを被った彼は意にも介していない。
「…憐れなものだな」
ぽつりと洩れる呟きは、彼自身の耳にしか届かない。それを向けられた男は遠く、砂漠の外れで救いを求めるでもなくただ命が尽きるのを待っている筈であった。
「ライカ様?」
背後からかけられた聞き慣れた声。砂の国を治める男は振り向く事すらしない。
「イラカーザ、城下の様子は?」
「特に変わりなく…」
数歩後ろに控えながら、そう告げたイラカーザに表情はない。
「お前は嘘が上手いな。いつ見て来たんだ?」
振り返った王をイラカーザは見た。王は青年とも呼べない幼さを残した姿で、皮肉な笑いを浮かべている。
「一体、この国の何処に…いや、国など何処にある?」
「ライカ様。あの男はどうされました」
答えないまま長身を屈めるように問う腹心を見る目が見開かれる。
「これ以上関わる事は、ライカ様のお心にも良くないでしょう。どうか」
「そんな事はお前に云われなくてもっ」
遮るようにライカは声を荒げた。その声に驚いたのは自分自身。剥きになった事に苛立ちを感じる。
「…もう捨てた」
無言で垂れた頭から流れ落ちた赤銅色の長い髪を、ライカは指に絡めた。
「もうすぐ遊びも終わりだ。私もお前もこの姿でいすぎたとは思わないか」
「私の命はライカ様のものです。いつまでもお傍におります」
「…知ってる」
小さく呟き手が離れる。砂漠の果てを見て。
「私はこれまで、唯ひとつの事の為にだけ生き続けてきた。その為に、お前も繋ぎ止めた。…恨むか」
「いいえ」
にっこりと微笑んだ表情に嘘はない。ライカはフードで顔を隠したまま目を細める。
「あの男は私と同じだ。違うのは、手を下した者がいるか否か」
――狂う事が出来たか否か。
ふと洩らした嗤いは重なる言葉に消える。
「…私という存在があった事だけが、違う」
くるりと背を向けて歩き出す王を追う事は躊躇われ、イラカーザはただ頭を垂れる。
王が塞ぎがちになった頃、イラカーザは彼の力が薄れてきた事に気が付いた。少しずつ、均衡が崩れてゆく。心を弱くする原因はあの男ともう一つ。理由までは知る事を許されてはいないが、あの男は確かに王の心を乱していた――その存在だけで。
もっと早くに始末して然るべきだったとイラカーザには思えてならない。王を弱くするものが何であったのか、今となってはどうでも良い事である。
残る元凶は唯ひとつ。自分には触れる事すら出来ない、もの。
それは王が作り出した檻に閉じ込められている。王の為には消滅させてしまいたかったが、王はイラカーザに檻に近付く事を固く禁じていた。
それを捕らえて間もない頃に一度だけ、ほんの偶然に触れかかった事があった。それだけで、焼けるような痛みと共に腕が落ちてしまったのだ。
その事に対しての驚愕は、何故か王の方が強かったように彼には見えた。
――あれは、王の為にはならぬもの。
イラカーザは王によって再生された腕を見つめ、視線を転じて空を仰ぐ。
王の為にいつかは向かい合う事になるであろうそれが何なのか、彼は知らなかった。




