5.守人-3
「カイが住んでいた所は無事なの?」
サクの寝息が深くなったのを確認して、カイはトールを連れて階段へと移動した。ここならば、扉を閉めてしまえば話し声は届かない。
「最後にいた村は、多分な。生まれた街は随分昔に滅ぼされた。血の気の多い奴等に皆殺しだ」
言葉を失ったトールにカイは軽く笑って見せる。
「あいつも同じ街の出だ。俺が生まれた頃にはもう奴の持ち場になってたけどな。街が襲われた時、あいつは少し遅かったんだ。あまりにも外れの街過ぎたから。でも、俺は助けられた。あいつが来てくれたから、今生きてる」
「何処へ行こうとしてるの。森はどんどん消えて行くのに」
故郷も。少年の村の周りでも、それは始まっていた。
「あいつの額を見たか」
カイの言葉にトールは頷く。見た時は息が止まるかと思った、あの傷。
「種石が死んでいたら、俺達どころかあいつも無事でいる筈がない。分かるか?」
再び頷く。守人と種石は共同生命体であり、片方の死は即ち双方の死。またそれは、彼等を源とする森や民の死でもあるのだから。
「俺が拾った時、あいつはもう記憶を失くしていた。でも、種石を捜していたんだ」
「何故…」
「奴が守人だからさ」
覚えていなくとも求め合う。呼び合っているからこそ、ここまで辿り着いたのだろう。
「もうすぐ、思い出すかもな」
ぽつりとカイが洩らした言葉に、トールは顔を上げる。
「この街に近付いて、おかしいと思ったんだ。力は見え隠れするし、『影』は逃げ出すし」
「ここが持ち場だって知らなかったの?」
「…あいつの持ち場は莫迦でかいんだ。そうそう把握していられるか」
持ち場ならば話は分かる。大地と共鳴し、力が増幅される。種石に及ばずとも大地が守人を補佐するのだ。この地の源であれば『影』の力が強く且つ彼に怯えたのも無理はない。云うなれば、守人とは大地や生命そのものなのだから。
「ねえ、僕も連れて行ってよ」
「いつまでって保障はねえぞ」
もうすぐと云ったところで、確証がある訳ではない。
「帰っても怯えて暮らすしか方法がないんだから、記憶が戻るまで付いて行った方がいい。それが一番近道だと思う」
きっぱりと云う少年は心持ち強気だ。カイはふん、と崩れかけた天井を見上げる。
「足手纏いにはならないんだろ」
ここまで一人で辿り着いたのだ。その強い意志を否定出来る筈もない。
「勿論」
にっと笑うとトールは手を差し出した。その手を握ろうとしたカイは、はっとしたように立ち上がり、身を翻した。
「サク!」
叫び声を聞いて、扉に体を叩き付けるように駆けつけたカイはその場に足を止めた。
身を起こしたサクを透明な緑の光が包み込んでいる。焦点の合わない瞳から溢れる涙。
光は炎のように頭上高くまで昇っている。
「…暴走してる?」
トールの声がカイの背中を押した。
種石を伴わない守人が大地の助けだけでこれ程の力を放出するとどうなるのか。想像も出来ない程、その光は強かった。
カイの力が光を突き抜け、サクに届く。押し戻される力に構わず、体を引き寄せた。
サクの民である自分が傷つく筈のない光。しかし、カイはその光に自分の裡の何かが焼かれるような痛みに、顔を歪めた。
「…サク」
掠めるように記憶を過ぎる何か。それはカイの裡にある何かと符号のように一致する。
蘇る記憶は、眼前に広げられた掌。
顔が塞がれ、頭と云わず体と云わず、爪の先まで侵す意思の流れ。恐怖で満たされた子どもは、あの男から注ぎ込まれた憎しみに耐え切れず失神した。
慈しむような手に引かれて訪れた村で、その憎しみの塊が再び前に現れた日から子どもは姿を消した。村人達に気付かれる事もなく、そこで暮らしているかのような幻。
子どもは与えられた憎しみが動き出すまで、彼によって眠らされ続けた―――。
――そういう事か。
身に覚えは、ある。時折湧き出る不可解な意思も。旅を長引かせるような道筋を選ぶ不自然さ。自分の意思ではない筈なのに、サクに自分が知る全てを話そうとする度に起こった苦痛。
何より、幼かったあの日、お願いがあるんだと云って笑った顔を自分は覚えている。
崩れ落ちながら、カイは声を絞り出す。長い、長い間決して呼ばなかった大切なその名は。
「――――水城!」




