5.守人-1
目が覚めると同時に感じたのは、違和感だった。
森の中心となる大樹の中で、樹々の騒めきに眉を顰める。
「柊?」
呼びかけると応えが返ってくるのに僅かな間。姿がないところを見ると、既に外へ出ているのか。
水城は体を起こすと四肢を伸ばした。昨夜からどうにも落ち着かず、中々寝付けなかった為に目覚めが悪い。
全ての原因が何であるのか調べなくては治まらないだろう。否、原因はもう全ての守人が知っている。表向きの原因ならば。
衣服を着替え、扉を抜ける。大樹の生命力を利用して空間を繋げた部屋は、開閉する扉を持たない。ただ、外へ出る事を目的として通るだけだ。
ぐるりと見回して、柊を捜す。視力ではなく、感覚で見つけ出したそこに水城は飛んだ。
「おはよう、柊」
森で一番高い樹の頭上で光る柊に、水城はにっこりと笑いかける。返されるのは言葉ではなく、淡い緑の輝き。
掌の乗る程の球状をした光、それが柊である。緑の大地の源、守人の生命共同体。
守人とは生まれた時に星より選ばれ、種石と呼ばれる光と生命を共にする事を定められた者達。目覚めの時に種石は守人の躰の一部に宿り、その永遠にも近いと云われる生命を共有する。両者の生命によって樹々は潤い、民が生まれる。
その生命が尽きる時、両者は砂に還ると云う。その砂を次代の守人が大地に還し、樹々や民は生き続けるのだ。
水城の種石は柊。額に宿る彼女に、水城がそう名付けた。
「うん、何か変なんだよね。また何処かで誰か…」
心に響いて来る柊の呼びかけに頷くと、水城は目を細めた。森の隙間に出来た空間の歪み。よく知っている空気がそこから流れ出す。
「息吹だ。こんな早くに珍しい」
現れたのは栗色の長い髪の女。南隣に持ち場を持つ守人である。
守人と種石は異性となる事が殆どで、水城に対して柊が女種であるように、息吹の種石は樟という男種であった。
いち早く、樟が柊の許に現れる。
「樟っ いくら早く柊に逢いたいからって、あたしを置いて行く? …って、聞いてないわね、あんた達」
空間の間で置いてきぼりを食らって憤る息吹は、身を寄せ合う種石達に溜め息をついた。途端に吹き出したのは水城。
「…水城」
矛先が向かってきそうなのを感じて、水城は息吹の肩に手を回した。
「おはよう、連中に先を越されたね」
微笑み、口付ける。これで怒りが続く筈もない。
「どうした? 随分と早いな、今日は」
水城の問いかけに、はっとしたように息吹は顔を上げる。
「その様子じゃ、やっぱり報せは来てないのね?」
「報せ?」
守人達は集って情報を交換する他に、守人や種石同士の精神会話で情報を遣り取りする事が出来る。波長の合った者同士であれば身体を移動させるよりはよほど容易な為、複数の者への伝達などには頻繁に用いられている。
息吹の云う報せが何であるのか、水城は嫌な予感に先を促した。
「また、森が消えたわ」
まさかと疑うより先に、やはりという言葉が口をついて出た。
「…今度は」
「来たは全滅よ。報せる間もなかったのね」
全滅。言葉にならない水城の腕を、痛まし気に息吹は触れる。
「…最北の深雪も」
深雪。銀の髪に容器な表情。よく笑い、よく怒った感情豊かな女性。とても身近にいた彼女の顔が水城の脳裡に浮かぶ。
「種石が残っていたって。深雪の遺体もそのまま…」
ギリ。水城の奥歯が鈍く音を立てた。
「水城」
「汀には?」
「あたしは長から知らされたの。水城の所へ行けって」
「じゃあ、取り敢えず汀の所へ行こう。詳しい話はそれから聞くよ」
水城は種石達に合図すると、息吹の腰に手を添える。
「行くよ」
次の瞬間、空間を開いて身を滑り込ませた。
ここ暫くの間で守人の数は激減している。伴って緑の樹々やそこに住む生命も。
守人だけに起こる奇病なのか、世界の生命携帯が崩れ始めたのかは未だ誰も知り得ていない。分かっているのは唯ひとつ、大地に還れないという事。
守人と種石の同時に失うべき生命が、どちらかが取り残されてしまう。喩えそれで残ったとしても生き続ける事は出来ない。
どちらかだけでは駄目なのだ。
種石は石となり、守人は屍となって残る。砂に還り大地に蒔かれなくては、源を失った大地もまた枯れる。緑の民も、全てが砂となり崩れてゆく。
北が全滅という事は、守人に護られる土地は数える程になってしまった筈だ。
「…汀?」
一族の長である汀の持ち場は水城の樹海より西に離れた場所。元は一族の大地の中心であった位置に広がっている。その中心部、湖の畔にある大きな切り株が彼の住処への入り口となっていた。
「水城、あそこ」
息吹が指したのは遥か頭上、空気が揺らめいている。
「―――長が」
汀の姿を見付けた途端に起こる異状。変化を起こしたのは種石達であった。
「柊っ?」
二つの種石が眩しい程の光を帯びると、辺りの空気が狂ったように暴れ出す。
「く…樟!」
風に弄られる中で、守人達は流れ込んで来る感情の渦の顔を歪ませた。
「いやぁぁぁっ」
頭を抱え込み、膝をついたのは息吹だった。溢れる涙、躰が震える。
――いかないで。おいて逝かないで。
「息吹、駄目だっ」
この感情を取り込んではいけない。
水城は咄嗟に自らが抱く息吹の額に触れ、意識を閉じさせる。力を失った体をその場に横たえると目を閉じ、暴れ続ける種石達に意識を向けた。
「柊」
狂おしいほどの悲しみ。種石達が共鳴し、守人を巻き込む程の。
「柊」
これは、誰の想いなのか。
「…いい子だ」
嵐が静まる。見上げると種石達が降りて来るところだった。
「気にしなくていい。お前達は大丈夫?」
弱々しく光を放つ種石に頬を寄せてやると、水城は改めて頭上を見上げた。
「息吹を頼むよ」
言い置いて地を蹴る。今もまだ流れ込んでくる悲しみは、彼のものだから。




