4.緑の民 ―4
「何を考えてる?」
階段に座りケープを頭から被ったサクは、頭上から降って来た声に振り返る。
「当ててみる?」
肩を竦めたカイは、当たるからつまらんと嘯いた。
「あの子は?」
少年はトールと名乗った。ずっと一人きりで旅をして来たとだけサクは聞き、後はカイに任せてここへと逃げた。
「寝てる」
カイはサクよりも二段上に腰を下ろすと、片手で顎を支える。
「あの子…一人で、ここまで」
ぽつり、ぽつりと言葉を繋ぐサクは振り向こうとしない。
「ちゃんと聞き返せば良かった。あの子は、僕の何を知っているんだろう」
「サク」
「僕を捜していたって。人違いじゃなく? 僕を責めているなら、分からないままじゃ済ませられない。僕は誰を裏切ってここにいる?」
感情のない声と裏腹に、溢れてくるものは。
「僕は―――誰?」
弱い微笑みは、答えを求めているものではなかった。
カイは自分の伏せた瞼が揺れるのを感じ、拳を握る。
込み上げてくるのは自分のものではない。自分の悲しみや辛さなど、旅を始めた少年の頃、彼と一緒にいる事に比べればと簡単に捨ててしまった。そうする事で、サクのそれを少しでも引き受ける隙間を自分の裡に残しておきたかった。
それでも今、それが足りない。
カイはサクの肩を上から包み込むように腕を回す。年毎に自分よりも逞しくなっていった躰をサクは身動ぎもせずに受け止め、戸惑うように口を開く。
「僕が、独りだと云ったんだ」
少年は確かにそう云った。何故かと聞いて。
「…何を捨てたと云ったんだろう」
記憶のないサクに思い当たる事がある筈もない。ただ、それを聞いた時の自分の心の揺れが気になった。
「――俺達が、何故旅をしているのか」
カイの言葉にサクは視線を上げる。間近にある瞳はいつもより色を失って見えた。
視線が合い、ふっと息を漏らして寄せられた頬が首筋に冷たい。様子のおかしさに体を向き直すと、カイはサクの肩に口許を寄せたまま彼の体に回した腕に力を込める。
「あいつが云ったのは、お前が捜している相手の事だ」
「カイ、知って…?」
「お前は捨ててなんかいない」
微かに苦痛を露わにするカイの額に汗が滲む。
不快な流れが全身に走ったが、それを意思で捩じ伏せてでも、云いたい言葉はまだ残っている。
「カイ?」
「…もうすぐ、逢える」
「カイっ?」
蒼白な顔色に、サクは自分を包む腕を揺する。見たこともない無機質な表情は、不意に、消えた。
「…カイ?」
眉を顰めているカイは、サクの声に我に返ったように微笑んだ。
「何て顔してんだよ。ほら、そろそろ寝るぞ」
立ち上がり、その腕に引かれるままにサクは歩く。今のカイに先刻までの様子は残っていない。まるで、別人のように。
「眠れそうか?」
屋上で腰を下ろしたサクはカイの問いに肩を竦める。感情の昂りが残っている。とても眠れるとは思えなかった。
「ま、当たり前か」
カイに手招きされて、サクは彼の横に膝をついた。ぐいっと頭を引き寄せられて、カイの胸に顔を埋めるように倒れ込む。
「暫く、こうやって目を閉じてろ」
サクの耳に届くのはカイの鼓動。静かに、規則正しく、それは繰り返される。
「カイ?」
少しずつ、眠りの予感がやってくるのを感じながら、サクは小さく笑った。
「うん」
カイも笑み返す。
未だ『影』や獣を殺すのに慣れない頃、自分達の身を守る為に人を傷つける事を怖れていた頃、こうして寄り添い眠れない夜を何度も過ごした。互いの鼓動に眠りにつく事もいつの間にかなくなったが、今でもこうして眠る事が出来る。
「カイがいてよかった」
ふわりと包まれるような感覚に、カイは目を閉じてわらう。
「…会えてよかった」
―――――――嗤う。




