4.緑の民 ―2
「大丈夫かい?」
少年に駆け寄り傍らに蹲み込んだサクは、肩に掛けていた鞄から薬缶を取り出す。
「『影』にやられたんだね? 毒は抜いた?」
布を外し丁寧に手当てをするサクを少年は呆然と見ている。相槌はうつが、感情は乏しかった。
「…大丈夫。これ位ならすぐ普通に歩けるようになるよ。強い毒じゃなくて良かったね」
安心させるような笑みにも、少年は反応せずにサクをじっと見ている。
「もしかして怪しんでる? 僕はサクと云います。あっちはカイ…何やってるんだ、あいつ」
カイが随分と離れた所にいるのを見て眉を顰めつつ、サクは少年に小首を傾げる。
「良かったら、今夜は一緒にいよう。『影』がまた来るかもしれないし、ね」
こくんと頷いた少年にほっと笑みを向けると、サクは立ち上がった。
「ちょっと待ってて。カイを呼んで来るよ」
足を踏み出したサクは、ケープの裾を少年が掴んだのに気付き身を屈める。
「大丈夫、この辺に『影』はいないよ。ほら、ここからも見えるだろう? あそこへ行って、すぐ戻って来るからね」
安心させるように肩を叩いたサクの手を、少年が掴んだ。驚いて見開いた緑色の瞳を覗き込んで。
「どうして、分からないんですか」
声が震えているのは不安からか、それとも。
「ずっとずっと捜してここまで来ました。皆、消えて行くのに。待っているのにっ」
「…君?」
目を細めるサクに少年の言葉の意味は分からない。だが何故か、鼓動が高鳴った。
「僕達はもういらないんですか? そんなに邪魔だったんですか。悪い噂を聞く度に、貴方だけは違う、貴方だけは僕等を護って下さると信じていたのに。どんなに不安でも、仲間の村が消え始めても、いつか貴方が来て下さるって皆信じてるのにっ」
両腕を強く揺さ振られ、サクは少年の言葉を必死に追った。興奮している少年の涙は止まる事をせず、それはどうやら自分に向けられている事だけが分かった。
「…何故、独りなんですか」
嗚咽まじりに、少年が問う。
「僕等だけじゃなく、種石も捨ててしまったんですか?」
一瞬、息が止まった。
少年の言葉に、サクは自分でも分からない衝動に駆られる。どうしたいのか分からない。ただ泣きたいだけなのかもしれないし、叫び出したいのかもしれない。暴れ出しそうなそれを両腕で自分自身の体を抱き締める事で押さえつけた。
「今の…」
どういう事なのか、そう問い質そうとした時、視界から少年が消えた。
「少しは落ち着けよ、クソガキ」
少年の襟首を掴み、無造作に担ぎ上げたのはカイだった。
「サク、先刻の屋上に行くぞ」
憮然として見えるのは、今のを見られていたせいだろうか。
半ば呆然としたまま、サクは少年の荷物を持つとカイの数歩後を歩き出す。
「…お前、緑の民か」
サクには聞こえない程の小声に、少年は自分を担いだ男を見た。
「そうなんだな」
全身で不機嫌さを見せるカイに、少年は体を固くする。
「説明なら俺がしてやるから、あいつを混乱させるな。黙ってろ」
軽く顎をしゃくって後ろを遅れて歩くサクを示したカイは、それだけ云うと口を噤んだ。
何故。そう問う代わりに少年はカイの上着の背中を掴む。
「あいつには記憶がない」
ぽつりと呟くカイに、少年は一つだけ問いかける。
「…あなたは?」
再び長い沈黙が訪れる。
自分を抱える腕が何を考えているのか少年には分からない。だが、答えは予想通り。低く、小さく。それでいて微かに自嘲が重なったような声は風に流れた。
「あいつの、民だ」




