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閑話休題 ドールたちの入浴

 ユリエラの一日が、午後一時に終わろうとしていた。

 既に三人しか居ない人間は床に就いている。マリレーヌは夕食も摂らずに泣き疲れて眠り、シンタロウは長湯をして無理矢理に気分をリフレッシュしてなんとか眠ったようだ。アキラのみ、調べ物をしたその姿勢のまま眠っていたから、起こさぬよう即席で睡眠体制を整えて部屋を出た。


 湯を頂く。一つしかないが、風呂は豪奢だ。崩壊した講堂程度は余裕で収納出来るほどの大空間に、瀟洒な装飾を施し、浴槽を幾つにも分けて趣向を凝らしてある。

 常に清潔な水が適温に焚かれ、清掃時以外はいつでも湯浴みが出来る。そこに、ユリエラはゆっくりと身を沈めた。


「ああ、もう今日は終わったのかい?」

 顔を上げると、湯気の向こうにマリーの顔があった。

 医者としての機能を持つバイオドールである。

 身体機能は人間となんら変わらず、しかし老いることはない。よって、機能が劣化することもなく、定期的なメンテナンスを欠かさなければ半永久的に活動が出来る、造られた生命。限りなく人間に近い人形である。


「今回のご主人様は、どうだろうねえ?」

 短く整えた髪にタオルを巻いて、ゆっくりと手足を伸ばしながら言った。

「判断は適切のように思います」

「そりゃ、それなりに適性はあるだろうけど、人間性の部分さ。好い人みたいだけど」


 少し、マリーの表情がかげった。

「医者らしい観点ですね。私は、人間性に関しては・・・・・・」

「可哀想にね。何代前だったかな、君に恋して道を誤ったあの人は」

「五代前ですね。大戦前でしたので、かなり甘く審査していたのですが、五人の軍団長全員から不適正と判断され、矯正措置を」


「そうだったね。記憶と感情の矯正は、いつ誰にやっても嫌なものだ」

 ざば、と湯船に沈めた手を上げて、顔を拭った。

「好い人でも、人間は簡単に判断を誤る。もしも君が彼の恋心に応えていればと、思わないでもないけど」


「それは私の役割ではありません。愛玩用のバイオドールなら、幾らでも好みのものが造れるというのに。設計も教えたのですが」

「恋とはそういうものじゃないんだろう。私にも、そこはよく判っていないけれど」

 す、と湯船から出て、備え付けのウォーターサーバーで水分補給。この医者は、風呂好きなことを思い出した。


「いったいいつから?」

「さあ、ゆっくり出来る風呂でまで時間を気にするのはやめたから、どれくらいかな。

 そういえば、いろいろ思い出してきたよ。ジルなんか風呂嫌いだったから、私とベアで洗ってあげたっけ」

 水を飲んで一息吐いて、今度は湯船に浸からずへりに腰かけてふくらはぎまで浸した。


 多少不思議な気もした。胸のそれは勿論だが、ふとももや尻の脂肪がこの長湯で溶けださないものだろうかと。

「ああ、懐かしいなあ。ジル、イザベラ、フセヤ、ベアトリクス、セシリア、みんな、まだ起きないのかなあ」


「再起動が済んでいるのは私と貴女、そしてフセヤだけです。特にジルは時間が掛かるでしょうね。少なくとも完全に城のメンテナンスが終わるまでは難しいでしょう」

 細い手足を、湯の中で解すように伸ばしたユリエラの頬も、血行がよくなって赤くなっている。いつかの主人に鉄仮面とまで言われたユリエラだが、さすがに風呂では表情も緩い。


「フセヤは、まさか下界かい?」

「役目上、仕方がないことです。彼女は人見知りですから、新しいご主人様の人柄を私たちで見抜くまでは、会いたくもないでしょうし」


「難しいよね。好い人だった人が、この城で暮らすうちに変になっていったのも何度か見たし、そうでない人がいろいろ経験して丸くなっていったのも知ってる。人は変わるものだものね。フセヤが戸惑うのも判るけど、どうせなら早く慣れればいいのに」

「決してフセヤ本人には言わないでくださいね。落ち込むと手間がかかるので」


 ユリエラが立ち上がった。風呂は好きだが、長湯の趣味はない。

「もう上がるの?」

「あとはごゆっくり」


「寂しいなあ。早くここがいっぱいになるくらい、みんな起きてくれればいいのに」

 賑やかなことが好きなマリーは、かつての光景を思い出して、目を細めて浴場を眺めた。

 それに同意するように微笑んで、ユリエラは脱衣所へ向かう。あとは四時間の睡眠とメンテナンスを終えれば、明日からも活動出来る。

 汗を拭いて服を着た時には、いつものユリエラに戻っていた。


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