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    〃      ‐Ⅲ

 シンタロウが失神していた時間は、十五分ほどだったらしい。

 その間、機能停止した強化外骨格と這うようにして身を隠した王女をゴーレムで回収した。アキラは司令室から降りて整備中の庭園へ招き、そこで話を聞いた。


「ローラン王国?」

 マリレーヌ王女は、自らの出自を語った。

 先王とは血の繋がりはなく、王妃の妹がマリレーヌを出産すると同時に亡くなり、それを哀れんだ王が養子として迎えてくれたという。王位継承権はないに等しかった。兄王子にもしものことがあれば、という予備程度の継承権だが、不満はなかった。寧ろ心優しい兄を支えてやらねば、とさえ思っていた。


「オルゲルトは篤実な人間でした。あのオルゲルトが言うのなら、陛下は兄上の手に掛かって身罷られたのでしょう。私は仇を討たねばなりません」

 それが自分を引き取って育ててくれた王への礼儀だ、と。アキラは首を振った。


「貴女はあそこで死んでいる人間です。俺たちが貴女を助けたのは単なる仏心。この城とあの装備を知った以上、ここから出すわけにはいきません」

「無礼なっ」

 鋭く言った姿に、アキラは生まれの差を思い知った。


(高貴な人間は他人が自分に従って当然と思っていると聞いたが、本当らしい)

 ため息を吐いた。

「なんとでも仰ってください、お姫様。貴女の権限はEランク。どうせ部屋との出入りがせいぜい。貴女はここで飼い殺しになってもらいます」


 言葉に棘があるのは、この女を見つけたばかりに義兄が負担を背負ったことが許せないからだ。別に、アキラにとってこちらの世界の人間が自分たちの都合で生き死にする程度のこと。放っておけばいい。

 それに介入して、人を殺したという一生の重荷を背負ってしまった義兄と、その元凶になった王女に対して、怒りを抑えるので精いっぱいである。


「天上の人とは、皆あなたのように傲慢なのですか?」

「口の利き方にも気をつけていただきましょう。貴女に危害を加えるつもりはないが、立場を弁えない言葉は貴女の品位を下げる。せめて次に顔を見る時は、不快にならないような言動を心掛けていただきたい」

 状況の流転に落ち着かないのだろう。動転していておかしくない。アキラはそう判断して会話を打ち切った。


「アキラ様、シンタロウ様がお目覚めになられたようです」

「判った。ユリエラ、今日は義兄さんの好物を。血や肉を連想させるものはダメだ。甘いものをたくさん用意するように」


「かしこまりました」

 恭しく頭を下げたユリエラにマリレーヌを任せ、アキラは医務室へ。シンタロウは医務室に運び込まれるまでもなく起きていて、しかし簡単な検査を済ませた。


「やあ、はじめまして、アキラ様。シンタロウ様は問題ないよ。心のケアは必要だろうけどね」

 ゴーレムではなく、ユリエラと同じバイオドールが言った。医者らしい。さすがに簡単な命令をこなすだけのゴーレムに医療は担当出来ないらしく、限りなく人間に近い人形が必要になるようだ。

 報告を訊いて頷き、ベッドに座る義兄に声を掛けた。


「大丈夫ですか、義兄さん」

「ああ・・・・・・まあ、ね」

 とてもそうは思えない様子だ。顔面蒼白で、無理に微笑む表情が痛々しい。


「昔の剣客は人を殺すと心変わりしたようです。大抵は強くなったらしい」

「そりゃ、俺も剣道はちょっとやったがね・・・・・・」

「現代の兵士の心的外傷後ストレス障害の原因は、殺されかけた経験と殺した経験の両方であるようです。義兄さんの心情はやはり・・・・・・」


 シンタロウは苦笑した。この義弟は人の慰め方のなんと下手なことだろう。人生で二人しか人間に興味を持たなかった義弟は、対人接触術が幼児のように拙い。

 が、それだけに心が伝わってくる。シンタロウは、自分の頬を叩いた。


「甘えちゃいかんよな。俺が俺の勝手でやったことなんだから、傷になろうが引き摺ろうが、自業自得だ。お前に心配かけちゃいかんよな」

「自業自得とは、好いことも悪いことも自分に返るという意味です。その傷の引き換えに、きっと好いことも返ってくるでしょう。自縄自縛でないのなら、きっとそうなります」

 またも苦笑した。微妙に外れたことを言う義弟を見ると、少し気持ちが和んだ。


「あの女の人は?」

「無事です。これから検査もしますが、たいした怪我はしていないでしょう。あれだけ言えたらしていても心配ありませんよ」

「へえ。逞しいんだな」

 ベッドを下りる。


「今日はもう休んでください。マリレーヌ王女も休ませます。気が動転しているから、まともな話は明日にでも」

「ああ、そうね。まあでもちょっと働きたいんだ。動いてないと嫌な気分になりそうで」

 格納庫へ向かう。自分の使った強化外骨格の整備の様子も見てみたいし、応急処置くらいは出来るようになっておくべきだろうと思ったから、勉強しておきたい。


 しばらくそっとしておこうとアキラもその背を見送り、司令室へ戻った。シンタロウがマリレーヌを見つけてしまったために中断したが、やるべきことのために出来ることを探す段階だ。とにかく周辺地理を頭に入れるだけでも時間が掛かる。

(まずは歴史と地理について知らねば。全てはそれからだ)

 アキラはもう切り替えている。なによりも学ぶことが好きだから、意欲的である。


 一方、検査を終えて大事ないことが判り、処置を終えて自室へ通されたマリレーヌは、今更ながら父の訃報と、幼時より自分を可愛がってくれた臣下の裏切りと死が現実として圧し掛かってきて、その重さに涙した。

「父上・・・・・・兄上、オルゲルト・・・・・・」


 今はもうなにも考えられない。頭が真っ白で、現実を受け入れようとする動きと心が自分を守ろうとする動きでせめぎ合って、整理がつかない。

 さっきまでの下界での姿、アキラに気丈に振る舞ったのが嘘のように、顔を覆って泣きじゃくるよりしようがなかった。


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