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     〃   -Ⅴ

 シンタロウは、改めてユリエラと名乗った女をよく見てみた。

(これはまた、どえらい・・・・・・)

 その後に、どんな言葉をつければいいのか。


 長い金色の髪は昨日までの生活では現実感がないほど美しい。いや美しさと言えばその容貌そのものだろう。ほんの数ミリの違いで印象が変わるパーツが、揃い過ぎるほどに揃っている。

 声は風琴のように高音ながら響くような強さがあって、立ち姿は脳天から芯が通っているように美しい。全ての美しさが揃い過ぎて、非人間的でさえあった。


「説明と案内を頼みましょうか」

 シンタロウが見惚れるのを尻目に、アキラはひどく冷静に言った。

「ここが空を飛ぶ城ということは聞いています。しかし、これはどういうことです」

 女の造形になど微塵の興味も抱かず、アキラは現状の説明を求めた。

 ユリエラはアキラに向き直って、


「お話はまず中で。お疲れでしょうからお茶もお淹れ致しますので、一度休息を取られてからお聞きください」

「お茶、ねえ・・・・・・」

 背後は瓦礫。前はかろうじて残っている講堂。こんなところでどんな茶が出てくるのか。

 ユリエラに続いて講堂へ入る。

 中は、左右にガラクタを積んだ雑然とした風景で、椅子もないから座るのも躊躇するような具合である。


「こちらへ」

 案内されるままに中央へ。二人の足元に屈んで、木製の床に指を伸ばして少し押すと、かたり、と捲れて電卓のようなものが現れた。それになにかを打ち込むと、足元からぷしゅ、と空気の出る音がして動き出した。


「エレベーター?」

「そのようですね。落ちないように気をつけてくださいよ」

 それほど難しい仕掛けではないようで、動く床と講堂を繋ぐパイプも四本見えている。それが伸縮して上下するようだ。


「どこまで行くんだ?」

「舌を噛みますよ」

 好奇心をそそるような仕掛けに落ち着かないシンタロウとは対照的に、アキラは背を向けたままのユリエラをじっと見つめている。

「どうかしたか?」

 小声で話しかけると、

「人間は安心した瞬間が一番騙されやすいものです。まあ、この状況では騙されていたところでこちらに出来ることはありませんし、意味のない疑いではありますが、まあ気をつけておこうかと」

 それなりの付き合いではあるが、この義弟は頭が良いためなのかよく判らないことを時々言う。なんとなく解釈して、猫のような義弟の性格に苦笑した。


「じゃ、なんかヤバそうだったら一声掛けてくれ」

 程なくして動く床は止まり、ユリエラの背中に続く。

 廊下である。それも、人感センサーで勝手に灯りが点いていく。清潔感のある白い壁と圧迫感のない暖色の天井、そして優しい浅葱色の床は洞穴のような廊下の印象をがらりと変えている。


「配慮が見えますね。ここを使う者により快適さを、と。これは奥が深い」

「そういうもんか?」

「機能だけを追求するなら図を見ているだけでいいんです。人体の可動範囲も耐久性能も、個人差は単なる差異に過ぎず、イレギュラーにはなり得ない。均一化した構造で充分その機能を果たせる筈です。

 しかし、心象はそうはいかない。心への配慮とは、それを使う経験と寄り添う真心がないと成り立たないものです。そういう人間の思考と行動は、奥が深いのですよ」


 なにやら感心しているが、シンタロウにはなんとなく病院の廊下っぽいな、という程度の印象しかない。廊下は単に廊下である。

 じきに、ダイニングへ着いた。絵画でしか見たことのないような長いテーブルに、真っ白なテーブルクロスが皺の一つもなく敷かれて、豪奢な椅子が二つ用意されている。

 アキラは当たり前のように長い辺の椅子を引いて座り、まるで主人の座のような短い辺の椅子はシンタロウが座らざるを得なくなった。


「なんでこっちなの」

「? なにか?」

 アキラは心底不思議がっている。この義弟の、自分を立てる言動はもう習慣なのだ。

「どうぞ」

 ユリエラはてきぱきと用意を進め、すぐに湯気の漂う紅茶が出てきた。

 一口飲むと、なんとなく落ち着いてきた。ここへ来てから常に心に張り付いていた焦燥感と好奇心が、居所を見つけたように収まってきた感じがした。


「シレットですね。こちらではなんと呼ぶのか知りませんが。こちらでも同じような気候の土地があり、そこでは茶葉の収穫も加工も行われ、それを嗜む習慣もあるらしい。大きな収穫です」

 元々、インドア派のこの義弟は飲み物にうるさい。平日も休日も自室にこもって、なにかして金を稼いでいるようだが、それだけに飲むものにやかましくなったらしい。


 おまけに一を見て十を学ぼうとする貪欲な探求心がある。アキラは独り言のように言いながらもユリエラの表情を凝視して、情報を集めようとしている。

「では今後、こちらの茶葉はシレットと呼称致しましょう。馴染みのある呼び方の方が気分も良くお召し上がりになることでしょう」

 ユリエラは、どこも見ていない。くそ丁寧な言葉遣いのくせに、どこか突き放すような冷たさがある。


「ミルクはありますか?」

「ご用意致します」

 隣にあるのであろう厨房に消えていった。

 紅茶のカップを置いて、アキラは小声で言った。


「ここの設計者とは違って、彼女は事務的です。あのタイプは、おそらく嘘は言いません。ただ必要なことは聞き出さないと答えないでしょうし、答えられないことはどう水を向けても単語さえ漏らしはしないと思います。これが、俺の彼女への印象です。

 義兄さん。それを踏まえて考えてみてください」


 無理を言う。いきなり放り込まれた世界で、そんなことを考える義弟以上のことに思いが巡るものか。一応、顔だけは神妙に頷いてみせたものの、なにをしていいのかは判らない。

 程なくユリエラがミルクを満たした瓶を持ってきて、差し出したアキラのカップに注いだ。


「それで、今、この城はどうなっているんです?」

 アキラが問うた。シンタロウはその訊き方に舌を巻いた。

 まずは現状把握である。その現状に至った経緯や原因よりも、現状を正しく認識することが優先される。血が通っていないのかとまで思わせる冷静さにシンタロウは感心した。


「現在、北北東に速度三ノットで航行中です。瓦礫は撤去作業に入っており、入口であった講堂も今は取り壊されているところです」

「何故?」

「城を隠すために作られた廃墟ですので、城の起動と共にその役目を終えました。瓦礫は資材になります。司令室はここより上階に位置しますので、今後はそちらをお使いください。進路、方針、城の機能等、確認されるのも変更するのも、司令室より行えます」

 あの廃墟が、この城を隠すためだけに造られたものだとは、思わず二人が息を呑んだ。


「この城は、やはり飛んでいる?」

「はい。地上からは決して目視出来ない高さですので発見の危険はございません。お二方には数日、疲れを取っていただいて、その間に各ブロックの点検とメンテナンスも予定しております」

「労働力は?」

「自立稼働型の人形がございますので、それらが担当致します」


「この城の原動力は?」

「主に太陽光です。ですが補助となる電源システムが幾つもございますので、詳しい説明はまだこちらに馴染んでおられないお二方には苦痛ですので省きますが、半永久的な稼働が可能です」

「では一応区切りましょう。次の二つで最後です。貴女は人間ですか?」

 ぎょっとして、シンタロウは口に運びかけたカップを置いた。

 失礼だろう、などと思うより、どうしてそのことを考えなかったのか自分が不思議だった。


「いいえ。限りなく人間に近い構造をしておりますが、人間の定義を成長と維持のシステムに置くなら、やはり私は人間ではございません。この姿で生まれ、この姿で死にます。私のようなものをバイオドールといいます」

「そうですか。後のことはまたおいおい訊いていくとして、最後の質問です。

 何故この城は起動したのですか? 現在の所有者はおらず、俺たちが訪れてから俺たちを所有者に登録するシステムだと聞いていましたが」


 初めて、ユリエラが言い淀んだ。なにを問われようと、その機械的な美しさを動かしもせず、淡々と抑揚もなく答えていたユリエラが、数秒黙った。そして、

「申し訳ございません。私の再起動は城の起動後のことで、城の点検も終わっておりませんので、不明です。原因究明を第一に、早急に取り掛かります。無論、所有権がお二方にあります。つきましては、城の権限をお渡ししたいのですが」


「権限?」

「はい。城の機能を始めとして、城の使用に関しては段階を踏んだ権限が設けられておりますので、そちらの権限を有しておられないと部屋の出入りすら不可能となります」

「段階というのは?」

「FからAまでございます。城の代表たるお方をまずDランクに、お一人をEランクと設定して、順に権限を解放していただきます」


「解放というのは?」

「条件を達成すると、上位権限が解放されます。上位権限は下位権限を含みます。権限を所有された方がおられない場合、その権限でしか干渉できない機能は停止したままです」

 話が難しくなってきた。シンタロウは理解することすら放棄して、紅茶にミルクを入れてみて味だけを楽しむことにした。


「最低ランクの権限は?」

「許可されたフロアの出入りと、そのフロア内の道具の使用のみです」

「Eランクになると?」

「基本的には許可される区画が広がります。上位権限保持者による委託のあった場合に限り、機能に干渉することも可能です。独自権限はほぼなく、上位権限者によって限定的に機能を解放させるという具合です」

 なるほど、とアキラは考えた。


「Dランクは義兄さんに、俺はEランクでいいですか?」

「はい?」

 思わず顔を上げた。自分が関わらないうちに、この義弟はなんと気軽に重要なことを決めようとしているのか。


「ごめん、なんの話だっけ。ああ、権限か。いやいや、ちょっとよく判らんくて」

「コンビニで例えましょう。Fランクは要するに客のようなものです。Eランクは委託されて空調やなんかの整備をする外部員、Dランクから店員、店長、本部、社長というような感じです」

 実に判りやすい。シンタロウは頷いた。

「なるほど。じゃ店員はアキラがやってくれよ。レジ打ちも出来ない奴が店員なんて出来ないだろ。俺は、お前に頼まれた時になにか仕事する」

 アキラがなにか反論しようとする前に、シンタロウはそう決めてしまう。


「ユリエラさん、そうしてくれ」

「ユリエラでよろしゅうございます、シンタロウ様。かしこまりました。後ほど司令室にて権限授与を行います。お茶のおかわりはいかがいたしましょう」

「じゃもう一杯」

 そうして二杯目を堪能したが、返事もない義弟は納得していない表情で沈黙していた。


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