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  〃  -Ⅲ

 搬送された時、レイは意識を取り戻していた。

「あ、あの人は、どう・・・・・・」

 なった、と消え入りそうな声で言った。

 ストレッチャーに乗せ換える時、その痛みで覚醒したようだ。その代わり、記憶の混濁していた失神以前のことは覚えていないらしい。


「不明です。しかし、生きているとは思えない」

 ユリエラは冷淡に言った。忙しくもある。迅速な移動のためにベルトでレイの体を固定して、一刻を争うから確認を終えるとすぐにエレベーターへ。

 マリーが手術室を準備して待っている。レイはなんとかユリエラの袖を掴んで、


「し、死んだ・・・・・・? たしかめ、た・・・・・・?」

「人間を運ぶなら死体の方が早く確実です」

 全て予測に過ぎない。いや、ユリエラが到着した時には全員が生きて解放されていたから生存は確かである。しかし、それを言わない。

 レイの手を解き、エレベーターの扉が開くと同時にストレッチャーを走らせる。


「オッケー、あとは任せて」

 開け広げた手術室で、マリーが迎えてくれた。託して外へ出る。あとはもう、ユリエラの知ったことではない。


(落下地点を割り出して破片を回収し、ネリィを・・・・・・)

 やることは山ほどある。呆れたようなため息で格納庫へ引き返した。

 やはり医療技術としても高い水準にあるらしく、レイの処置はおよそ二十分ほどで済んだ。幸い内臓には異常がなく、脳波も問題ない。単純な骨折や擦り傷の外傷で済んでおり、全治二か月と診断された。


「深刻なのはその二か月だね」

 レイを病室に移した後、マリーはシンタロウとアキラに説明した。

「どうも痛みを消すために劇薬を使ったらしいから、依存性のために禁断症状が出る。勿論ここでは栽培も生成もしていない品だけど、気をつけた方がいいね」


「薬物中毒のような状態になると?」

「いや、そこまで深刻じゃない。なにしろ一度だけの服用だし、ちゃんと体重も考えて量を加減したみたいだからね。ただ、すごく落ち着かなくなると思う。かといってあの負傷じゃ歩き回ることも出来ないし、すごくじれったいと思うよ」


「発散の方法を考えればいいというわけか」

 そう、とマリーは頷いた。

「まあ欲求不満状態になるってことだから、発散させるか忘れさせるくらい楽しければいいと思うよ。医者の立場から見ても、その状態はつらいものだ。一分が一時間に思えるくらいにはね」


 レイの精神は、安定しているとは言い難いだろう。これまでの半生を共にした姉の窮地だけでも不安定になるのに、対処法までも見つかっていないのだから安定するわけがない。

 そうでなければ使ったこともない道具で空を飛び、墜落の憂き目にはあっていないだろう。そんな少年がベッドの上から動けないのに落ち着かないとは、厄介だった。


「なにか対処法の当てでもあるのですか?」

「あるにはあるけどね。私がやるのもやぶさかじゃないんだけど、苦手だからなあ。かといってユリエラもネリィも嫌がるだろうね。貴方だったらユリエラは喜んでやるだろうけど」


「回りくどい言い方ですね。この後ユリエラと話したいことがあるので簡潔に言ってもらいたい」

 一応、病室の外に出ているしレイは眠ったままだが、あまりにも直接的な言葉のため、マリーはちょっと声を落として、


「性処理だよ。ベッドの上で出来て疲れればいいんだから、これ以上はちょっとない」

「ああ、その類ですか。確かに。しかしまだあの年頃には・・・・・・」

「あの年頃だからだよ。多分精通はしているだろうし、別にしていなくてもオナニーくらいは出来る」


「俺には判らない話です。もしそれしか方法がないようなら、お願い出来ますか?」

 マリーは苦い顔をした。

「冷たいなあ。人形にも意思はあるんだよ? それに苦手だって言ったよ。どうも私はやり過ぎるらしいから、子供にはさすがにねえ」

 そうこう話していると、シンタロウが様子を見に来た。廊下で暗い顔をしている二人によって、


「なんか困り事?」

 事情を話すと、呆れたようにため息を吐いた。

「なんでそう、頭のいい奴が揃うとこうなのかねえ。俺に任せろ」

 ほう、とインテリ二人が感心した。


「すると、シンタロウ様はなにか妙案が?」

「むかし禅寺通いしたこともある。そういう時は座るのがいい」

「座るって、ただ座るだけ? そんなことで・・・・・・」


「いやいや、結構馬鹿にならないもんさ。座って、なにも考えない。これが難しい。最初は呼吸だけを考えるんだ。大きく吸って、吐く。それ以外はなんにも考えないようにして、集中する。

 じきにな、なんとなく座ってるのが馴染んで落ち着くんだ。で、今度は眠くなる。眠くなったら警策で叩いてもらって起きる。で、なんにも考えないようにする。それを繰り返すんだ」


 はあ、とマリーは専門外のうえに聞いたこともないことだから言葉を失った。

「只管打座、というやつですか。子供がやるには難しそうですが」

「詳しいねえ、さすがアキラ。まあ難しいだろうけど、出来るようになったら楽らしいぜ、和尚さん曰く。動じ難くなるって。ちなみに俺は出来なかった」

 清々しい様子だが、最後の一言で台無しである。出来なかった人間がどうやって出来るように教えるというのか。


 が、他にそれらしい対処法も浮かばないから、取り敢えずシンタロウに任せることにする。アキラの見るところ、あの少年は自分よりもこの義兄に懐いているようだし、下手に本人を置き去りになにか考えるよりも、親身になってくれる方がいいだろう。

「ではレイのことは義兄さんとマリーに任せます。なにか問題がありそうなら早めに相談してください。マリーの案なら、適当に売春婦を雇います」


「なんか言い方が冷たいね。いつも言ってるけど、気をつけなきゃいかんよ」

 気をつけます、とこの話を結んで歩き出す。ユリエラを格納庫横の休憩室に待たせている。

 言いたいことがある。訊きたいこともある。あの人形はいったいどういう考えで、


「レイに死んでもらいたいなどと考えるんだ、ユリエラ」

 ゆっくりと振り向いたユリエラは、少し意外そうに首を傾げた。

「穏当ではありませんね、そのようなこと。もしや口にでも出していましたか?」


 ため息を吐いた。

 引っ掛けたつもりだった。ユリエラがレイに対して、どこか冷たいというか、突き放したような印象だったから出来るだけ極端な言葉で本意を引き出そうとしただけだったのだが、否定されないのには困った。

「あの子が、あなたになにをした」


「アキラ様、シンタロウ様、お二方の目的にあのおチビさんは関係ありません。余計なものを城主に押し付けるのなら、消極的排除を願うのは道具としては当然のことです。

 しかし、死んでもらいたいと考えてはおりません。私も道具として弁えております。主人の心に傷を負わせるような結果は望んでおりません。ただ、生きたまま動かなくなればいいとは思っております」


 恐ろしいことを平気で言う。心から、この女は城主以外の人間がどうなろうと知ったことではないのだろう。

 ユリエラが意識してレイのことを行動の指針に組み込んでいないことは、アキラも察していた。そもそもレイが姉の救出を願わなければ、この義兄弟はのんびりと空を旅しながら方針を決めていただろう。


 少なくとも拙速に一国の王都を攻め、出さぬでもの犠牲に心を傷めることはなかった筈だ。そういう観点から見れば、自らを道具と定義するユリエラにとって全ての元凶と言えた。

「マリーの処置は純粋に治療と回復を目的にしたように思えたが」


「どうかお心得違いをならぬよう。私はバイオドールを統括する立場ではありますが、命令権を持ちません。マリーはこの世で最も高潔な医者です。怪我人を収容しておきながら治療しないなどと考えもしないでしょう。


 私は城主であるアキラ様、シンタロウ様のご意思を尊重します。助けろと仰せなら無価値な王女だろうと自意識ばかり肥大した無知な少年だろうと助けます。殺せとの仰せならどんな英雄でも聖女でも速やかに処理致します。


 ただ私の目で観測した望ましくない事象の原因たるあのおチビさんに、感情の意見として消えてもらいたいと思っているだけです。アキラ様のご命令がない限り、積極的な排除に動くことはあり得ません。どうかご理解ください」


 確かに、見事な道具ぶりである。表情一つ動かさないこの女は、台本でも読んでいるかの如く抑揚もなく言ってのける。

 その言葉通りに信じられるだろう。道具はその主人に、所有者に逆らいはしないものだ。が、何を以て主人と認めるか、そこだけは明かさない。


(俺たちを城主と認めるが故に、というところか。もしも不適格だと判断されたら、この女は危ない)

 ユリエラの優先順位をはき違えてはいけない、と思った。この女はあくまでも城と城に相応しい主に仕えているのだ。人間など見てはいない。人間が持つ意思と判断力という機能を見ているだけなのだ。

 この女の持つ基準や適性に適わなければ、排除と代替わりを考えても不思議ではない。

 そんなアキラの考えを読んだように、


「バイオドールは私に対して攻撃できません。この城の兵装も全てそうです。統括とは、絶対に攻撃されない立場だから出来ることなのです」

 これではどちらが主か判ったものではない。

(もっとも、俺も義兄さんも彼女たちの主になった気などさらさらない。この城に関してもそうだ。こんなもの、使わずに済むならそれが一番いい)


 かといって、外を数秒歩けば車を見つけ、整備されたアスファルトの上を歩き、二十四時間コンビニで不足を補える環境で生きてきた自分たちが、この城もなしで地上で生きていけるとは到底思えない。

「初めてのホームシックだ。誰も会いたいと思ったことすらないのに戻りたくなるとは思わなかったな」


「人はそれを郷愁と呼ぶそうです。人間は故郷を見つけることを人生と呼ぶのだと、いつかの主が言っていました」

「含蓄のある言葉だ。その主人がどうなったかを知りたければ」

「はい、機能を解放してデータベースより見つけるしかありません」

 もう何度目かのため息を吐いた。


 少し落ち着きたい。そういえばこの世界に来てからいろいろなことが起こり過ぎて、環境に適応するのでせいいっぱいだった。週に一度は必ず訪れる休日さえ、ここでは忘れていた気がする。

「ユリエラ、二日休む。その間は全て任せる。報告は休んだ後でいい」

「賢明です。どんな人間も月に数日は阿呆にならねばならないそうですから、存分に日頃の理知をお忘れください。補助は必要ですか?」


「暇を潰せるものが欲しい。時間を忘れて楽しめるものが特に」

 元の世界でなら、適当にインターネットで検索すれば手頃なエンターテイメントが転がっていた。ここではそうもいくまい。ユリエラは少し考えて、

「トレーニングルームを開けましょう。心身ともに疲れてしまえば、心地よい眠りが待つのみかと」


「ああ、義兄さんにも言われた。だが俺は運動が好きではない」

「バイオドールの再起動と生成機能が整えば、アキラ様にも運動を好きになっていただく趣向をご用意できるのですが、今の状態では難しいので、却下しましょう」

 結局、自室の環境を変えることにした。

 少し暗くして、雨音を流す。ルームフレグランスを用意して気に入るものを選ばせ、持ち運び出来る端末で王城の書庫にあった書物を読む。資料ではなく、物語を。


(つくづく楽しみ方を知らないのか、真面目なのか・・・・・・)

 そう、ユリエラなどは思う。

 自らを縛るものがなにもないのだから、それこそ好きなように過ごせばいいのに、と。例えば適当なところから女を攫うか買うかして適当に弄び、飽きたら処分すればいい。そういうことをしても誰にも咎められない立場が、この城の主というものなのに。


(休み方はともかく、二日とは、休むことが随分下手なご様子だ)

 それこそ、望めば何日どころか何年でも休めるというのに。

 体はともかく、精神の復調は、無論個人差もあるだろうが、その程度では叶わないことをユリエラは経験で知っている。


 やはり不安があるのだろう。急激も過ぎる環境の変化と、活動を求められる状況の連続で動いていないことが不安なのだ。

(ここは、私が一計を巡らせるべきですね)

 とはいえ、二日は放っておいてやるべきだ。その間に発案と準備を進めておく。


「それではごゆるりとお過ごしください。ご用があればいつでもお申し付けを。アキラ様に最高の休日をお届け致します」

「・・・・・・ただ放っておいてくれれば充分だ。子供ではないのだから、自分の機嫌は自分で取れる」

 アキラは、自室のドアをロックした。


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