その始末記-Ⅰ
レイとカノンの目指す馬車は、既に王都を発して一日弱。距離にすれば七十キロほどまで進んでいた。
コーザまでは、あと十キロ程度。ノストラ商会の印章を張り付けた荷馬車は天気に恵まれた街道を進み、最後の山道を登っていた。
傾斜は穏やかである。道も馬車が行き違えるほどに普請が済んでいて不便はない。ただ、両脇の木々が陽の光を一日中遮っていて、湿り気を帯びた黒い土に車輪が轍を残すほどだから、速度が落ちるのが難点だった。それが直接の原因でもなかったろうが、追いついた。
「ん? あれか」
カノンであった。レイが墜落して介抱を受けていた頃、カノンが自らの足で七十キロの道程を走り切って馬車へ追いついたのである。
「おい、ちょっと、止まってくれ」
「なんだ?」
商会の者が馬を止めた。さすがに息の切れたカノンは額の汗を拭って近づこうとした。が、その周りを取り囲む者がある。
「なにもんだてめえ」
商会が雇っている男が五人。多くは街のならず者で、商会は頭も社会性もないが腕っぷしはあるという厄介を金で釣って道中の護衛をさせている。
カノンは首を捻った。
(確かに外れれば危ないが、この道のりで護衛が五人・・・・・・?)
どう考えても多い。そこに臭いを嗅いだ気がしたカノンは確信した。
「どうやら当たりらしいぞ、レイさん」
ついでながら、カノンがここに立っているのは混じりっけのない善意である。自分を繋ぐ縁を失った騎士団を脱し、どう生きようかと考えた時にたまたま出会ったこの事件に善意で協力し、そのままここに立っている。
だから、おそらくは今頃王都で馬でも買って必死に準備を整えているであろう、あの少年への励ましが自然と口を吐いた。
「ちょっと荷を見せてもらうよ」
「あん? てめえ、騎士団か?」
「もう違うな」
カノンが答えるなり、横に回った男が剣を抜きざまに斬りつけてきた。ひらりと避けながら、
「気が早いな。見られたくないものが載ってるらしい」
「てめえみたいな強盗のために俺らが雇われてるのさ」
その言葉は本心かどうか。もし本心なら話が判るかもしれないが、カノンは交渉は苦手である。邪魔ならば、さっさと倒してしまえばいいと実に短絡的な決断を下した。
「お前、剣を抜いたな。そこのお前は拳を俺に向けている。もう威嚇では済まさんぞ」
しゃらくさい、と更に斬りつけた男の踏み込みに合わせて懐に入り、その籠手を掴んだ。
「なら殺そう」
その腕を振った。
籠手を掴まれた男は木人形のように浮き上がり、その男を武器にして囲む男たちを薙ぎ払う。人体は柔らかい。踵や拳、膝や肘といった体重と力の集約する末端か特別に硬い場所でなければ致命傷を与えることは出来ない。
しかし成人男性の体重に遠心力を加えた重さと威力に持ち堪えられる者などそうはいない。呆気なく二人が吹き飛んだ。様子見していた二人はなんとか巻き込まれなかったが、その冗談のような光景に度肝を抜かれた。
「げ・・・・・・!」
哀れだったのは振り回された男だった。恐るべき握力で手首の骨は砕け、一瞬にして圧力の加わった腕の筋肉は皮膚ごと千切れるように断裂し、体重の何倍もの空気抵抗を受けて胴の骨がひしゃげた。
内臓の幾つかが損傷を受けたらしく、血反吐を吐いた。それを哀れんだわけでもなかったろうが、カノンは地に投げ出したその男の首を踏みつけて圧し折り、止めを刺した。
「な・・・・・・」
絶句している二人も、一瞬だった。一人は目にもとまらぬ速さで踏み込んできたカノンに、一本だけ立てた人差し指で心臓を貫かれて絶命。もう一人は逃げ出そうとした瞬間、後ろ頭を鷲掴みにされて握り潰された。
馬車を操る御者が狂ったように馬へ鞭を呉れようとした瞬間、握りつぶした男の頭蓋骨の破片を投げつけて御者台から吹き飛ばした。
「・・・・・・」
転がった二人に追撃を入れるよりも、やはり荷馬車の中身を確認するのが先だろう、と踵を返した。逃げるための僅かの猶予だったかもしれないが、水切り石のように山道へ打ち付けられた男たちは立ち上がれない。
「おお、レイさんは凄いな。当たりだ」
べき、と釘で打ち付けられた木箱の蓋を素手で引っぺがし、中を確認する。
手足を縛られ、口に轡を嵌められた女が涙目で見上げていた。
「っ・・・・・・!?」
女は事情を知らない。片手が血で真っ赤に濡れたカノンを見て、恐慌状態に陥った。身を捩って、一緒に詰められていたリンゴを潰しながら泣き叫んだ。
「おうおう、元気がいい。よしよしもう心配要らんぞ。他の連中も解いてやらんとな」
木箱を持ち上げて、そのまま逆さにして中身を全て出す。女も当然転がった。
「あ、すまん。まあ少しそうしていてくれ」
腰を打った女が身悶えしているが、構わずに他の荷も同じように中身を出していく。
「ありゃ、こっちは酒だ。ん、ああこっちか」
女は七人。マリレーヌの元に届いた報告と人数は一致するが、カノンは勿論そんなことは知らない。馬車に積まれた荷物を全て剥いで、まるで盗賊のようだった。
「えっと、レイさんが探してるのは誰だったかな・・・・・・」
そういえばきちんと名前さえ訊いていないことを思い出したが、まあこの中に居るだろうと気楽に考えて、蹲る女たちを見下ろした。
「うん? 助かったのに嬉しくないのか?」
震えていた。救出した時点で意識のあった者は五人だが、五人が五人とも恐怖の表情でカノンを見上げ、今からなにをされるのか気が気でないという様子だった。
無理もない。周りを木々に囲まれた山道で、血と脳漿をまき散らした死体が一つあるだけでも恐ろしいのに、腕の肉がむしれて首が曲がった死体と、胸から血を噴いた死体まであるのである。
どんな殺され方をされるのか、その予感ばかりが駆け巡ってとても助かった実感などは湧かない。
「ううん、困った。逃げられても困るし、どうするか・・・・・・」
首を捻った時、近くの茂みが揺れた。反射で目線を移すと、顔が出てきた。
「おお! いいところに」
レイであった。更に茂みががさりと揺れて、体が見える。足までもが見えた。担がれているらしい。
「あ・・・・・・」
夢うつつといった様子である。ふと見ると、傷だらけである。明らかに骨折を処置した様子も見られる。なにがあったのかは判らないが、人の足で追いついたのだから壮絶な経験をしたのだろう。
女たちの一人が、そんなレイを見て反応した。レイも見つけて、
「生きて、る・・・・・・?」
限界だったのだろう。そのまま失神してしまった。
「あ、ちょっと」
慌てたのはカノンである。この場の収拾をどうつけるべきかと悩んでいたのに、せっかくの助っ人まで昏倒してしまうともうどうしようもない。
だが、怪我の様子を見る限りおよそ叩き起こせるものでもないと、なんとか諦めた。
「あんたは?」
ようやくレイを担いだ女に気がついたが、女は鬼のように恐ろしい形相を浮かべたまま動かない。その形相に驚いて身構えそうになったが、じっと動かない様子が不気味過ぎた。
「・・・・・・まあレイさんの知り合いか。そう睨まんでくれよ。俺はなにもしてないのに勝手に怯えてるんだ。助けてくれ」
そう言われたところで、黒衣の女も事情を知っているわけではない。どうすべきかなどと考えた時、空から機兵が降り立った。
「こいつら・・・・・・!」
カノンは知っている。なにしろ二機をこの手で打ち倒したのだ。そしてこれらを操る者が自分の敵であったと言うことも、当然覚えている。
(はて、今はどうか・・・・・・)
あの時は敵だった。が、あの後マリレーヌが関わっていることを知り、そのマリレーヌが王位に就いたことも知った。ならば、王国にとっては敵ではないのか。一兵士にはどうでもよいことかもしれない。
ただ、反射的に身構えてしまったが、これらを倒せという指令が出ていないのなら敵でも味方でもないということは確かなようだ。
(不便だな。いちいち誰かの意思に頼らんと敵も決められんというのは)
カノンは内心で、今度こそ王都との別れを決意したのだが、この場には関係ない。機兵の背中が開いて、ユリエラが降り立った。
「貴女は・・・・・・」
昏倒したレイとそれを担いだ黒衣の女を見て、納得したように頷いた。
「なるほど、貴女だから間に合ったわけですか。もしやそのために限定解放まで?」
女は頷いた。他の機兵の背中を開いて、レイを運び込む。
「そうですか。苦労を掛けましたね。ですが、そのおチビさんは我々のご主人様ではありませんよ」
ユリエラが言うと、驚いたように黒衣の女は振り向いた。聞き間違いでないことをしめすためにユリエラが頷くと、女は顔面を硬直させて俯いた。
「余計な、こと・・・・・・?」
「いえ、伝達ミスは私の責です。我々にとってはどちらもでも良いのですが、我々の主人は彼の死を望んでいません。充分手柄です」
「そ、う・・・・・・」
少し安堵したように息を吐いた。顔を上げてユリエラと頷き合うと、カノンの動体視力でも捉えられないほどの速さで、樹間へ消えた。
「あんたはレイさんの保護者かなんかか?」
「似たようなものです。おチビさんがお世話になったようで、お礼を申し上げます」
「いやいや、まあ、奇縁だとは思うが」
ユリエラの様子から、機兵を倒したのが自分だと認識していないことを確認して、カノンは現場を顧みた。
「任せてもいいか? どうも俺には向かない仕事みたいだ」
「我々には関わりのないことです。目的の少年は怪我をしているようですし、早く戻って治療を施すのが私の主の判断でしょう」
それは困った、と頭を抱えそうになった時、馬蹄の轟く音が、カノンの来た方向から聞こえてきた。
騎士団であった。カノンはまずい、という表情を浮かべ、ユリエラは無表情に、
「丸投げ出来そうな方が来られて、互いに助かった、というところですか」
「投げられればよかったのに、古巣なだけに俺は面倒が続く」
「ご愁傷様です」
口だけは言って、さっさと機兵の運搬スペースに乗り込んで飛び立った。その軌跡を目で追いながら、
(まさかレイさんがあの城の関係者とは、人の縁は判らんな。師匠が生きていたら酒の肴にでもなったものを。今は飲み交わす相手も居らんのが寂しいな)
ふと、酔余で絡んだ男の顔が浮かんだ。
(あんな出会いが、またあればいい)
そのシンタロウもまた、城の関係者なのだが、当然そんなことは知る由もない。
「これは・・・・・・」
追いついた騎士団の者であろう人間が困惑するのを見て、現実逃避を止めた。




