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  〃  -Ⅱ

 ユリエラの耳には小型のインターカムが装着されていて、城になにかあった時は最優先の自動連絡が飛び込むようになっている。


 基本的に城の維持に関わることで、能動的な操作を必要としない程度では連絡はいかないが、格納庫のハッチが開いたなどは舞い込んでくる。

 そして、ユリエラの頭脳は明晰だった。


「アキラ様! すぐに戻りましょう!」

 珍しく血相を変えて、撤収作業を終えて待機していたアキラを振り返り、自らゴーレムを抱えて走り出した。


 なにがあった、などと訊くよりも早くアキラはユリエラに続いた。問答など走りながらすればいい。ここまで血相を変えるからにはなにかあったのだろう。城には義兄が居る。重要な操作は権限を持つ自分が居なければ出来ないのだから、おそらく迎撃もおぼつかないだろう。


 ならば、ここはコンマ一秒でも早く駆け付けるのが先決である。まさか格納庫の一つのハッチが開いただけなどとはアキラは夢にも思わない。


「申し訳ございませんが、肩車をお願いします」

 快速艇のある庭へ着くと、資料を取り込むためのゴーレムを一旦置く。自立歩行の出来るゴーレムはちょこちょこと歩いてカエルのように跳んだ。


「え、肩車?」

「お願いします」

 有無を言わさぬ迫力に言われた通り土台になる。体力はないから、おそらく一分ともたないだろう。そのことはユリエラも判っている。快速艇のコックピットハッチは暗証番号で閉じられているから、手早く入力する。

 開かれると同時に、ユリエラは、


「前に体重を掛けておいてください」

 脚を水平に上体を反らして、アキラの肩の上で回った。ちょうどプロレスのフランケンシュタイナーの形である。ただ、アキラの頭を挟んでいないから、ユリエラは地面に手をついて着地しただけだが。

 そのことにアキラが感想を漏らすよりも早く、アキラを抱き上げてコックピットへ乗り込んだ。


「それほど、慌てることが・・・・・・」

 前後二列の、後ろのコックピットに乗ってシートベルトを嵌めながら言った。

 まだ、頬にユリエラの生足の感触と温かさが残っている。


「揺れます。舌を噛みますよ」

 快速艇は垂直離発着が可能だ。すぐさま芝生を荒立たせてゆっくりと空に上がっていく。


「おい、あのゴーレムが・・・・・・!」

 どこに行ったのか、と周りを見回すと、小さなゴーレムはちゃっかりとアキラの足元で蹲っていた。

「着艦はオートでやります。お先に失礼します」


 遠隔で開けた格納庫に頭から突っ込んで、停止するよりも早くハッチを開けて飛び降りた。気圧差で生じた強風など意にも介さず、まったく体勢を乱さぬまま着地して奥へ駆けていく姿は、やはり人間ではないのだと確信させた。


「ネリィ!」

 閉じた兵器廠の扉に向かって声を張り上げる。まさかその声が届いたわけでもないだろうが、汚れたツナギの女が出てきた。


「うひひ、やっぱリエラだ。なに、どうかしたの」

 レイに向けたものとはまったく違う表情で笑った。

「また勝手をしましたね! 今度はなにをしたのですか!」


「怒らないでよ、なんか困ってる子が居たからちょっと貸しただけ」

 ネリィがそういう性格ではないことはよく知っている。が、問い詰めてはぐらかす性分でもないことも判っているから、事情を聞いた。

 そこでようやく、快速艇からはしごで降りてきたアキラが来た。


「なんだ、そっちが新しいご主人様? 前のより頭良さそうだね」

「ユリエラ、簡潔に説明しろ。なにがあった?」

 ユリエラは複雑な表情で振り向いて頭を下げた。


「申し訳ございません。城の格納庫が指示を出さぬのに開いたと聞いて、このネリィの仕業だと察して急ぎました。ネリィというのはゴーレムや機兵、強化外骨格など兵器や道具に関しての責任者です。

 マリーが居住する人の管理をするのに対し、ネリィは設備の管理をしています。マリーは協力的なのですが、ネリィは、少々人格に問題のあるバイオドールでして」


「言い方が悪いなあ。逆らったことはないんだから、撤回を要求するぞぅ」

 間の抜けたような声で、女は陰気に笑った。

「ネリィ、再起動はいつ済んだのですか?」


「一昨日だよ? なんだ、リエラ居なかったの。マーは居るの?」

「このように、興味のあるもの以外に無頓着でして、コミュニケーションにも難があります」

「本人目の前で言うんだもんね、他人のこと言えないよね」

 確かに、アキラもこの類は苦手である。


「それで、そのネリィが勝手に格納庫を開けてどうしたというんだ。どこかを攻撃したのでもなければ、その存在をこちらが認知していなかったのだから不問だ」

「あれ、結構話わかる? じゃあさ、試したいのが結構あるんだけど」


「ネリィ!」

 叱られた子供のように肩を竦めて、ネリィは黙った。

「あのおチビさんです。話を総合すると、どこかへ出たがっていたおチビさんに、危険なオモチャを与えたそうで」


「なんだと?」

 ユリエラはネリィを振り返った。

「あれはアリシア用に調整してあった筈です。そんなものを人間の手に、いえ、それより飛行実験用のテストモデルを勝手に使うなど、それ以前に誰かも判っていないのに城の兵器を勝手に渡すとは・・・・・・!」


「ああ、始まった。リエラのお説教は長いからやなのに・・・・・・」

 まるで大人と子供である。微笑ましくなくもないが、言葉がいちいち不穏である。

「ユリエラ、後にしろ。ネリィ、レイに与えたオモチャというのは危険なのか。アリシア用とはどういうことだ」


「アリシアというのは軍団長の一人の名前で、担当は空戦です。ネリィが与えたのは空戦が初めて立案された時に必要なデータを取るために造られたテスト用の強化外骨格です」

 受け答えに難があるという判断なのか、ユリエラが引き取って答える。


「アリシアは、いわゆるオーバースペックなバイオドールです。特に動体視力、反射能力が私を含めた全てのバイオドールの中で圧倒的ですので、それ用に調整された兵器は全てピーキーです」

 ピーキーとは、ミスを許容しないという意味だ。アキラの顔色が変わった。


「それを、あんな子供に持たせたのか」

 踵を返して司令室へ。ユリエラがその後を、さっさと引っ込もうとしたネリィの腕を掴んで続いた。


「大丈夫だってば、ピーキーって言ったって速度を上げなきゃ普通のと変わんないんだから。そりゃやらかしたら墜落じゃすまないとは思うけどね」

「どういうことだ」

 いちいち不穏な言葉を吐くネリィに思わず振り返った。あまり、得意なタイプではなさそうだ。


「シアは無茶ばっかり言う。限界の速さが欲しいとか言うから、いろいろ犠牲にしちゃってあの形になったのに、リエラは怒るんだよ・・・・・・」

 名前の略し方も独特だから、頭に入れるためにいちいち変換するのが煩わしい。

「耐久力が極端に低いのです。最大速度を四十秒以上維持すると空中分解を起こします。アリシアが一度、その事故を起こしています」


「でもシアは生きて帰ったじゃん」

「あのアリシアが同じものに乗るまで二週間掛かったのですよ? 充分危険です」

 乗っているものが空中分解を起こして生還したことも、その後に同じものに乗る決心をするのも、どちらも到底理解出来そうにないのでアキラはそのことについて考えるのを止めた。


「空中分解したものと同じものなのか」

「データ取りのために造ったものなんだから、満足に収集出来ずに壊れたらそりゃあ造り直すでしょ。まあ耐久力とかを上げるための工夫とかは最大限やったし、使ってたら壊れるものなんて設計からおかしいんだから、限度があるけどね」


「そんなものを何故とっておく。用が済めば解体して資材にすればいいことだろう」

「簡単に言うんだね」

 気だるげなネリィの声色が一瞬だけ変わった。

「壊れた先代を基に造った子なんだから、壊れるまで使いたいでしょそりゃ」


「・・・・・・判った。ユリエラ、俺がネリィに用がある時はあなたに任せる。どうも俺の頭では理解できない感性らしい」

「かしこまりました」

 司令室へ上がる。


「ネリィ、進路はどっちだ」

「ああ、ちゃんとトレースしてるから位置まで判るよ。でもあれだね、意外だ。理解できないから黙れって言うのかと思ったよ」

「出来ないことは出来るものに任せる。当たり前のことだ。ユリエラ、発進。通信が可能な範囲まで届いたら止める」


「まあ無理だと思うよ。逃げた羊を牧場が追いかけたって間に合うわけないもん」

 よく判らない例えだが、言いたいことは判る。頭の中で軍艦と戦闘機に変換すれば実感としても把握した。だが、他に手立てがない。


「どうかしたのか?」

 騒ぎに気がついたシンタロウも上がって来た。簡単に説明する。

「義兄さん、レイを追います。目的は保護です。レイの事情は知りませんが子供が遊ぶには過ぎたオモチャを与えてしまったようだ」


「じゃ、じゃあ俺も出るか・・・・・・あの、きょうかがいこっかく、ってやつで・・・・・・」

 人を殺した経験から、抵抗感があるのだろう。重い足取りで格納庫へ向かう背中を、ユリエラが引き留めた。

「空戦仕様の強化外骨格の扱いは、適性が全てです。いまだ学習も済んでおられないシンタロウ様では大変危険です。どうかご辛抱を」


「本格的に使うってなったら空戦が目的だからねえ。ただ飛ぶだけのあれに比べたらめちゃくちゃに難しいと思うよ」

 元よりシンタロウを出す気などアキラにはない。この世界に来てから急激に命というものを左右する局面に遭遇し過ぎたアキラは、既に命を秤に掛けている。レイの命は、自分と義兄のどちらの命とも吊りあわない。

 口にこそしないが、これでレイが死んでも自業自得だと思っている。


「ネリィ、拘束用の兵装などはあるのか? そしてそれを使っても無傷で捕らえられる造りか?」

「え? 捕獲用かぁ・・・・・・考えたこともなかったなあ・・・・・・ちょっと作ってみようかな」

 もういい、と話を打ち切った。


「速度あげます。現在の推進力では十一ノットが限度ですが、どれほどに?」

 想像よりも遥かに遅いが、そもそも動く城砦というのが常軌を逸している。おそらく追いつけないだろうということが実感として判ったが、とにかく十ノットでの航行を命じた。


「朗報っぽい悲報と悲報っぽい朗報、どっちもあるけどどっちから聞きたい?」

 不意に、司令室のパネルをいじっていたネリィが言った。


「前者から手早く、ネリィ」

 アキラがなにか言うよりも早くユリエラが代弁した。

「オッケー。じゃ追いつけそうだよ」

 一瞬安堵が広がりかけた瞬間、


「でもね、堕ちたっぽい」

 凍りついた。更に、


「それでここは魔物が居るところだね。でも誰かが向かってる。以上、報告でした」

 重苦しい沈黙が広がる。それに耐えかねたようにおちゃらけて。

「リエラ、これってボクの所為?」

「・・・・・・救助の手配を。搬送用ゴーレムと、マリーに手術の用意をさせます」

 ユリエラが手元のコンソールを操作した。


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