空戦機動型強化外骨格-Ⅰ
レイは、全速力で通りへ出ると辻馬車を捕まえて目的地を告げ、郊外へ向かった。ゴーレムを隠してある。レイ一人を城に運搬するためのもので、あの城なら荷馬車へ追いつく方法もあるだろうと考えた。
アキラやシンタロウに許可を取ろうとは、考えもしなかった。レイにはもう、荷馬車へ追いつくこと以外に考えられることはない。
郊外へ出るだけで一時間以上掛かった。急いで待機状態のゴーレムに指示を出して城へ戻る。鉄製の箱に身を滑らせてベルトで固定させ、ゴーレムは空へ飛び立った。
速い。密閉された箱の中ではどのくらいの速度で飛んでいるのかは判らないが、着地の衝撃で到着は判る。引き千切るようにしてベルトを外し、箱を開けて外へ出る。
整備中の庭園は、なんとなくそれらしい装いになってきていた。
そんな様子に目も呉れず格納庫へ走る。西側の入口を通ってエレベーターまで駆けて、降りる。入口に近いエレベーターは格納庫までの直通はない。居住エリアを走り抜けて、またエレベーターへ。
要領が良いのだろう。そう何日と暮らしていないのにすっかり操作も覚えて、実にスムーズに格納庫へ降りた。
(なにか、なにかないか・・・・・・!)
強盗が商家を物色するような目つきで周りを眺めた。
レイは、マリレーヌのクーデターの際、その戦況を見ていない。勿論それ以前のマリレーヌ救出の際、シンタロウが強化外骨格を用いたことも。
居並ぶ機兵と強化外骨格の利用法が判らない。レイの頭に、遠く離れた地点に兵を向かわせて目的を遂げるという発想はない。ただただ自分が、その地点に辿り着くことしか考えられなかった。
仮に思い至ったとしても、機兵の命令権はアキラとユリエラの手元から離れておらず、司令室の精密機械の操作法を知らないのだから、独断ではどうしようもないのだが。
ここで途方に暮れていたらそれまでだったのだが、幸か不幸か、格納庫には先客があった。
「うるさいなあ」
奥の、開きっぱなしの扉から誰かが出てきた。
手入れのされていないボサボサの頭。油の染みたヨレヨレのツナギ。眠そうに細めた目の周りには不眠の証拠だろう隈が刻まれていて、そのくせ眼光が鋭い。
「あの、これ、飛びますか?」
思わず駆け寄った。これが誰なのかも考えなかったが、どうせ考えても判るまい。不健康な女は少し苛立ったように頭をがりがりと掻いて、
「飛ぶよ。それがなに?」
邪魔くさそうに言った。さっさと追い払いたかったが、食い下がるレイに無理やり事情を聞かされて、
「あっそう。じゃこっち来て」
引き返して扉を潜る。レイは知らないが、兵器廠である。ここで製造、改造、修理された兵器が格納庫へ運ばれ、保管される。
そのため兵器廠の隅には工具や素材が積まれていて、ひどく雑多であった。金属も多く、迂闊に触れれば怪我では済まない。
「これマニュアル。使いたかったら頭に入れなよ」
端の小さな机の中から薄い書類を投げて寄越し、雑用をしていたゴーレムを集めて指示を出す。
兵器廠の電灯が切り替わり、赤色ランプが回った。同時に、重低音の警報らしきものが鳴り始めた。
「え? え?」
「さっさと頭に入れなよ。急ぎなんでしょ」
奥から、人の背丈ほどのものが運ばれてくる。それほど大きいものとは思わないが、慎重に運んでいるのか、ベルトコンベアは非常にゆっくりと流れている。
「骨董品レベルだけど整備はしてるからまだ動く。これあげるからさっさと行って」
ゆっくりと、それは格納庫へ運ばれていく。
妙な形だった。骨組みのように、或いは木造建築の梁や柱のように、細い金属が人型に組まれていて、中央が空いている。どうやら人があそこに座るものらしい。
ただ、シートのように気の利いたものはなく、足を嵌める窪みがあるからあそこに体重を預けて中腰で操作するもののようだ。操縦桿のようなものが、両手を置く位置にある。
背中はタンクのようなものを背負っているが、それも樽を背負っているようなもので、如何にもアンバランスで危なそうだった。
「あの、これ・・・・・・」
「飛ぶってば。あ、それとこれあげる」
投げて寄越したのは、全身にぴったりとフィットするスーツだった。ついでにヘルメットも。
「あんまりスピード出すと内臓潰れるからね。それで保護できるのは体重三人分まで。ヘルメットはもう少し頑丈だけど、まあその頃には眼球も潰れてるだろうし、どうでもいいか」
事も無げに言って、レイを追い出した。
「あの、名前は・・・・・・」
「ないよ、そんなの。ボクの名前だったら、知らなくていいでしょそんなこと」
にべもない。なにやら危なそうではあるが、マニュアルがこれしか貰えなかった以上、頭に入れてあの危うそうな骨組みもどきを使うしかない。
「えっと・・・・・・こう、か・・・・・・?」
着替えて乗ってみる。書かれていたことを頭の中で反芻しながら試すと、動いた。
それほど複雑ではなかった。左の操縦桿で姿勢の角度を、右の操縦桿で脚が動くらしい。格納庫の出口まで歩くと、待っていたように開いた。
高度はそれほど高くないとはいえ、気圧差で強風が流れ込む。ヘルメットとスーツで保護された体には、特になにも感じなかった。
「ごくり・・・・・・」
飛び方は判った。が、もしその通りに出来なければ地面に激突して潰れるだろう。一歩間違うだけで命を失うダイヴは、さすがに緊張した。
「よ、し・・・・・・!」
右の操縦桿を押し込む。骨組みもどきの両足から音がして、火を噴いた。ゆっくりと上体を倒し、空に向かって落ちていった。
「うわああああ・・・・・・!」
無意味に声が出た。高度は六百メートルである。山も森も緑色の塊にしか見えないし、建物は豆粒のようなものだ。が、落下し続けるとそれが毎秒恐ろしい速度で迫る。
あそこに叩きつけられれば死ぬという事実が現実味を伴って襲い来る。一度パニックになってしまったら、もう落ち着くことなど出来る筈もなかった。
「・・・・・・っ!」
最早声すら出ない。そろそろ木の形まで判ってきたところで、パニックのあまり両手の操縦桿を引いた。
「うひっ!?」
頭を下に落ちているからか、抵抗のため上の辺りは動かなかった。が、足は腹側にかくんと折れ曲がるようにして角度を変え、噴射口の角度が変わった。
すると、今度は前にズレていく。背中側の大気の壁に押し付けるように進み、そのためか落下速度が少し弱まった。
「こ、ここ・・・・・・!」
半分パニックのままだが、なんとなく助かりそうだと判って理性が戻ってきた。左の操縦桿を再度引いて姿勢を水平に戻し、右の操縦桿で足位置を整えて足を下側に持ってくる。
なんとか、落下速度を殺した。空中にホバリングして、暫定的に停止状態となってようやく、命の危機が去ったことを自覚した。
「ふ、う・・・・・・あ・・・・・・よし、これで!」
自分が何のためにこれに乗ったのかも思い出せて、右の操縦桿を押し込んだ。が、強すぎた。
「ぶ、ぶつか・・・・・・!」
運が悪い。よりにもよって大木があった。周りの木々と比較しても明らかに高いその木は、樹齢を思わせる太さがあった。その、枝が目の前に迫っていた。
反応などとても間に合わない。決死の思いで押し込みを緩めて速度を落とした頃には、華奢な骨組みは枝を圧し折って、引き千切られた葉がまとわりついていた。
「こ、心得その一・・・・・・!」
自分に言い聞かせるようにして叫んで、おぼつかない操作でコーザへ向かって飛行を開始した。




