〃 -Ⅴ
元々、レイという少年は思考力を誰かに預ける傾向があった。
それは若い者が自分よりも賢い者や年長者を敬う気持ちの一環だったのだろうが、幼時は常に姉が、今はアキラやシンタロウという年長者があっては、それらが習慣として根ざしてしまうのも仕方のないことかもしれなかった。
そのため、アキラから新たな手掛かりを得たレイは、それが本当に手がかりたり得るのかを考えるよりも、行動に移していた。
「よし、ノストラ商会の集積所だな?」
二つ返事で後に続いてくれたのはカノンだけだった。三人組は、どことなくやる気がない。
「どうしたの?」
「いや、どうも・・・・・・な」
手に負えないことらしい、ということが判ってきた。丸一日走り回って勢いでなんとか探ってみたものの、実際のところはなにも判っていないし、今日も徒労に終わるかもしれない。
もう、ベルは生きていないのかもしれない。そんなことも、一旦眠って冷静になった頭に浮かぶようになった。もしそうなら、これ以上なにかしても無意味だろう。殺した人間が明らかになった後でなら、激情のままに私刑にでもするが、この段階ではとても出来ることがありそうにない、と。
「まあ、それは・・・・・・」
よく判る、とレイも思う。しかしレイは若い。若いというのは視野が狭いということでもあり、無駄に楽観的というか、希望を持ちやすいということでもある。
「でもまだ生きてるかもしれない。それを俺たちで助けられたら、それって痛快じゃない?」
「それはもう娯楽だな。俺たちは今日、食うことを考えるのに忙しい」
そういうことを希望に出来るには、少し年を取り過ぎた、とまだ三十代にもなっていない三人は苦笑した。
「なあ子供さん」
カノンが口を挟んだ。
「それ、俺のこと? レイっていいます。そう呼んでください」
「ああ、判ったよ、レイさん。それでな、あんた誰かとどうやってか判らんけど連絡取ってるよね? それってもしかして偉い人だったりするのか?」
「偉い・・・・・・まあ、偉い、かな」
勿論、アキラとマリレーヌの関係など知らないが、王城に出入りしているということは身分で照らし合わせれば外れてはいないだろう。
「じゃあさ、もしその方の耳に入ったら、いろいろなんかあるんじゃないの?」
三人の目の色が変わった。彼らにとって友情という同義は一日を消費するに足りるが、損得は一生を費やすに足る。
「そう、かも・・・・・・?」
「それじゃあ頑張った方が得だなあ。俺は頑張ってみるよ」
カノンがさっさと行ってしまったが、他の三人はまだ動かない。リーダー格の男が言った。
「なあレイ、俺らを雇わないか? もしベルがダメだった時でも、動いた分を貰えたら」
「判ったよ、早く行こう」
この提案に、レイは軽蔑しない。トレジャーハンターとして、確かな当てもなく生きてきたレイにはこういう逞しさはよく判る。
「よっし、それじゃあ決まりだ!」
現金なもので、レイを追い抜いて三人は走って行った。確かにその日暮らしで生きている人間にとって、一日を空費するのは最も避けたいことだろうし、それが続くのも回避しなければならないことだろう。
実際のところ、あの三人がどれだけ役に立つものか判らないし、昨日もどれだけ役に立っただろうか。が、人手が要るだろうということは間違いないのだ。
(一番気をつけなきゃいけないのは、払う時だね。根こそぎ持っていかれないよう、その時は城でやるか誰かについててもらおう)
追いかけた。あてどもなく居るかも判らない目撃者を求めて走り回るより、目的地がはっきりしていると気持ちが楽だ。気持ちが楽だと速度も出る。ごみごみした街を走り抜けて、倉庫街へ出た。
「ありゃ、騎士団じゃないか?」
騎士団は、要するに警察と軍隊の役割を負う。同じく騎士団と呼称するものの、警察の役割を負う騎士団は内務卿の預かりで、軍隊の方は陸軍卿の預かりとなる。
カノンは陸軍卿預かりの騎士団に在籍していたが、あの騒ぎで無断で抜けてしまっている。二つの騎士団は平時に於いての役割が似ているのもあって交流が盛んで、カノンの顔見知りも居る。出来れば会いたくはない。
「レイさん、なんかあいつらも調べてるらしい。ちょっと様子を見とこうか」
妙に弱腰なカノンに不審を覚えたが、それよりも悠長な、という不満が先立った。もしも商会の請け負った荷が失踪者なら、彼女らは箱詰めにされている。それが生体か死体か、気にならない人間が居るだろうか。
そういうレイの必死さに負けて、カノンは頷いた。
「判った。俺が訊いてこよう。会いたくないが、知り合いだ」
事情を説明するのが面倒だからここに居てくれ、とレイと三人組を残してカノンは引き上げようとしている騎士団の一人に声を掛けた。
「あ、カノン!」
その声と、それに続いた罵声は、レイたちにも聞こえた。
「この味方殺しが、どこに行っていた!」
レイと三人が顔を見合わせた。短い時間の印象ではあるが、とてもそんな暗く陰湿な印象とはかけ離れている。
「その話は・・・・・・いや、いい。なに言ってもダメだろうってもう判ってる。それより」
宿を兼ねる酒場から荷が出ている筈だ、と用件を言った。騎士団の男は首を振ったらしい。
「どこぞの窃盗団にでも傭われたか、根無し草」
「知ってるのか知らないのか、どっちなんだ」
食って掛かる男にカノンは相手にならないが、訊きだしたい立場だから付き合わねばならない。遠くからもうまくいっていないことはよく判ったから、
「よし、俺が忍び込もう。話くらい聞けるだろう」
前歯の出っ張った男が言った。商会の事務所は倉庫の近くにある。騎士団が聞き込みをしているのなら盗み聞きくらいは出来るだろう、と。
レイは微妙だと思った。騎士団が引き上げようとしているのなら、用件は終わっているだろう。さっさと行こうとする男の袖を引いて、
「手続きの書類を盗んできて欲しい」
と言った。このおとなしそうな少年からそんな直接的な指令が出るとは思わなかったから驚いたが、その表情は真剣だった。
「・・・・・・判った。いざとなったらナイフで脅して訊き出すよ」
物騒なことを言い出したから、リーダー格の男がため息を吐いた。
「普通に訊け。あっさり答えたらもう街を出てる。言い淀んだらまだ出発してないだろうから倉庫をしらみつぶしに探せば見つかる。後が面倒だからまずは穏便にいけよ」
それもそうだ、と思い直して改めて頼んだ。三人はもうレイに雇われている立場だから、その意向に異存ない。
ちなみに、アキラやシンタロウからすれば考えられないが、人々の間に守秘義務というものはまだない。加えて、人々の就労意識というものもそこまで高くないから、訊かれて答えないということも、特別な事情でない限りあまり考えられない。
まあ、明らかに風体の悪い男が事務所に入ってきていきなり訊ねるというのは充分特別な事情ではあるだろうが。
待つこと数分で戻ってきて、少し沈んだ表情で、
「もう出ちまったそうだ。行先はコーザだって・・・・・・」
同時にカノンも戻ってきて出発した時間も判った。昨日の昼だという。
「ああ、それは・・・・・・」
もうどうにもならない、とリーダー格の男がため息を吐いた。
そうだろう。四百平方キロメートルの王都を探し回るだけでも諦めかけるのに、外へ出たとなればもう完全に自分たちの出来ることはなくなっている。まさか今から旅の支度を整えて、七十キロ先のコーザへ向かうわけにもいかない。
「まあなあ。確実にベルが箱詰めされてるっていうんならともかく、なあ・・・・・・?」
なんとなく諦めの雰囲気である。三人はこの程度の働きではろくな金は貰えないと判っているし、ベルも戻ってこないのならとんだ徒労である。やる気を失って地面に座り込んだが、カノンとレイだけは表情が違った。
カノンは商会の馬車が出発しようとしている様子を見て、レイは俯いて思い詰めたような表情である。
「うん、俺は行こう。もし居たら負ぶって帰るよ」
「ちょっと行ってくる」
同時だった。誰に言ったわけでもないのだろう呟きを残して、レイとカノンはまったく逆方向に同時に走り出した。
三人はそれを呆けて見送った。しばらくして、
「・・・・・・まあ元気・・・・・・」
そんな感想を漏らした。




