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  〃  -Ⅳ

 城は政治の場だ。王権の象徴と権力を持った者の生活の場というよりも、政治をとりしきるという面が強い。当然、それぞれの政務を担当する大臣も登城する。


 その時間はきっちり午前六時。アキラはその時間を待って、法務大臣を訪ねた。

 司法卿、トウエ。齢は五十余。石を彫って刻んだような厳しい容貌で、それに違わず法に厳格だった。新法の設置にも積極的だったが、なによりも既存の法整備に熱心で、言葉の解釈の自由を嫌った。


 その法に対しての厳正さを買われて、三十六という若さで司法卿に任じられてから一度もその席を他人に譲ったことがない。マリレーヌの師とでも言うべき厳粛な男だった。


 とびきりに無口だが、その必要のある場に立てば舌鋒鋭く、そのうえ相手の非違を言い尽くすまで止まらない。誰もが扱いに困る難物である。

 トウエは、十分ほど遅れたが登城を待っていたアキラを快く迎えてくれた。


「ふむ、捜査資料を?」

 法務卿は法整備や裁判時の裁判官の役職だけでなく、直轄する騎士団と連携する自警団が入手した資料の集積の任を持っている。その中で取捨選択した情報を女王に渡し、裁可を促す。当然、トウエの元には今回の事件で入手した全ての情報が揃っている筈である。


「それは、女王陛下の勅命で?」

「いえ、それは・・・・・・」

 アキラは珍しく言い淀んだ。


 マリレーヌが事件についてアキラに意見を求めたのは間違いないが、あの席のあの場限りの雑談としてである。また、アキラに専門知識はないし、トウエとの繋がりもない。


 司法卿に相応しく、なによりも手順や規則を好むトウエからすれば、横槍に過ぎない。そういうものを登城早々に直接持ち込んでくるアキラは不快そのものだったが、さすがにそれはおくびにも出さない。相手は女王の客なのだ。加えて女王の政争の功労者でもある。邪険には出来ないが、意味の判らない横槍を許容する理由にはなり得ない。


「では卿は私よりもこの国の、この街の、法にも犯罪にも詳しくあられると?」

「いいえ」


「それではお見せする理由にはなり得ません。卿が陛下のご友人であらせられようと、この司法卿預かりの資料は開示出来ません。どうかお引き取りを」

 取り付く島もない。どうするべきかと思案も一瞬、傍らのユリエラが影も見せず近づいて、


「ユリエラ!?」

 そのままトウエを昏倒させてしまった。

 当人は自分がなにをされたのかも判っていないだろう。口が、アキラの無法の続きを物語るように半開きのまま、トウエは崩れ落ちた。


「アキラ様、貴方はこの世界の理の外からやってきたお方で、下界の理など踏みつけられる彼の天空城砦の主なのです。貴方が見たいと思ったものを見て、知りたいと思ったものを知り、壊したいと思ったものを壊す。それほどの傲慢さがあってもよいのです。

 こんな下界の、たかが司法卿程度と論を交わすことはないのです。さっさと黙らせてお読みになればよろしいのです」


 とんでもない暴論を表情一つ変えずに言ってのけたが、そのユリエラが暴挙に出た以上、一刻の猶予もない。事務官辺りが異変を察して部屋に入る前に、資料に目を通さねばならない。


 時間にしてみれば十分もなかっただろう。几帳面に整理された資料を読み通すと、突然司法卿が倒れた、と騒いで人を呼び、騒ぎに紛れて退室した。


「酒場からの物流を調べておいででしたね?」

 最早巣のようになった書庫へ戻るなり、ユリエラは言った。


「やはりあのおチビさんの捜査が気になっておいででしたか」

「どうやら自警団はよく調べてくれたようだ。直轄の騎士団も動いているようだ。ノストラ商会、か。どこにある?」

 ユリエラは書庫にある王都の地図を取り出して広げ、


「集積所は街に十三か所です。本部が?」

「いや、コーザとはどこだ?」

「王都より南西に六十キロ。リイナ伯領です」


「王都からコーザへ向けてノスタラ商会が荷を出すなら、集積所はどこになる?」

「サルバ区にある二つの集積所が適当かと思われます」

 アキラの捜査における眼目は、予断に満ちている。


 アキラはマリレーヌに対してのものとレイに対するものの全ての自分の発言を後悔していた。あまりにも軽率で無責任な言葉が多く、それらを事件の解決を臨む者へ投げかけたことを痛烈に恥じていた。


 が、この男の感性も常人のものではない。いっそのこと突き抜けてしまえばいいと、この方面の捜査を買って出ることにした。


 司法卿に資料を見せろなどとは無法もいいところだとアキラ自身も思う。が、この予断に満ちた捜査方針で自分が原因で発生した疑いに対しての捜査を終えてしまわないと、レイの足を引っ張ることになる。


 そして見つけた資料によると、あの酒場と宿から荷が出ていた。預かったのはノストラ商会、宛先はコーザという街らしい。


 そして偶然ではあるが、まったく別の案件で同じ資料をアキラよりも十分早く受け取っていたマリレーヌが未だ空席の内務卿に代わり集積所へ騎士団を派遣していた。

 コーザは禁酒法という法律をこの年の春に施行し、酒の密売が横行しているという。


「王都から買い付けた酒を、ギャングが独占して違法売買をしているらしい」

 ということは、マリレーヌも聞いていた。王女の身分では内務卿へ助言する程度しか出来なかったが、女王になれば取り締まれる。伯爵領のことなら伯爵に任せれば良いが、その悪事の原因が直轄領からの密輸にあるならば女王の沽券にかかわる。


 今のマリレーヌにとって、統治する諸侯からの侮りが毒であった。侮られれば諸侯は自治を盾に軍備を増強し、良くて寝返り、悪ければ反旗を掲げてくるだろう。年若の女王は歴代の王にも劣らぬというところを見せねばならず、そのためには王都をより一層厳粛にしなければならない。


 が、この場のアキラには関係がない。

 商会の集積所が判ったのなら、急ぎそこに向かって荷を改めねばならない。何分にも急場だから、それに相応しい身分も理由も用意できなかったから、マリレーヌの名を借りることにした。


(くそ・・・・・・こんなようにして増やさでもの借りが積み上がっていく)

 腹立たしかったが仕方がない。

 また一つ問題があって、集積所までの足がないのだ。いきなり高速艇を走らせても着陸する場の確保が難しく、また、人々が混乱して治政に影響を与えるだろう。かといって馬にも乗れない。なんとか馬車を見つけて飛び乗るしかないが、そううまくいくか。

 前途多難である。とにかく出かけようと用意を済ませた時、通信機が呼び出し音を奏でた。


『アキラ、あのさ・・・・・・』

 レイだった。ひどく眠そうな声で、今後の捜査方針を訊いているようだった。

「それは・・・・・・」


 そんなことを訊かれたところで、騒動の外に居るアキラには答えようもない。騒動の渦中に居るものこそ見えるものがあるだろうと言ったが、同じような思いはレイにもある。外から冷静に見ているからこそ気づくものがある筈だ。

 時間が惜しい。通話を終わらせて商会の集積所へ向かいたかったが、その様子にレイが気がついた。


『なにかあったの?』

 訊かれてしまうと誤魔化せない。対人経験の浅いアキラは、嘘がうまくない。

『あるんじゃないか。そっちは俺たちが行くよ』


 返事も待たずに通信が切れた。例の酒場の地区は集積所のある区の二つ隣だから、今からアキラが行くよりも余程早い。

 切れてしまった通信機を持ったまま、どうすべきかと考えたところで、ユリエラがため息を吐いた。


「こうなっては動かない方がよろしいでしょう。おチビさんの報告を受けてから、これからのことを考えた方が効率が良いのでは?」


「・・・・・・そう、なるか」

 間の抜けた話である。アキラとて真剣に、酒場と宿から発した荷物に失踪者が押し込められているとは思っていない。十中八九無駄足だろうと思っているが、レイも藁をもつかむ思いで探っているなら邪魔できない。本当にその可能性も僅かながらあるのだ。


「はぁ・・・・・・まったく馬鹿らしい。どこの誰がなんの目的で、そんなことをする。我ながら要らん口を挟んだものだ」

「目的は既に推察なさったではありませんか。人身売買のための誘拐では?」


「法に厳しいことで知られる王女が女王に即位した直後の、よりにもよって王都で? この国の文明なら、飢餓に疫病に災害、孤立したり壊滅したりする集落は幾らでもあるだろう。そこからみなしごを攫う方が手っ取り早く面倒もない。

 それも、標的が成人した女ばかりだと? とんだ狂言だ」


 犯罪とは、個人的な怨恨を除けば全て利益があるから行うものだ。当然その利益を得るために掛かる労力も時間も少ない方がいい。その観点から見れば、アキラの推論などフィクションにかぶれた妄言に過ぎない。


「ようやくお前の言うことが判った。あの城を使うということは、こういうことなのだな。俺が口にした言葉は、それがどんなにバカらしくても、一定の説得力を持つということで、それに振り回される人間が出るということだな」

「はあ・・・・・・」


 当のユリエラはそこまでの自覚はなかったようだが、アキラは知っている。出来もしないことを口にしたがあまり、その頭脳と立場に引きずられて周りが沸き立ち、そのために身を滅ぼした者も居るということを。


(歴史の勉強もしておくものだ。あれの二の舞はごめんだ)

 心中で嘆息して、元の作業に戻る。書庫へは資料をスキャニングのためにこもっているのだ。小人のような機械が広げられた資料を読み取って記録している。本のページはそれが勝手に捲っていくから、アキラとユリエラは資料を交換するだけでいい。

 そしてそれも、これまでの成果で残り僅か。ほんの数時間で終わるだろう。


「ユリエラ、検索は出来るのか?」

「取り込んだ情報の中から必要なものを探し出す機能はございます。それをどう解釈するかがアキラ様の役目ですね」

「なら、レイには悪いがこの作業が終わり次第、回収してここを離れよう。同情しているのは義兄さんだけではない、俺も出来る限りあの子の自由にしてやりたいがどうも手に余るようだ。怪我をされてはかなわない。この国のことはこの国がすればいい。

 さんざん搔きまわして言うことではないが、出来る限り関わらない。向こうがどう思うかはこの際気にしない。この国との関係はこれで終わりだ」


「かしこまりました。アキラ様のご随意に」

 アキラはユリエラのこの然諾を以てようやく、その考えの一端を知った。城の所有者がこうと決めた以上、ユリエラの中ではそれが当然のことなのだ。水が高きから低きへ流れるが如く当然のものであり、それを阻むのは天然自然の理に反するというほどに、異常なことなのだ。


 だから阻む可能性のあるもの、例えて言えばそれらに反対する者の意見など馬鹿馬鹿しくて聞く気にもならず、それを聞こうとしている城主の姿が滑稽でさえあるのだ。


(ユリエラにとっては、城主が欲しいと思ったものはもう手に入ったも同然で、邪魔となればさっさと排するのが当然だと思っているんだ。それこそ、小石を除けるほどのことなのだ)


 そしてそれが傲慢でも妄想でもない武力が、あの城にある。

 素人が大国の王都をあっという間に制圧してしまう科学力だ。その点を見ればユリエラの考え方も判らないではない。


「挨拶はしないでおこう。用意が済んだらそのまま帰る。これ以上余計な騒動はごめんだ」

 アキラは振り返って、


「これだけは言っておこう。俺はなにかを手に入れたからと言って俺を俺たらしめる良識も倫理観も、道理も他者への尊敬も捨てるつもりはない。なにかをしたい時でも、自分の都合だけを押し切ったりはしない」

 ユリエラはくすりと笑った。


(最初はともかく、最後こそ正に政治というべきものなのに)

 可愛らしい、とさえ思った。大真面目にそんな言葉でなにか言った気になっている様子も含めて、怒った小動物を見るような愛らしさを覚えた。


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