〃 -Ⅱ
アキラが小説を読むような気持ちで事件を見ているのは間違いないが、レイにとってはそうではなかった。
たった二度会っただけで、更に関係で言えば加害者と被害者であり、ついでに言えばもう会うこともなかったであろう関係でありながら、放っておかれなかった。
ベルは、朝になっても帰らなかった。そんなこともあるだろうと思っていたら、昼になっても姿が見えない。三人組の男の一人がちょうど金を借りる約束をしていたから探してみたら、レイと別れた夜以降の消息が判らないらしい。
正確には午前三時からである。その前後に客と別れている。客はすぐに見つかった。ベルははぐれの街娼ではあったが気さくだから知り合いも多い。事情を話せば同じく客取りしていた者が運よく客の人相を覚えていて、すぐ行き当たった。
「な、なにもしてないよ・・・・・・」
客は困惑していた。身なりも悪くない。金銭と引き換えに素敵な一夜を過ごして、きちんと別れたという。それを証明する方法はないが、とても嘘を言っているように見えない。
「ああ、そういえば会ったよ。気分いいから飲むとか言ってたっけ」
完全に行方が判らなくなったのはその後らしい。
酒を飲むと言っても、午後三時を回っていれば開いている店も少ない。その辺りから探そうと思った時、アキラから連絡があった。
「え? なんでって・・・・・・それは・・・・・・いや・・・・・・ああ、確かに。それは・・・・・・そうだね。そこから当たれば・・・・・・うん、判った、ありがとう、アキラ」
レイは一人で探しているわけではない。レイの襟首を掴んだ三人組と手分けをしている。その中の一人の、前歯の出っ張った男と合流して、話を聞いた。
「いや、見つからねえなってのを話してたらさ、そいつは誘拐だよって言ってくる奴が居たんだ。そんなまさかって笑ったら、そいつがいや本当なんだよ、最近流行ってるのさ、嘘だと思うんなら自警団に行ってみなって言うから、笑い話のつもりで行ったらお上からの指示まであるっていうじゃんか。それで・・・・・・」
おかしい。アキラならぬレイですらそう思った。
(誘拐とまで断言してる。繋がる場所はそこか)
アキラから、行方不明を行方不明だと断じている時間が短すぎると聞いている。そこから辿ろうと思った矢先、いきなり誘拐の言葉が出てきた。
情報が早すぎる。自警団に王城から指示が来たという情報も含めて、伝わるのが早すぎる。この失踪を誘拐と捉えられるのは、情報を集積する立場にある者とその報告を受ける者くらいだろう。間違っても市井の人間に把握できるわけがない。
念のため自警団に行ってみると、注意喚起や情報提供の呼びかけは、レイたちが捜索を始めた後のことらしい。
「誘拐だとか言ってた奴は、どんな奴!?」
「どんなって・・・・・・知らねえ奴が通りすがりに・・・・・・いや、でも見たことあるな。どこで・・・・・・」
心当たりはあるが思い出せないようだった。なんとなく当たりが見えてきた以上、散らばっていても仕方がないので集まってみる。
すると薄あばたの男が、思い出した。
「あいつは、酒場で見た奴だよ! いや、客じゃねえ。多分出入りの業者だ!」
ベルが酒を飲むと言っていた話と繋がった。その酒場に四人で突撃を掛けてみたが、まだ開いていない。ただ、もう夕方になる。中で準備をしている者もあるだろうと雨戸を叩いてみたら、中年の小太りな女性が出てきた。
「せっかちだなあ、まだですよ」
「ここに出入りしてる業者の男、なんか、貧乏くさそうな奴、あいつ誰だ!?」
いきなりで目を丸くする店員に簡単に事情を説明すると、
「ああ、あの人。酒屋から仕入れに来る人なんですけどね、ちょっと手癖が悪いみたいでね、それに評判も、あらやだ、居ない人のこと悪く言うもんじゃないよねえ」
などと言いながら、じれったくなるほど長くその男のことを教えてくれた。
とはいえ、名前までは知らないようだ。どこから出入りしているのかも判らない。店員では仕方がないと思った時、騒ぎを聞いて酒場の主人が出てきた。
「ああ、ゲッグか。あいつは俺の友達がやってる酒造の使いで、時々ここに配達に来るんだ。家? ああ、知ってる。客と騒ぎを起こした時に友達と灸を据えに行ったことがあるからね」
店を飛び出すように四人はゲッグという男の家へ向かった。
アパートだった。陽で白茶けた石壁の小さなアパートで、ベルのものとは違いそれぞれの部屋の玄関が外に面している。その中の一つを激しく叩くが、反応はない。
「回り込め!」
レイを部屋の前に残し、残りは裏へ回る。元々、裏街道で生きている類の男たちだ。分別もなく雨戸を叩き壊して入ったようだ。
「ちょ、ちょっと、うわ、乱暴な・・・・・・」
物音で察したレイは苦笑したが、気持ちはよく判る。寧ろその衝動的な行動力が羨ましいと思った。二度会っただけの自分より、付き合いがあるだけに切迫感は比べ物にならないだろうが。
「どこだ、どこ・・・・・・あ、玄関か」
部屋中の扉や窓を壊す勢いで開けて、鍵の掛かった玄関まで開けて回ったが、居ないらしい。せいぜい二間程度だろう質素なアパートを荒らす勢いで探さなくてもよさそうなものだが、ちらりと見えた風景はまるで強盗が押し入ったようだった。
「ちくしょう、居ねえぞ・・・・・・野郎、どこへ・・・・・・」
すっかり犯人のようである。舌打ちしそうなリーダー格を見て、
「あ、この時間なら出勤してるんじゃない?」
レイが思いついたのを聞いて血相を変えてまた走り出した。
が、空振りだった。無断欠勤だという。来る筈の者が来ず、家にも帰っていないのだからゲッグという男もベルと同じ行方不明者ということになる。
「・・・・・・あの時間に空いてる酒場とか酒屋を当たってみる?」
肩を落とした三人にそう言うと、まだそっちがあったか、と一気に生気の蘇ったような表情で散開した。
「ちょ、ちょっと待った! 全員が散らばったらまた集まるのに時間が掛かる!」
そそっかしい連中を何とか止めて、二人一組で酒場を探した。
レイはすぐに見つかるだろうと思っていた。たかが開いている酒場や酒屋である。人に訊けば判るし、判らなければ店を当たって開いていたか訊けばいい。
が、意外に難渋した。
店の営業時間は習慣で決まるもので、大抵は客が少なくなったら閉める。その平均化された時間がだいたいの閉店時間なのだが、その時間をきっちり記憶している者は少ない。店の主人でさえそれなのだ。午前三時前後に開けていたかなど、覚えていない。
更に、夜は眠るものだ。そこまで深夜ともなれば、三人組と同類でさえ寝床へ引き上げることが多く、その辺りの情報も少なかった。
「なあ、お前はなんでそんな必死なんだ?」
レイと組んだ男、薄あばたの男が不思議そうに訊いた。
元々、この類の男たちに根気はない。こういう地道さが苦にならなければ、境遇や環境が主な原因とはいえ、もう少しまともに世過ぎを送っている筈である。
その男たちからすると不思議だった。金を取られた女を追い求め、偶然にも会えたばかりか詳しく聞けば使われはしたものの残りはちゃんと返してもらった。もう用などない筈なのに、何故自分たちと同じように町中を駆けずり回るのか。
「・・・・・・姉ちゃんに似てるから、かな」
言葉にしてみたが、本当にそうなのかはレイにも判らない。単に、自分では救えない姉を投影して救った気になりたいだけなのかもしれない。
男は内情は判らないが、その言葉だけでいろいろなことを察したらしい。
「お前、そいつはアブねえよ、ベルはよ、お前の姉ちゃんじゃねえんだぜ・・・・・・」
男は口下手だった。自分の考えを言葉にして正しく伝えようという習慣に乏しいから、うまく要領を掴めないが、つまり、報われないと言いたいらしい。
この危険と労力に見合うだけのものは、絶対に得られない。知らずのうちに他人に誰かを重ねると、必ず齟齬が出る。それを目にした時、失望しないではいられない。
この男もそこまで齢を食っているわけでもないだろうに、そんなことが判るらしい。レイも納得した。
「そう、だね・・・・・・なんだけど、ね・・・・・・」
放っておかれない。投げ出しそうになると別れ際の姿を思い出してしまう。それが姉と重なるわけではなかったのだが、やはり人との関わりは毒にも薬にもなるのだろう。なんとなく捨て置くのは寝覚めが悪かった。
況してや、人の安危に関わるとなれば、投げ出すのは気が重かった。それを伝えると、
「バカだなあ、賢そうなのに」
呆れながら笑った。とはいえ、人海戦術で当たるべき聞き込みをたった四人でこなしている以上、レイに今更抜けられるのは困るのだが。
(アキラだったら、もっとうまくやるのかな・・・・・・)
なんとなしに劣等感を抱くレイはそう思ったが、事件の捜査に必ずしも天才は必要でない。寧ろ天才の役目は収集した情報の取捨選択が主で、その上に推論が成り立ち、経験によって推論を実証して解決へと導く。この情報収集の場においては、聞き込みが最も有効である。
ここにアキラが一人増えたところでなにも変わらないのが実情である。
結局、なんとか探し当てた時は午前零時を回っていた。
たった一日の聞き込みでありながら、なんとか四軒まで絞り込んだ。その四軒を回ってみてもベルの目撃はなかった。いよいよ捜査方針すら失いかけた時、疲労困憊の三人とレイは、なにもかもを明日にして今日はもうやめようということになった。
気分が悪かった。徒労に終わった一日を嫌な気分で終わりたくなかったから、一杯引っかけてからにしようということになった。が、金がない。元々ベルに金を借りる予定であったのだし、今日一日を捜査に当てたから収入などもない。
「・・・・・・いいよ、俺が出すよ」
なんとなく連帯感と仲間意識の芽生えたレイがそう言った。三人は一気に上機嫌になった。店へ繰り出そうとした瞬間、レイが立ち止まった。
「ん、どうした? 口の軽さを後悔してももう遅いぞ? 奢るって言ったんだから街の外まで逃げても追いかけて奢らせるぜ」
冗談めかして言ったが、レイは表情まで固まったままで、呼吸さえ忘れているようだった。ただならない様子に何事かと立ち止まって見守っていたが、やがて、
「あ・・・・・・」
と、気の抜けたような声で膝から崩れ落ちた。
「どうしたっ」
仲間意識は彼らにもあったようだ。自分たちの半分も生きていない少年が急に座り込んだから慌てて駆け寄ると、レイはなんとも言えない表情で、
「あそこ・・・・・・忘れてる」
実に馬鹿らしい話ではあるが、ゲッグが出入りしている酒場を忘れていたのである。
怪しい発言をした本人に気を取られていて、その発言をした人間が関わっている酒場を忘れていた。もしもゲッグが犯人かそれに準ずる類の人間なら、あの酒場に寄ったベルをかどわかしたと考えるのが自然である。
「っ!」
弾かれたように走り出した。頭を使うことは不慣れなことは判り切っているが、それにしても自分たちには目も頭も本当についているのかと疑いたくなった。
背の低いレイを置き去りにする勢いであの酒場へ着いた。
さあ踏み込もうとした瞬間、
「ヤバい、隠れろ!」
リーダーが言って、入口の傍の物陰へ身を隠した。遅れてレイが到着し、隠れ切ってない三人を見つけて近寄り、
「ど、どうしたの・・・・・・?」
「あれを見ろ、自警団だ」
振り返ると、ちょうど自警団が出てくるところだった。
「え、なんで隠れるの?」
「え・・・・・・ああ、そりゃ・・・・・・なんとなく?」
理由はないらしい。どことなく後ろめたいようだが、レイはこの三人がゲッグの自宅を強盗のように荒らして探し回ったのを思い出した。
(帰ってなかっただけっぽかったのに、あれじゃあそこでなにかあったように見えるなあ)
その件だとしたらとんだ捜査かく乱である。
幸い気づかなかった自警団の背中が見えなくなるのを待って、四人は店へ入った。
「来ていない?」
自警団は同じ用事で来ていたものらしく、彼らにも言ったことだが、と前置きして店主は話した。
なるほど、当該日の午前三時前後まで店は開いていた。が、その人相の女は来なかったという。探し当てた店は全滅だった。
耐えられず、一人が店中の人間に問いかけた。店員も客もお構いなしだったから、さすがに迷惑して追い出されてしまった。
途方に暮れてとぼとぼと歩き出した時、店に居た客がわざわざ出てきて訊いた。
「いったい、なにがあったんだい? さっきも自警団が来てたし、大事か?」
手足の長い男だった。レイは入れ替わりだったから知らないが、酔余のあまりシンタロウに絡んでいたカノンである。
藁にも縋る思いで事情を話すと、カノンは、よしきたと先頭を切って歩き出し、四人についてこいと言った。
一旦、路地を出る。角を曲がって裏路地へ。
「あそこの酒場はな、宿もやってるんだ。立地の関係で回り込まなきゃいけないけど、ほら、あそこ。酔い潰れた奴とかはあそこに泊めてもらえる。そこそこ安い。遅くまでやってるし、酒呑みに人気なのはこういう所以さ」
粗末ではあるが、確かに宿らしい。カノンは慣れた様子で進んだが、ちょうどそこで自警団の一団と行き合った。
「ああ、君は昼間の」
その中の一人が、レイの顔を覚えていた。こういう騒ぎならなににしても自警団が情報を集めているだろうと訊きに行った時に会った一人だった。
「自力でここに辿り着くとはたいしたものだ。まあでも空振りだね。ここへは一旦通りへ出ないと来られないし、だったらさすがに誰かが見ているだろうからねえ」
また別の場所を探さないと、と引き上げる仲間の後を追った。
「空振り・・・・・・」
レイは肩を落とした。聞いていた三人も同様だった。疲れている。一日走り回っていたから、希望的な考えを持つことが難しくなっているようだった。
「まあそう落胆するものじゃない。調べ残しということもある」
励ますように言って、カノンは宿へ入った。
「・・・・・・いらっしゃい」
老婆が迎えてくれた。不機嫌そうなのは、泊り客でもないくせに細かいことまで訊いてくる一団が連続で現れたからだろう。
「最近客は泊まってないよ。あんな騒ぎがあったんだ、潰れるまで飲むアホが居るかね」
アキラの指揮した戦いのことだろう。言われてみればそうかもしれない。納得して引き返したが、宿を出る直前に、
「ここ最近荷物とか運び込んだりした?」
「そりゃあるよ。ないとやってけない」
宿は消耗品が多い。荷物の搬入など珍しいことではない。念のため近隣の住民に裏を取ると、客の出入りはほとんどなかったが荷を持った人だけは頻繁だったという。
「これからどうしよう」
誰になくレイが呟く。次になにを調べればいいのかも判らない。事件に関わっていそうなゲッグを探すにしても、今日のように駆けずり回った挙句になにもなかったということにもなりかねない。
捜査に関して素人なだけに、たった一日でもう心が折れかけていた。消沈して黙り込む三人に、カノンが言った。
「ちょっと臭いぜ」
「ああ? 喧嘩売るのか? 臭いって言ったらお前も酒臭ぇよ」
「そうじゃなくて、怪しいなってこと。失踪だか誘拐だか知らんけど、何人かを自由にしようっていうんなら、閉じ込める場所が要るだろ? で、お探しのお姉ちゃんは酒を飲みに行ったと。なのに客は出入りしてなくて、荷物は出入りしてる」
確かに怪しいが、それはカノンがこの場でその情報だけを聞いたからだろう。しかも当事者が縁も所縁もない人間だから、他人事でもある。
カノンの言葉は四人の光明というより、冷やかし半分の戯言に聞こえた。
「適当ぶっこくんじゃねえよ。こっちは昨日からな!」
気が短いのか、前歯の出っ張った男が怒鳴ったが、カノンは笑っている。
「まあそう言いなさんなよ。疲れてんだろ。今日はここに泊まった方がいいんじゃないかってこと。もし怪しいなら多分断られるよ」
それを確かめるだけでもいい、と。怪しくないにしても今日はもう疲れているのだから、宿に泊まって明日からまたやればいい。
反論も浮かばず、結局それに従うことにした。引き返すと、愛想のない老婆はますます不機嫌になって、
「まだなにか用かい」
「やっぱり泊まろうかと思って。部屋取れる?」
「・・・・・・ちょっと待ちな」
奥へ消えた。なにか言いたげにカノンが振り返ってウィンクをしてみせたが、すぐに老婆は戻ってきて、
「二部屋なら空いてるよ。泊まるかい?」
一同がため息を吐いた。カノンは、気まずそうに笑って頭を掻いた。
「あらら、ま、気を取り直して休もう。明日から頑張ろう」
どことなく白けた空気で、部屋へ引き取る。驚いたことにカノンもついてきた。
「街を乱す奴は許せないからな、俺も付き合うよ。自警団は・・・・・・まあ、ちょっとな」
疲れていたから、怪しいとさえ思わなかった。どことなく間の抜けたカノンの言葉に、もう好きにしろと言って構わず、三人と二人で別れて引き取って、眠った。




