人さらいを追え-Ⅰ
「はあ、なるほど・・・・・・で、レイがお金を・・・・・・え? 戻った? いえ、よく判りませんが判りました。それでグズっている・・・・・・わけでもない? 義兄さん、義兄さんはどうしたいんですか?」
レイから事情の説明を受けたシンタロウが、アキラに報告。
伝言とは人が増えれば増えるほど難しくなるものだ。教育水準が低ければ低いほど難易度は上がり、更に精神状態で困難さは増えていく。
シンタロウもよく判らないままに報告したから、アキラにもよく判らない。が、アキラには明確な基準がある。この義兄がどうしたいかである。それさえ確認しておけば、現状把握など後でどうとでもなる。
「まあそうでしょうね。こちらでも気をつけておきます。ええ、それでは」
通信機を置く。
ここのところアキラは書庫に缶詰めである。一応扱いは国賓だから、食事も含めて手厚い待遇なのだが本人はどこ吹く風で、滅多に出てこなくなった。
書物を読み込むのは小さなゴーレムが。その書物をセットするのがユリエラの役割で、アキラがやるべきことなどは特にないのだが、ひっきりなしに本を開いている。
なにをしているのかとユリエラが覗き込むと、驚いたことに行政の書類と文献ばかりであった。この国のどの立場に居るわけでもないのに、何故そんなものを読む必要があるのか。
「いや、蕭何や江藤を真似てみた。なかなか、意外と判るものらしい。この都や国の弱点らしきものも、おぼろげながら見えてきた」
これはこれで楽しんでいるものらしい。どうせ全てをデータ化して保存するのだ。いつでも読み返せるのだが、読書家は知識と知恵が入れられる時期というものを心得ている。
「ところで、その恰好はなんだ?」
ユリエラを顧みる。
黒くて長いローブをまとっている。ユリエラは元々鼠色のスーツに赤いネクタイという装いだったが、ほんの一日の滞在で衣装が変わっている。
コルセットのついたドレスのようなものを着ていた。少し胸元が開いており、スカートは膝上でなくなっているからドレスではないのかもしれないが。
「私の格好もよいのですが、アキラ様はご自分の格好を気にされた方がよろしいのでは?」
言われた通りに見てみるが、この世界に来た時とまったく同じ、喪服であった。
気がつかないアキラにユリエラは嘆息して、
「書庫は埃が多いものです。書生がローブを着るのは室温の低い書庫での活動のためと、埃避けのためでもあるのですよ?」
「ああ、そうだったか」
確かに、言われてみれば黒い上着の肩や腕がうっすらと白くなっている。脱いで、椅子に掛ける。
「しかしその中身はなんだ?」
「
これは、代わりの服を侍女に尋ねたところ、客用のものだと借りたものです。少し裾が長いもので、切りましたが」
「ああ、なるほど。確かに本を抱えて動くのに、いちいち裾を摘まんでいられないからな。しかし、借り物だろう。勝手に・・・・・・」
「後で払っておきます。それよりもどうかされました?」
ああ、と気を取り直してアキラは通信機を見やる。
「レイの知り合いが行方不明だそうだ。こちらには関係ないが、気にしているから出来るだけ協力して欲しいと」
「マリレーヌ王女の元へ届いている報告では、行方不明者は十人を超えているそうです」
なんと、とアキラは顔を上げた。
「失踪事件?」
「いえ、女王は誘拐と見ているようです。助力しますか?」
「素人がなにを言っても邪魔にこそなれ、要請があるわけでもなし、放っておこう」
「アキラ様の頭脳にはそうかもしれませんが、城の設備は当てにされている可能性はあります」
アキラは嘆息した。
「ならば尚のこと関わりたくはない。俺の頭程度のことなら、ここで本を読んでいるだけの身だ、縁ということで貸すくらいなんでもないが、城のことなら重要度が違う。これ以上手札を晒したくはない」
「まだなんのゲームも始まっていないのに、ですか?」
「始まる前に手札を晒す以上の愚はないさ」
結論や方針はユリエラもアキラと同感のくせに、やけに食い下がる。不思議だったが、すぐに合点がいった。
(まだ、俺たちを城主として完全に認めているわけでもないらしい)
その気持ちはアキラにも理解できた。由来や経緯は知らないがそれを差し引いても、自分を生み出した城の管理をいきなり来た二人組に全て託す気にはなるまい。問題はユリエラに相応しくないと判断された場合だが、考えたくもなかった。
(あの設備だ。人の頭の中をいじれてもおかしくない。といって、どうしようもないか)
悪い方に考えるのは自分の悪癖だと判っているが、ユリエラを見ていると満更外していなさそうなのが憂鬱である。
「しかし、よくマリレーヌ女王への報告まで知っている。性格上貴女に相談するようにも見えないが」
「彼女の執務室に小型のゴーレムを忍ばせております。音声は常に盗聴しています」
「は・・・・・・」
よくぞ無表情で言ってのけたものである。あまりに予想外だったので呼吸まで止まった。
「城主に近づいた者は利用するか暗殺するかをよく選んだものですから、警戒するのは当然です。そのために私がここに居るのですから」
「イカれてるなこの世界」
少なくともそれらの感情や思惑を剥き出しにするという点において、元の世界と明らかに異質である。
「女王は意見を訊きに来ると思いますか?」
「思わんな。法に対して厳しいようだから、この国の法の外側に居る俺たちを関わらせようとは思わない筈だ。況してや新体制の膝元で起こった事案なら、自分だけで対処して内外にアピールもしたいだろう。わざわざこんな書庫にまで来やしないさ」
「慧眼です」
ユリエラは頷いたが、アキラの性格が原因であろう見落としを見抜いていた。
人には好奇心というものがある。自分とまったく異なる環境で生きてきた人間の感性と知識は専門の者でなくても興味がある。どういうわけかアキラにはその辺りの心が欠け落ちたようにないらしいが、ユリエラには想像がつく。
(おそらく適当な理由をつけて呼び出して、ついでになにか訊くに違いない)
そのことにはなんの問題もないのだが、小事の積み重ねで縁は出来るものだ。これ以上この国ともマリレーヌとも関わりたくないアキラが取るべき対応ではない。
(やはりまだ若い。如何に賢くとも人間に関してはまだ幼いようですね)
寧ろそのことを喜ぶように、ユリエラは目を細めた。未完の大器ほど傍らで見ていて面白い人材はない。出来れば小賢しい才子で終わらないで欲しい。
ユリエラの予想を裏付けるように、使いの者が来た。
「書庫に詰めてばかりでは息も詰まるでしょう。自慢の庭園を案内したいので上がって来てください」
そういう口上だった。アキラは気軽に受けた。単に断る面倒さを嫌っただけだが、ユリエラの目から見ると浅はかだった。
(人間は成長する。しかし退化もする。今は相応しくなくともいずれは、とも出来る。まあ今は見守るだけにしておきましょうか。あの五人も、ちゃんと見てみたいでしょう)
何食わぬ顔でユリエラは後ろに続いた。もう護衛の必要性はない。鉄仮面のような無表情の奥にうずうずとした好奇心がある。
庭園へ行くと、マリレーヌが待ちかねていた。
「この庭は」
と言った。
「兄と遊んだこともあるのです」
気を抜くと、感傷が胸に満ちるものらしい。声に抑揚はなかったが、それは押し殺さねばならない感情が溢れそうなことを示している。
「三代前に完成した庭です。特別な趣向などはありませんが、とにかく見る者を和ませるよう造られています」
アキラは庭などに興味はない。マリレーヌの感傷も同様だった。
それほどに胸が痛むのなら、大人しく城の中で飼い殺されていればよかったのに、という言葉を危うく飲み込んだほどだった。
まったく、そういう意味ではマリレーヌこそアキラを望まぬ騒動に引き込む元凶だった。今回の呼び出しも、なにか意図や含みのあろうことは判り切っている。一応貴人を前にため息は礼がないと堪えていたが、十分も案内されていると耐え切れなくなった。
「ところで、今日はなんの」
マリレーヌにしても、アキラは愉快な客ではない。いつもむっつりと押し黙って表情もなく、そのくせ何事かを語らせると小憎らしい能弁。更にその弁舌に人情味や温かさはなく、冷たい刃で断ち切るようで、話していてもちっとも楽しくない。
今回も、口実とはいえ庭を案内しているのに生返事ばかりで、興がないことを隠しもしない。この半生でこの男ほど不愉快な人間は見たことがない。
「用などと、お互いに用はなくなった身です。単に交流を深めようと思っただけ、そう固い物言いはなしにしましょう」
為政者として、また、誰よりも敬虔な法の遵法者たろうとする気概において、マリレーヌは用件を切り出さない。あくまでも雑談のついでとして聞き出したい。ユリエラの予想は当たっていたのである。
アキラにそんな腹芸はない。また、それを察する真心や気遣いを、この女に向ける気にもならない。
「そうですか。特段に忙しいというわけではないのですが、気軽に呼び出される関係でもなかったように思います。話すなら用件の一つでもあると助かるのですが」
不愉快のあまり背を向けたくなるのを堪えながら、マリレーヌは庭に用意したテーブルへ誘った。
茶が出た。さすがに王室であった。城に長期保存されて少し香りの富んだ茶葉ではなく、豊潤な香りの美味い紅茶だった。
(ダージリンのセカンドフラッシュに似ている。これを出されると・・・・・・)
好物なのだ。自然と表情が柔らかくなり、惜しむように口に運ぶ。
意外だったのはマリレーヌである。まさかアキラが嗜好品にこんな反応を示すとは思わなかった。
「気に入っていただけたようで」
などと、露骨な物言いはさすがに貴人だけあってしない。気に入らない男だが、こうして自分の用意したものを余念なく楽しまれると、少しは気分も好い。
(庭よりも茶の方が好みらしい。他人に遠慮がない分、熱中しやすいのかも)
そう思えば、子供のようなものなのかもしれない。確かに興味のないものへの淡白さは似ている。少し諧謔味を感じた。感じた瞬間、人間関係ではマリレーヌの負けである。
親近感を持ったということなのだ。向こうは、マリレーヌの感傷に寄り添う気にすらなっていないというのに。
「ここを離れたら次はどこへ往かれるのです?」
「決めていませんね。とにかく書庫の記録を漁って、判明した事実を基に決めたいと思っています」
マリレーヌはアキラたちの事情を知らない。
アキラ、シンタロウ、この義兄弟にレイを加えた三人は今のところ城の機能がどうの神器がどうのというよりも、あくまでも常識的な人道的観点からレイの姉の救出を急務と捉えている。
何分にも人命に関わることだけに決して悠長ではないのだが、傍からはそうは見えない。超文明を弄ぶ天上人が自適に旅しているようにしか見えない。
「結構なことです。ローラン王国内にもさまざまに遺跡や遺構があると聞きます。私はその分野には明るくないのですが、必要であれば専門家を紹介しましょう」
「どうも。ところで、失踪事件が相次いでいると聞きましたが」
おそらくこちらが本題だろう。アキラはさっさと済ませて書庫に戻りたかったから切り出したが、ユリエラに言わせれば最悪といっていい悪手である。
マリレーヌが一瞬だけ目を細めた。
「ええ。私は誘拐ではないかと考えています。なにしろ失踪に関する情報で、前兆のようなものがまるでない」
マリレーヌは既に情報の全てを頭に入れていたようで、諳んじるようにして話した。
マクレガーの処刑の当日に、四人が行方不明になった。共通点は全員が若年の女性であることで、それが翌日に三人増えた。
社会階級で言えば平民という言葉で断じていい階級が主で、奴隷階級はない。もっとも、奴隷ならば行方不明になったところで問題にすらなるまいが。
「男性も三人ありますが、おそらくこちらは別件でしょう。身元が不穏過ぎる。そのうちに死体で見つかってもおかしくない」
どの街にも危険な世過ぎをしている者は居る。その類だろうとマリレーヌは断じた。
「問題なのは七人の女性です。前日ところが、当日まで元気な姿が目撃されているのに突然失踪してしまった。これは自発的な意思によるものではなく、なんらかの事件や事故に巻き込まれたものではないかと当たりをつけているところです」
「予断は禁物ですよ」
アキラは興なげに茶を含みながら言った。
「先入観は事件の捉え方を捻じ曲げます。こちらに知り得ない情報が潜んでいた場合、事件は時にその様相をがらりと変えるものです。事件を起こした者が恣意的に隠蔽して印象を変えることもある。出来るだけフラットな目線で臨むべきです」
「ほう、なかなか面白いことを言いますね」
別に犯罪の専門家でも心理学者でもないアキラだが、元の世界の聞きかじった知識では常識に近い。とはいえ、やはり専門外のことなので、迂闊に口を挟んだことを恥じた。
「いえ、あくまでも一つの意見として聞いていただきたいことです。戯言を笑ってもらっても構いません」
「まさか。貴重な意見です。もっと聞かせていただきたいくらいです」
言葉ほどに、アキラの意見を重く見ているわけではあるまい。そもそも事件の捜査など女王がやることではない。治安維持を司る法執行機関か、或いは街の自警団の担当であり、法を重視するマリレーヌの趣味で深堀しているだけのことだ。
積極的に解決しなければいけない立場でも必要性もないのだから、やはりこの会話の本質は雑談に近いのだろう。本人の意図に関わらず。
「予断は危険でも方針は必要です。その点で言えば、陛下の観点はおそらく正しい。失踪事件の大半は本人の精神状態に依存し、それらは本人を取り巻く状況を調べれば客観的に明らかになることでしょう。それらが失踪者全員に見られないのなら、やはり他人の手によって連絡がつかなくなったと見るのが自然です」
ふむふむ、とマリレーヌは身を乗り出した。
別にアキラなどに自分の方針や考えを肯定してもらってもなにもないのだが、この理屈屋の意見は説得力があって面白い。
「誘拐の目的は、対象者の周囲に金銭やそれに次ぐ権利などを奪うことが最も多いものでしょう。次に対象者自体に価値がある場合です。今回は、社会的弱者に近い若年の女性ということですから、最も考えられるのは人身売買ですね」
「ええ。私もそう考えています。今のところ、奴隷商人が目立った動きをした報告はありません。七人もの女性を衰弱させず拘束するのは苦労する筈ですから、今はなくとも近いうちになにか動きがあると考えています」
「もう一つ、あり得ることがあります。そしてこれが最も避けたい未来であり、最も回避が難しいことでもあります」
良識があれば口にさえしたくないが、アキラは重くなる口をなんとか紅茶で潤して続けた。
「殺人嗜好、またはそれに類する加害性嗜好です。被害者の体や心に趣味嗜好で傷を負わせる。こればかりは、誘拐されてしまった後からは防ぎがたい」
さすがにマリレーヌも息を呑んだ。そしてその直後、義憤に駆られて眉根を寄せた。
「もしそちらなら、被害者の半分ほどはもう生きていない、と?」
「可能性の話です。死体は常温で放置すれば腐敗するので、余程厳重に隔離しなければ近隣の者に知られます。それを避けるために遺棄する必要がありますが、誰にも知られずに死体を捨てるのは、英雄が怪物を打ち倒すより難行でしょう」
「・・・・・・もしそうなら、ここで話す意味すらなくじきに露見し、しかし被害者はもう帰ることがない、と」
「あくまでも可能性の話です。そういえば、俺の知り合いが被害者と縁があるそうなので、話を聞いてみます」
マリレーヌは意外そうな顔でアキラを見た。まさか、協力するつもりなのか。
「不思議なものですね。自分でも思いもしなかったことが話している最中に浮かんでくる。話を訊くまでは複数人の行方が判らなかっただけのことが、話をしているうちに全員の命を危ぶんでしまう。
俺は別に何者でもありませんが、人の悲しみに心が動かないほどなにかが欠如しているわけでもありません。出来るだけのことはしたいと思いました」
やはり、とマリレーヌは確信した。この男は滅多に変化しない表情や冷静な口調とは裏腹に、善人なのだ。それも、その心の動きの前には自分の思惑や狙いなど簡単に薄れて消えてしまうほどに、幼い善人なのだ。
(信用できる)
幼時より政に関わってきたマリレーヌは、言葉の裏で自分の意思を通すことしか考えてこなかった人間を何度も見てきた。それとは真逆のアキラは、信ずるに足り、且つ、利用するのに心配は要らないと判断した。
「有意義な時間でした。明日、また同じ時間にお茶しませんか?」
「女王陛下の貴重な余暇を賜れて、光栄でございます」
心にもない挨拶をして、立ち上がる。
通信機を置いた書庫へ戻る道中、ユリエラは寄って、
「よろしいのですか? 深入りなさっているようですが」
「人が傷つくのを黙っているのは寝覚めが悪いのは勿論だが、やはり好奇心だ。この誘拐か失踪かは判らないが、この事件、おかしくはないか?」
「・・・・・・?」
書庫への扉を開く。階段を降りて、誰も聞いていないことを確信して、アキラは振り返った。
「失踪と判断するのが早すぎる。失踪者の縁者が全員、過保護な父親だとでもいうのか?
最初の失踪者が現れてからまだ三日と経っていない。若年と言っても未成年ではないんだから、一日二日連絡が取れないからといって報告するものか? 大抵一週間かそこいらは経たないと失踪とは思わないだろう」
そういえば、とユリエラは頷いた。この程度のことに気づかないユリエラではない筈だが、やはり興味がないのだろう。このことに考えを巡らせるのも惜しいようだ。
「作為的なものを感じる。事件を隠蔽しようという作為ではなく、寧ろ喧伝するようななにかを。それも、おそらく対象はマリレーヌだ。彼女に対して、この事件を通して何かを伝えようというような、或いは見定めようというような・・・・・・」
と、そこまで考えてアキラは自嘲するように笑い出した。
「さすがに探偵小説やなんかの読み過ぎか。犯罪はそんなものじゃない。予断は危険だのとほざいた口で語るには、あまりにも馬鹿馬鹿しいな」
通信機を手に取る。笑って済まされないわだかまりのようなものが残ったが、とにかく話を聞いてみることにした。
こんな深読みをすること自体、本当に真剣に取り組んでいるわけでなく、気楽な傍観者の視点であることを自覚しながら。




