〃 -Ⅴ
見た目も手癖の悪さも特徴たり得ないのなら、行動で特定すればよかったのだとようやく気がついた。
シンタロウが言っていた通り、あぶく銭が手に入ったのならそれを貯蓄に回す者は少なかろう。男と遊んだのなら酒場辺りで派手に遊んだ奴が居なかったかを訊けば早かったのかもしれない。
(俺は、やっぱり違うな)
なんとなく、アキラに親近感があった。齢も性格も考え方も育った環境さえ違うのに、形容しがたい類似点があるような気がしていたのだ。
が、現実はどうだろう。きっとアキラならあの切れすぎるほどの頭脳と、冷たいほどに澄んだ心でさっさと娼婦など見つけてしまうと思う。いや、それ以前にあのアキラが女の色香に惑わされることなどあるのだろうか。
まったく意味のない比較だが、少し落ち込む。あれに比べれば自分はなんと凡庸なのだろう。姉を救いたいのに結局なんの成果もなく、金を盗まれるという体たらく。自分が嫌になる。他人の慈悲と良心に縋るばかりでなんの役にも立たない自分を心から軽蔑したくなる。
しかしその落胆と失望で膝を折ってはついに何事も為せないだろう。やせ我慢でも立って動かねば。そう思って酒場を目指したが、足元がぐにゃぐにゃと頼りない。
まるで雲を踏むよう。気持ちが悪くなって立ち止まろうとした時、自分が落下していくのに気がついた。思わず、
「わ!」
と叫んだ時、自分が眠りから覚めたのだと判った。
「びっくりした」
誰かの声がする。女が頬杖をついてこちらを見ていた。
「あ・・・・・・!」
あの女だ。金を盗んだ女。いや、確実にそうとは言い切れないかもしれないが会う前と後で包の数が変わったのだからおそらくそうだろう。ばっと飛び掛かろうとしたところで、自分がベッドに寝かされていることに気づいた。
「え?」
「君、路地で寝てたんだってね? 危ないよ、そんなことしちゃ」
くすくす笑っている。そこでようやく、意識が途切れる前と今が繋がった。
「知り合いが見つけてくれてね、危ないから引き取ったの。そろそろお医者を呼ぼうかと思ってたんだけど、元気そうだね」
「知り合い・・・・・・?」
「そうそう。子供が路地で人探ししてるって、ちょっと噂になってたよ。知り合いは三人組なんだけどね、昼間に君と会ったんだって。追っ払われたけどあんな寝方してる子供から盗るのは情けないって、なんかよく判らないこと言ってた」
立ち上がって、水差しから水を注ぐ。それを渡してきた。渡されるままにそれを飲むと、呆けた頭が少しずつ眠る前のテンションを取り戻してきた。
「お金・・・・・・!」
「え? ああ、いいよいいよ、気にしなくて。健康だろうが病人だろうが、助けた子供から貰うのはさすがにねえ。まあ元気なんだったら朝には出てってもらうけど」
なにを取り違えているのか、貰う立場で平然と言った。レイは少しかっとして、
「そうじゃなくて、俺から盗んだお金・・・・・・!」
一瞬、女はきょとんとして、
「ああ、あれ君のだったんだ。結構使っちゃった」
笑っている。確かに取り返しに来た本人が盗んだ人間に介抱されるとは、間の抜けた構図だがもう少し焦ってもいいだろう。レイは顔を真っ赤にして唾を飛ばした。
「さっきから子供子供って、俺は・・・・・・!」
「子供でしょ。ちょっとズボンの上から撫でただけで出ちゃうようなのは、まだまだお子様よ」
今度は羞恥で顔が赤くなった。絶句していると女は更に続けた。
「パンツ、濡れたでしょ、気持ち悪くなかった? それともそんなことどうでもよくなるくらい幸せだった? でもハマるのはまだ早いかなあ。悪い女に捕まったらそれこそ搾り取られるよ」
くすくす笑っている。
街の裏で生きてきた女だけに、この程度の子供は相手にもならない。ついでに、盗んだことへの罪悪感らしいものも、持ち合わせはない。
「ああ、お金を取り戻したくて探してたんだ。まだまだ健全だね。こんな純真な子も、あと何年かすると上から目線であれしろこれしろって言ってくるかと思うと、男って儚いよね」
「あれは、預かった金なんだ! 盗まれてはいそうですかってわけにはいかない大事な金なんだよ!」
「ふうん、なんのために預かったの?」
女は立ち上がって、窓際のテーブルに手を伸ばした。暗くてよく見えなかったが、包み袋らしい。思わず飛び掛かったが、ひらりとかわされて床に顔から飛び込むことになった。
「はいはい、慌てない。ちゃんと返すってば。その前に質問に答えようね」
「質問・・・・・・?」
鼻血が出ていた。起き上がって見上げると、女は苦笑して小さなクローゼットからすり切れたハンカチを取り出して裂いて、レイの鼻に詰めてやる。
「あ、ありがとう・・・・・・」
間が抜けている。怒っているのに相手にされないのは、ひどく馬鹿馬鹿しくなるものだ。レイは素直に答えた。
「両替を頼まれて、飯代と、余ったら俺にって・・・・・・厚意で、シンタロウが・・・・・・」
「う~ん、これは心配になるね。誰かの薬代とか、それこそ人生一発大逆転って感じのお金かと思ったら、お金持ちのおこぼれかぁ。そんなのに真剣になって探し回るようじゃ、そのうち怪我しそうだね」
女は呆れた様子で包を投げてよこした。
袋の中で金属のぶつかる音がしたが、やはり随分軽くなっている気がする。
「判ってるよ、そんなこと。でも、誰のとかは関係ないんだ。俺のものじゃないものだからって大切にできないなんて、そんなのはクズだ」
ぼそりと呟いた。シンタロウにも同じようなことは何度も言われたのだ。
女はそれを聞くと急に態度を改めて、膝をついて目線を合わせた。
「そっか、それはごめんね。ちゃんと生きようって強い決まりだったんなら、それを笑うのはよくないよね」
目が優しい。だが、同時に遠くを見ているようでもあり、悲し気でもあった。
「なん、だよ・・・・・・」
「選べるんなら、それがいいって話。どっぷり腰までハマったら、もう抜けられない。拾ったお金で博打をするくらいが楽しみの、しょうもない女に君は眩しいよねってことだよ」
そっと頬を撫でる。姉にされたことを思い出して、思わず猫のように目を細めた。
「まあ、使われた分は勉強代と思ってよ。夢中になって落としたのにも気づかなかった君にも非はあるんだから、おあいこってことで」
「どんな理屈だよ・・・・・・」
勿論返す当てなどないのだろう。かといってこの女を引き立ててどうこうというのも出来そうにない。もう、そんな気分ではなくなっていた。
幸いシンタロウは諦めている様子だったし、元々は自分の落ち度なのだからここで納得するのが良いように思う。
「はい、お金。あ、言っとくけどそのお金で私を買うのはなしね。返さなかったら私のだったんだから」
ますますどういう理屈か判らないが、反論するのも馬鹿らしい。
「まだ、夜?」
部屋は薄暗い。
それもその筈で、ベッドと簡単な調度があるばかりの狭い部屋に、窓は一つしかない。それももう雨戸を下ろしているから、灯りはほぼない。奥の部屋から漏れている月明かりだけが唯一の採光だ。
それも、炊事をするだけの小部屋らしい。自分も似たような境涯ではあるが、城で数日を過ごした後だけに落差が激しい。その日を生きるのにせいいっぱいな者の暮らしである。
「そう。夜はお客を取るし、ここは昼に寝るだけの用なんだけどね。ま、目が覚めたんならもう出かけるけど、君は朝まで寝てていいよ。子供を夜の街に放り出すのはさすがにねえ」
レイとしても、そう出来ればありがたい。いそいそと出かける用意をし始めた女に、まだ名前も訊いていないことを思い出した。
「お姉さん、名前は?」
「ベル。じゃ、明け方頃に戻るから、それまでに出てってね。まだ寝てたら寝ぼけ眼でも叩き出すからね」
冗談めかして笑って出かけた。
なんとなく眠る気になれず、ぼんやりしていた。
「姉ちゃん・・・・・・」
ベルという女の態度に姉を思い出して、かといってどちらも明るかったから落ち込む気分でもなく、懐かしい気分だった。
そうしていたらいつの間にか眠っていたのか、起きた時は昼に近かった。不思議と、ベルは戻っていなかった。やはり冗談だったのかもしれない。そういえばまだ礼も言っていなかったことを思い出したが、紙もペンもないしあったところで無料ではないのだ。
心の中で言って、家を出る。路地裏に面した古いアパートらしい。影になって薄暗い入口から出て、なんとか表通りまで戻る。丸一日近く歩き回ったおかげで、すぐに見覚えのある場所へ出た。
これでもうこの街に用はない。さっさと連絡を取って城へ戻るのがいいのだろうが、姉を思い出したからなのか、それとも便利で豪奢な城よりも街の方が馴染むからなのか、戻る気になれず街をぶらぶらした。
『ああそう、まあ気にせずうろうろしてなよ。どうせアキラの用が終わるまでこっちは動けないから。しばらく気分転換したら帰ってくりゃいいさ』
相変わらずシンタロウは鷹揚だった。
金が戻ってきたことには少し驚いたようだったが、やはりこだわっていないようであっさりと受け止めた。レイは断ろうとしたが、その金はレイの懐に入れていいとも言っていた。
その、昼のことだった。
「見つけた! お前、ベルをどうやった!?」
見たことのある三人組が、食事処を探そうとしていたレイの首根を掴んで、ただならぬ様子でそんなことを訊いたのは。




