〃 -Ⅳ
レイが、目を皿にして王都を練り歩いている。
本人としては狩猟動物のように目を血走らせて目的の人物を捜し歩いているのだが、体格と本人のおぼこい容姿が小動物のそれにさせている。
目的は、娼婦だった。
実はあの日、金を盗まれた。両替屋で砂金を現金に換えてもらってシンタロウとマリーの居る居酒屋に走っていたところ、街角で佇む娼婦に声を掛けられた。両替屋で大金を手にしていたところを見られていたらしい。
勿論振り払っていきたかったが、そこは思春期の男子である。甘い声を耳に吹きかけられただけでなんとなくぼうっとして、袖を引かれて裏路地へ導かれた。
他人には言えないが、言ったとしても笑われてしまうほど淡白な接触で骨抜きにされ、金の詰まった袋を盗まれた。幸い入り切らなかったので二つに分けていたうちの一つだったから、その日の飲み食いに困りはしなかったが、レイはひどく恥じた。
「その何百倍の価値の金塊が腐るほど城にあるし、下界の流通を壊さなかったら少しくらいいんじゃない?」
マリーがそう慰めたが、そういう問題ではない。預かった金を徹頭徹尾自分の不手際で盗まれたというのは信用に関わる。降りるのはその日一日だけの約束だったが、拝み倒して翌日も王都に降りて、あの娼婦を探している。
「くそ・・・・・・」
見つからない。あの日以降の王都は翌日からもう日常へ戻り、店も多く空いているし露店も増えた。その中の一つを適当に選んで軽食を買い、階段の端に座って食べる。
居る筈がないのである。まだ昼間だ。街の辻に立って客を求める娼婦が出てくるのはどんなに早くても夕方である。
そのことにレイが気づいたのは午後三時頃になってのことだった。
(しまった、これじゃ散歩してご飯食べただけだ)
落ち込みながらどこかで時間を潰そうかと思ったが、ここに来てようやく思い至る。聞き込みをすればいいのだ。
(でも誰に訊けば・・・・・・)
娼婦の業務形態はいろいろあるが、辻に立つ娼婦は大抵個人で客を取っているタイプだから、組織や団体からは辿り着けない。その類は店に所属しているから裏路地を少し行けば行き当たるのだが。
(まあでも判らないなら判らないでもいい」
何分にもまだ十代である。姉との二人旅では余計な金も生まれ得なかったし、そういう店には憧れと抵抗が同じくらいある。裏路地に入るだけでも随分と勇気が要った。
「お・・・・・・?」
路地は、随分と雰囲気が違う。
単に建物と建物の隙間というだけなのだが、光が少ないだけでこうも印象が変わるものだろうか。年中日差しが届かないからか、道端には苔が並んで生え、どことなく湿っぽい。通り過ぎる人の顔も暗く、生気がないように思える。
(こんな、王都でもこんななのか・・・・・・)
トレジャーハンターは大都市に縁がない。まるきりないというわけではないが、こんな路地に入る用事が出来るほどに長居しないから、意外だった。
少ししてけばけばしく彩った看板を見つけた。さまざまな張り紙がある。尋ね人、日雇い労働者募集、落書き、それらに混じって案内があった。
それに従って歩くと、確かに民家の裏口に看板がある。扉を開けようとしたが、鍵が掛かっている。
「あれ?」
何度引いても開かない。通り掛かった男の三人組が、
「まだ陽も高いのにお盛んだな」
嫌な笑みで声を掛けてきた。
女を買う金を巻き上げようとする類のチンピラらしい。当然店の迷惑だから日雇いの用心棒や喧嘩慣れした従業員に追い返されることが多いが、店の開く前から張り込んで対策しようとしているところのようだ。
無論、そんなことはレイにも判らない。ようやく訊けそうな人に会えたから縋りつくように、
「ちゃ、茶髪の娼婦知らない!?」
思いつくままに特徴を言うと、男たちは多少面食らって、
「そいつがなんだって?」
「金を、取られて・・・・・・」
急に興醒めして手を振った。
「知らねえな」
取られた金をこの形相で取り返そうとする程度の男が、金を持っているわけもない。男たちはそう察してレイを犬でも追うように追い払った。
が、年若なのを少しは同情してか、
「娼婦のことは娼婦に訊けよ。手癖が悪いんなら知ってる奴もいるだろ」
そう教えてくれた。レイは無邪気に礼を言って引き返した。
大通りに戻った。時間が出来ると疲れを自覚して休憩したくなった。手近なカフェを見つけて入ってみるが、休むどころか落ち着かない。宿を取ることはあっても、こんな店で休んだことも誰かと語らったこともない。
「ご注文はお決まりですか?」
どうやら高い店らしい。若い自分にも丁寧に、しかも席にまでわざわざ注文を取りに来たことにすっかり緊張してしまって、
「こ、これを・・・・・・」
と、読んでもいないメニューの一つを指差した。承知して店員は戻っていき、少しして運ばれてきたのは妙な匂いのする飲み物。おそるおそる口をつけると、不必要なほど清涼感があって、思わず舌を出した。
改めてメニューを見るとミントティーと書いており、街に居着くよりも野営生活が長いレイは洒落た飲み物というより薬膳を連想した。
(
変なもの頼んじゃったなあ)
とはいえ無駄にするわけにはいかない。この金も勿論シンタロウから預かったものだ。厳密には貰ったものなのだが、金を取り返すまではその資格もないと自ら弁えている。
飲み干したところで、渡された通信端末が震えた。
「は、はい・・・・・・」
慣れない。手のひらに収まる小さな黒い物体を耳につけると声が聞こえる。遠く離れた人間ともこれを用いれば会話が出来ると聞いた時には信じられない気持ちになり、使っている今も幻覚の類かと疑いそうになる。
『調子はどうだ?』
シンタロウだった。さすがは城に住まう天上人だ、こんな未知の物体を違和感もなく使いこなしていると感心した。
「あ、ああ・・・・・・えっと、その、まだ・・・・・・」
声をひそめる。知らぬ者が見れば独り言である。テーブルに突っ伏して小声で答えた。
『ああ、そう。いや別になんか用があるわけでもないんだけどさ、なんか面白そうなものとか見つけたら教えてくれよ。城は別に居心地が悪いわけでもないんだけど、こう、外で遊びたい感じもするもんだからさ、アキラには悪いんだけど』
退屈なのだろう。だらだらと喋るシンタロウにレイは少し苛ついた。
「お、俺は遊びに来てるわけじゃないっ・・・・・・金を、取り返そうと・・・・・・」
『そりゃそうだけどさ、もう諦めた気持ちでいろって言ったろ? 盗られたもんは返ってこないよ。そいつを捕まえるより次は引っ掛からないよう気をつけるだけさ。
妙なトラブルになってケガしちゃそっちの方がつまらねえよ?』
消極的というか事なかれ主義というか、若いくせに老人のようなことを言う。レイは呆れたように、
「盗られたのは俺の金じゃなくてそっちの金なんだよ・・・・・・?」
『だからしょうがねえって。そりゃ改心して手つかずで返ってくるのが一番だけど、そんなことありえねえだろ。まあなんにしてもケガしないようにな? 金を惜しんでケガするのが一番バカらしい。街の見物ついでにしとけって出発前に言ったろ?』
確かに、シンタロウは金を盗まれたと聞いた時から既に諦めていたし、今回相談した時も気が済んだら観光に切り替えろと言ってくれていた。
なんというか、日々を生きることに必死な自分たちとは違うおおらかさがある。姉もおおらかではあったが、もし金を盗まれたとあってはあらゆる手を使って取り返そうとするだろう。飢えは、それだけ恐ろしい。
生まれてから一度も飢えたことのない者の鷹揚さだろうと、今までで一番シンタロウを遠く感じた。
『まあ気が済むまでやったらいいけど、女に金を盗まれたってことは大抵連れの男と遊んでるってことだろうから、程々に帰って来いよ?』
取り敢えず納得しておく。シンタロウがこの調子なら、自分もあの城に居る限り飢えることはないのだろう。ならば自分こそ最大の宝だという姉の教えに従って、深追いして怪我をすることを恐れた。
通話が切れる。身を起こすと、席の近い客がこちらを見ていた。声を落としても聞こえていたのだろう。慌ててミントティーを飲み干して、金を置いて出る。
休めたのかどうか判らないが、時間は悪くない。東の空が暗くなってきたから、そろそろ誰か捕まえられるだろう。
店に行って話を聞いてみる。
無駄足だった。客でもない者に在籍している女の情報はくれなかったし、手癖の悪い女など履いて捨てるほど居るような口ぶりだった。
諦めて路地に立つ女に訊いてみる。
女たちは優しかった。客でもないのに親切に聞いてくれたし答えてくれた。彼女らは横の繋がりも強く多いらしいが、特定に至るほどの特徴はないから限定できない。正直、レイの伝える特徴の娼婦は幾らでも居る。
それでも諦めずに捜し歩いたが、夜も更けてきた。閉める店も多くなってきたし、人通りも少なくなってきた。目にする人の特徴が大抵揃ってきたし、これからは治安も悪くなる。
(でもなあ・・・・・・)
諦めがつかない。少し前にこれから城に戻るのは目立つので無理だから宿を取れとシンタロウに言われたが、まだ諦めきれない。
奇妙なものだ。もうレイの頭には盗まれた金を取り返すという目的は消えて、女を見つけることだけが全てになってきた。
疲れたのかもしれない。少し休憩しようと路地に屈んだのが悪かった。
(あ、れ・・・・・・?)
自覚していない疲れが一気に来たのだろう。脚の力が急に萎えて、腰が落ちた。湿った苔を潰した感触が尻からする。まずいと思いつつも、意識を覆う眠気に耐えられず、そのまま寝入ってしまった。
その時ちょうど奥から足音が三つ聞こえてきた。レイの前で、止まった。




