〃 -Ⅲ
即日マリレーヌは女王に即位し、求める者の謁見を片っ端から許可した。
謁見を求めてきたのは地方の領主たちで、王の交代で王都がどう動き、それによって王国の世情がどのように揺らぐかを見極めるために遣わされた行政家たちだった。ほとんどが名代として信頼のおける人材を派遣しており、マリレーヌもその意図をよく理解して、一人一人と謁見した。
その中に、気になる者があった。
「マリレーヌ女王の即位を心よりお祝い申し上げます」
西の国境近くを領する貴族の腹心であった。名をヒンメル。四十に近いが、縦長の顔と裂けたように広がる目の鋭さは凡庸のそれではない。陰湿そうで、蛇に似ていた。
これを遣わしたのが同い年のボルジャック・レイジーという辺境貴族。この男の経歴は面白い。
篤実な父に似ず野心家で策謀好きのボルジャックは二十八の頃に仕えていた主人を謀殺。領主としての地位を簒奪し、周辺領主の二名を攻め倒して併合。要衝にして要害たる領土を有して地方へ野望を広げるかと思えば、率先してローラン王国へ恭順した。それが六年前。
(これは、油断ならない)
マリレーヌは気を引き締めた。ヒンメルの主人のボルジャックの治める土地は、正に王国が調停を取ろうとした国々との境に近いのだ。
が、予感に相違して特に何事も起こらない。ヒンメルの口上も態度も通り一辺倒のもので、他の諸侯と同じく先王の仇を討ったことと女王即位の祝賀を述べて去っていった。
少し変わっているとすれば、他の諸侯の遣いは被害の出ていない城下で一週間ほど逗留して遊んでいくということだったが、ヒンメルは翌々日には戻るという。
(興味がない・・・・・・?)
遊ぶ、と言っても使者は街の治安や流通などを肌で感じてそれを主に伝える役割を持っているから、文字通り遊び惚けるわけではない。謂わば任務のついでの視察なのだが、それをしないというのは変わっている。
まさか新女王を一目見ただけで離反を決めたわけでもないだろうが、不穏ではあった。
(或いは、そんなことをするまでもなく王都の内情に通じているか)
謀略の好きな者は情報にも通じている。そして必ず自分の価値を重く見ている。事が起きる起きないに関わらず、常に他のものの動向に気を配り、動けるようにしているものだ。
とはいえ、他意はないのかもしれない。都を知りたければ女を知ればいいという。娼婦ほど有益な情報源はないが、レイジー家は色に関して非常に厳しい家風だと聞いた。その関係かもしれない。
いずれにせよ、この段階で推察を巡らせるのは無意味だろう。
そう結論付けて政務を終わらせて、夕方には約束通りアキラを書庫へ案内した。
「女王自らの案内が受けられるとは光栄です」
「冗談や世辞が言える程度には回復したようで安心しました」
書庫は広すぎるほどに広く、蔵書はあり過ぎるほどに膨大だった。が、アキラは喜ぶように適当な本を手に取った。
「それほど落ち込んでいる様を見せた覚えはありませんが」
「食事をほとんど断っていると聞きました。貴方は、私が思っているよりよほど真っ当な人間らしい」
戦争につきものな犠牲にそれほど精神的痛手を被る神経の持ち主とは、到底思われなかったのに。
アキラは嘆息した。
「同じようなことを部下にも言われて改めたところです。あまり虐めないでもらいたいものですね」
「なにを。私は見直したと言っているだけです」
覚悟していたとはいえ、やはりいきなり女王の位は重かったらしい。アキラとユリエラしか居ない書庫で、マリレーヌは上着を脱いで首を回した。
「正直、背筋に冷たいものが走りました。それほど王城の制圧は見事だった。犠牲は最小限、城下に至っては死者もなし。稀代の軍略家と言っていい。それが、繊細で優しい精神を持っている。私にとっては嬉しいことです。
貴方という人間が少し判ってきた。今の貴方は好きです」
「それは気の迷いでしょう」
アキラはにべもない。書物に向かいながら冷たい抑揚で言った。さすがにこれには、マリレーヌも表情を変えた。
「どういう意味です」
「貴女は自分の痛みにせいいっぱいなだけです。誰にも弱みを見せられない立場だから、痛みの原因を知っている俺に共感してその痛みを和らげようとしている。俺への印象も、そのセルフケアへの正当化と同一化の混ざり合った心が生んだ幻想です。
貴女には同情するが、貴女の痛みに俺を巻き込まないでいただきたい。俺ではとても受け止められないものです」
「知ったことを・・・・・・!」
言わでものことだとアキラも思うが、回復してきたとはいえやはり動揺があるのだろう。自分を定義するためにも、口が止まらない。
「勿論、貴女の言う好きが異性に対するそれでないことも理解しています。しかし、好意であれ厚意であれ、今後の俺と貴女には無用のものだ。ここでの用を終えた俺は貴女とは無関係に戻る。俺はそれを望みます」
「賢しらでもやはり天上人。世間を知りませんね」
無遠慮に心を暴かれたマリレーヌは冷笑を浮かべた。
誰がこの繋がりを離すものか。これから外交も忙しい。新女王の器量を測るために周辺は積極的な協力を拒み、冷酷な第三者の目を持つことになる。それらに威を見せつけていかねばならぬのに、唯一にして最大の縁を誰が手放すのか。
そしてそのマリレーヌの思惑を振り切るほどの手腕もないアキラは、世間知のない若造に過ぎない。
「まあごゆっくりどうぞ。どうせこの蔵書をひっくり返すだけでも何か月かかることやら」
好意を宙に浮かされたマリレーヌは、その冷笑で以て多少の留飲を下げ退出した。
確かにマリレーヌの言う通り、時間が掛かりそうだ。しかし、やはり下界の人間である。城の有する技術と機能を舐めていた。
「ユリエラ、概算でどれくらい掛かる?」
「四日もあれば可能かと」
なにもここで勉強して知識に入れておく必要はないのだ。記述されているものを読み込み、城のデータベースに保存しておけば必要な時に閲覧できる。そのためのゴーレムも連れてきている。
ユリエラの懐から飛び出た小さなゴーレムは、頭がカメラになっている。よちよち歩きで早速開かれた資料を見下ろして、撮影を開始した。
マリレーヌは滞在を長引かせて諸侯や周辺国に空飛ぶ城との関係を強調して背景にしておきたいのだろうが、やはりそれは避けたい。今のところ東の山の上に待機させているが、不測の事態が起きた場合の避難先にしておくには遠いのだ。
下界に長く留まりたくはない。
「地下では気も滅入ります。適度に休まれて、リラックスされるのがよろしいかと」
「心配ない。元々こうして本と向き合って要るか要らんかも判らんものを頭に詰め込むのが領分の男だ。作戦を考えたり戦力を指揮したりするより余程性に合っている」
自分を決めつけるにはまだ若かろうに、とユリエラは苦笑した。
そこからユリエラの言う通り、作業には丸四日を費やしたが多少事件が起こった。もっとも、書庫に詰めるこの二人にはあまり関わりはなかったが、それによって精神的に疲労したことは確かだから無関係でもないのだが。




