〃 -Ⅱ
マリレーヌの即位と共に、マクレガーの処刑が行われた。
罪人の縛り方で拘束されたマクレガーは、青白い顔で城壁を歩かされ、門の辺りに集まった民衆によく見える位置で止まった。
「・・・・・・」
処刑人が恭しく首切り刀を受け取り、跪くマクレガーに一礼する。
既にこの場に言葉はない。必要なことはこの前夜に済ませている。もっとも、マリレーヌがなにを問おうとも、
「これでよかったのだ」
としか言わなかったのだが。
それがマリレーヌには悲しい。せめて優しい兄が父を殺した理由くらいは聞いておきたかったが、頑なにそのことには触れようとしない。
「兄上・・・・・・」
思わず声が漏れた。民衆には聞こえていない。髪を乱すほどの風に掻き消えた呟きは、マクレガーには聞こえていたようで、目顔で制した。
これから王となる者が、たとえ肉親が相手であっても処刑されるべき者に情など持つべきでないと、教えているように見えた。
「・・・・・・っ!」
可能なら逃がしたい。いや、それさえ理性だろう。そんなものをかなぐり捨てたマリレーヌの本心は、兄に縋りついて泣き喚きたい。血の繋がらない自分を愛してくれた父がもう居ないのなら、せめて兄に生きていて欲しい。
それが叶わないのならせめて弁明して欲しい。兄が父を殺した理由を納得させてほしい。そうでなければ、自分は兄を殺す理由さえ判らないのだ。
「では・・・・・・」
処刑人がマリレーヌに向かって頭を下げた。もう止められない。
大きな剣が振りかぶられる。兄は無言で首をそっと押し出した。
「・・・・・・っ!」
涙が溢れた。しかし泣いてはいかぬと下唇を噛んだ。それでも涙は止まらなかった。マリレーヌにとって幸いだったのは、涙で歪んだ視界では兄の首が飛ぶ瞬間を捉えられなかったことだった。
静まり返った。一刀で落ちた首を首桶に移し、処刑人が頭を下げても、誰も一語も発しなかった。
それほどに、マリレーヌの涙は悲愴だった。
しかし、その静寂は破られた。誰かがこれを予見していて気を回していたらしく、城内から鬨の声が聞こえた。
マリレーヌの勝利を讃える声は城の中から波及して、民衆へ移り、マリレーヌは涙を横殴りに拭った。
「謀反人は倒れた! 私は、父王の仇を討った!」
剣を抜いて天へ掲げて高らかに。少なくともマリレーヌはそうしたつもりだったが、またしても溢れた涙がそれを絶叫に変えた。民衆はそれを見て涙した。
「よい女王になるでしょうね」
宛がわれた部屋の窓で、ユリエラがアキラを振り返った。
「肉親の死に涙する情を持ちながら法に対して厳粛な王だと知らしめるのに、これ以上のパフォーマンスはないでしょう」
「・・・・・・そうだな。だがその言い方は好きではない」
吐き捨てるように言った。肉親を亡くす気持ちは判る。マリレーヌはそこに自分の手で健康な、という条件がつくのだからその心労は計り知れない。とても第三者の目線で語る気持ちにはなれなかった。
「失礼しました。私はアキラ様を誤解していたようです」
「ふん、失望したか?」
王都侵攻から、アキラは弱っている。元々食は細いようだが、携行栄養食以外を口にしなくなり、眠りも浅くなったようだ。そういう精神的痛手を被る性格には見えなかったが。
「認識を改めたという意味です。もし失望という言葉を当て嵌めるなら、私のようなたかが人形の心証を気になさり始めたという点です」
くだらない。アキラは鼻を鳴らした。
「君は意思を持った道具だ。意思があるという点を除けば機兵やゴーレムと違いはない。道具としての真価に意思や心情が影響するなら、使う者としては気に掛けておく必要がある。それだけのことだ」
「よかった、これから回復に向かいそうですね。人の形の道具が道具に見えなくなった辺りから、人間は戻れなくなるようですから」
嫌味ではなかった。その証拠にユリエラはアキラを見て安堵したように微笑んでいる。この女がこんな表情を見せるのは意外で、アキラは少し言葉を忘れた。
「笑う機能があったとは意外だ」
「・・・・・・笑っておりましたか。失礼いたしました」
妙な会話だとアキラは笑った。同時に、ほんの少しだが気持ちが楽になってきているのを自覚した。
「予定では夕方頃から書庫への出入りが可能になります。それまでおやすみになられた方がよろしいかと」
「ああ、そうしよう」
寝台に横になった。なんとなく、ゆっくり眠れそうな気がした。
窓の外の騒ぎは、未だ止まない。




