数奇な出会いで金を盗られた-Ⅰ
王城以外にほとんど被害がなかったとはいえ、古来より都を守護してきた城の打撃は見た目にも陥落の印象を強くして、民の元気はなかった。
シンタロウはレイとマリーと共に王都へ降りて、買い物と散歩に興じていたが明らかに開いている店が少ない。
「まあ、そりゃそっか。つい数時間前まで戦争だったんだしなあ」
「死人どころか怪我人も出さないよう配慮したんだけどね。ああ、ここだ」
手荷物程度の買い物を済ませ、適当に歩いていたところマリーが立ち止まった。
「あそこで二機もやられたんだよねえ。一応戻ってから映像を解析してみるけど、結構破損してたからどうだろう」
「あのさ、もしそれをやった奴が見つかったらどうかしたりするの?」
レイが不安そうに訊いた。
「まさか。原因がなんであれ、破損したら記録映像を解析するのがマニュアルなんだよ。もしかしたら機兵の改良点が見つかるかもしれない。まあ生身で機兵を倒した人を見てみたくはあるけどね」
きょろきょろとマリーが周りを見渡した。目に留まったのは飲食店。商店の類は仕入れていたものを売るためか、開いている店も多かったが飲食店は珍しい。なんとなくめでたいのかそうでないのか判らないマリレーヌの帰還とマクレガーの捕縛に自粛して、閉めている店がほとんどの中、営業している。
「入ろうか。お腹が減ったろう?」
財布はマリーが持っている。現金はほとんどなく、城に蓄えられていた金を持ってきて物々交換気味に取引している。大きさは、小さいものでも子供の拳ほどもある。
と言っても、この程度の買い物では砂金の粒で間に合うことがせいぜいだが、どうも金銭感覚に乏しいらしく、シンタロウとレイはそのためにそれなりに苦労した。
「両替屋探した方がいいって」
「レイ、悪いけどひとっ走り頼めるか? 誰よりも腹減ってるのはマリーみたいだし、ちょっと一人にしとけない」
簡単な保存食と引き換えにキロ単位の金を渡そうとしたマリーである。一時でも放置したくはない。レイに砂金の入った革袋を渡した。
「ここを清算して余ったらお前の懐に入れていいからな」
「・・・・・・いきなり大金持ちだよ、こんなの」
どうも貯蔵されている金は大量にあるらしく、マリーが無造作に持ち出した分は雀の涙程度だという。革袋に詰め込まれた砂金の大粒だけでも、レイには拝んだこともない金額である。それをポンと渡すシンタロウの神経もレイには判らない。
「食べれる量だけな、マリー」
「判ってるってば、シンタロウ様。それにここはお酒を飲むところみたいだ。食べ物はついでだね」
かなり大雑把な店らしく、壁際に並べた椅子を適当に引っ掴んで樽をテーブルにして飲む形式のようだ。注文も壁に貼られた紙から選んで声を張り上げる。届けば作ってくれる。
空いている店が少なかったためかひどく混んでいる。王都の様子からは対照的なほど賑やかだった。
「いいねえ、こういう大衆居酒屋ってのは。独身時代は飲み歩いたもんだよ」
「賑やかな方が好き?」
「そりゃあね。アキラは滅多に飲まないし、所帯を持ってからは早く帰りたかったから何年振りだろうな、こういううるささ」
「所帯、か・・・・・・奥さんはどんな人だった?」
「そりゃもう、神様みたいに賢くて太陽みたいに明るかったね」
へえ、と思わず感心する。なかなか出る表現ではないし、まず容姿から入らないことに少し驚いた。詳しい話を聞く前に注文を済ませる。
「なんて名前?」
「メグミって名前。俺らの世界じゃ別に珍しくないよ。どこにでもある普通の名前さ。もうちょっと変わった名前でもおかしくなかったのにな」
「そんなに珍物?」
「変わってるっていうのはちょっと違うかもなあ。なんて言うんだろうな。非の打ち所がないっていうか、欠点がないのが欠点っていうか」
「名前に負けないくらい可愛かった?」
「器量は十人並みだったな。でもよく笑うから俺から見たら世界一可愛かった」
ごちそうさま、と運ばれてきた酒を飲む。
「お、変わった酒だな」
世界が違えば文化も違う。酒の製法も違うのだろう。一口に飲み干して、美味いと叫んでしまった。
「醸造酒だね、多分。上でも造れないことはないけど、専門外だからなんとも言えないなあ。買い込んでいく?」
「いや、いいや。俺も別に酒豪じゃないし、アキラは飲まないし、たまに飲むくらいでいい。まあ夏の一日の終わりに飲むビールに人生の潤いを見た時もあったけどね」
「ビール? 聞き馴染みがないないなあ」
「こっちじゃ名前が違うのかそもそもあるか判らないけど、こう・・・・・・つまみを先に用意してな、先に出しちゃダメなんだよ、飲みたくなるから。我慢してつまみを用意してテーブルに並べて、ようやく冷蔵庫から出したキンキンのビールをこう、カシュっとな!」
手真似でその様子を演じてみる。アルミ缶を開ける仕草だが、こちらにはないから随分奇異なジェスチャーだった。
「くい、と二口分くらいを流し込む。そうするとシュワシュワが一気に喉へ・・・・・・っかあ! 美味え!」
よくぞ思い出だけでそこまで表情を変えられる。感心する思いで見ていたが、なんとか再現できないものだろうかと考えてみる。
(ちょっと無理だろう。ユリエラにも許可を貰うだろうし、そもそも施設を解放しないと)
その辺りで気になった。
「まだ権限解放の条件は判らないのかなあ?」
「え? ああ、そうね・・・・・・マリーも知らないのか?」
「BランクからAランクへ昇級する方法は知ってるんだけどねえ」
「え、別なの?」
マリーは頷いた。
「Bランクに至った城主、その頃にはもう管理者って呼ばれてると思うけど、その人は五人の軍団長の承認を得てAランク権限を得るんだ。歴代でも自力でそこまで行ったのはそう居ないけどね」
「怖いな、軍団長て。魔界のなんちゃら、みたいな」
「あはは、別に怖くないよ。みんないい子たちさ。ただ個性が強いからね、五人中四人に気に入られても一人はどうだろうってくらいの話だからさ。アキラ様とシンタロウ様なら、きっとみんな気に入るよ」
「マリーも軍団長とか言わないよな?」
「私は医療担当。護衛、空戦、諜報、狙撃、殲滅を担当する軍団長が居るのさ。その下に・・・・・・あれ、喋り過ぎかな。ごめん、これ以上はユリエラに訊いて」
聞かなかったことにしておきたいほど、不穏なキーワードが五つ並んでしまった。是非とも聞き流しておきたいが、気になるものは気になってしまう。
「ユリエラはその中に?」
「ううん、ユリエラはその軍団長より上。私たちのまとめ役で城主の補佐を司る副官、みたいな役割かな。ユリエラは結構二人を気に入ってるみたいだから、心配しなくていいよ」
もし気に入られていなければなんだというのだろう。ここから先は怖くなってきたのでしばらく聞かなかったことにしておく。
「ごめんね、話を変えて。ビール、だったっけ。そんなに美味しいもの?」
「あ、ああ・・・・・・まあビールって言っても俺が普段飲んでたのは発泡酒だったけどね。それでも充分美味かったよ。酒の味なんて環境とかで作るようなもんだからさ。
暑い日とか、頑張った日とかめでたい時とか、大抵美味いんだけどな、嫌なこととかつらいことを忘れたい時の酒は、振り返ったら勿体ないくらい美味くないもんだ」
そこで、隣の席に居た男が肩を組んできた。
「わかる・・・・・・!」
マリーが身構えた。シンタロウは顔に近づいた口から酒の匂いがしたから、酔っ払いだろうと思った。アキラなら顔をしかめるほど気安いが、酒場での交流はシンタロウは嫌いではない。
「酒はいいよな、自分の気持ちを教えてくれる。楽しかったかそうでなかったか、後で飲んだ酒が、なんとなくそれを形にしてくれるよ。こんないい飲み物はない・・・・・・!」
異様なほど、手足の長い若い男だった。
「他人を知り合いにもしてくれるしな」
「おお! 良いことを言う! なかなか飲み慣れてるみたいだ、俺は酒を知ったのはほんのこの間でね、ちょっと聞いてたんだが、ビールってやつはどこで飲める?」
「ああ、ビールか。さあどこで飲めるんだろうかねえ」
少し寂しそうな表情だったが、酔っ払いに理屈はない。適当な理由で事情を察して、
「そうか、今は飲めないのか、残念だな」
「そっちは? なにが好きなんだ?」
「判らん。正直名前もよく判ってないんだ、悪いな、わはは! 飲んで酔ったら酒だ」
「その割りに、味の判ったようなこと言ってたな・・・・・・」
「あれは師匠の受け売りなんだ、なんとなく使ってみた。師匠は大抵のことは教えてくれたが、なんでか酒は教えてくれなかった。ヤギの生き血は教えてくれたのにだ、ひどくないか?」
教えたものに驚いたが、初対面にも気安い絡み酒を見ると、教えなかった気持ちも少し判る気がした。
「師匠ってことは、工芸とか作法、もしかしたら武道とかか?」
「なんでもさ、なんでもの師匠だ。全部教わったから、師匠って呼んでる。そう呼べって言われたんだけどな。あんたらはこれから?」
「ああ、これから飲む」
「そっか。じゃあ俺は帰ろう」
急な方向転換である。あっさりと首に絡めた腕を解いて、男は自分の樽に酒器を置いた。
「なんで? 一緒に飲む感じじゃないの?」
「これ以上飲むとな、多分だるくなる。付き合うと深酒になる」
傍目にもそのことは察しがつく。しかし酔漢が自らそのことに気付くとは、シンタロウは珍しいものを見た気がした。
「じゃあごゆっくりね、ここはね、麺が美味いよ麺が。肉はちょっとパサついてる」
男は勘定を置いて帰っていった。食器を下げに来た店員が、微妙に足りないなどと呟いていたが、常連なのだろう。次に来た時に云々と言いながら片付けていた。
「変な人だね」
マリーが言った。すこぶる同感だったが、久しぶりに屈託のない相手と話した気がした。
「アキラには悪いが、また来たいなあ。ちょっと人恋しかったのかも」
「そうだねえ、私たちじゃ本当の意味で人間らしい話し相手にはならないだろうし、あんな人も必要なんだろうねえ」
嫌味ではなく、納得したように言って酒を飲んだ。
謝るべきかと思ったが、その時レイが駆け込んできた。
「おお、おかえり。なにか食べるか? 肉よりも麺が美味いらしいぞ」
「え? ああ、麺ね、麺か・・・・・・麺ね・・・・・・」
なにやら心ここにあらずであった。顔も少し赤い。ただ妙ににやけているから、なにか良いことがあったらしい。からかいながらつまみにでもしようかと思ったが、
「お金が余りそうだからって、そっちはまだ早いと思うよ?」
マリーがそう言うと、レイの顔が爆発したように赤くなって黙ったから、もうなにも言えなくなった。
(こっちの子は進んでるなあ。アキラに見習わせたいくらいだ)
久しぶりにゆったりとした心地で飲む酒は美味かった。




