〃 -Ⅳ
快速艇を王城の庭に着陸させ、その周囲に機兵も降り立った。
また襲撃かと守備兵が慌てて周囲を囲んだ。
コックピットは三メートル近い高さにある。はしごなど用意されているわけはないから、ユリエラがアキラを抱えて飛び降りた。
見慣れない黒い装束の男が立ち、その隣に鼠色の同じような装いの女が控えるように立ったから、思わず兵たちも鼻白んだ。
「マリレーヌ新女王はどこにおられる」
出来るだけ尊大に言った。警備というものは、余程気安くいかない限り見知らぬ者を見下す傾向にある。警護対象の身分が高ければ高いほどその傾向は強くなり、王城の警備兵ともなれば威張ったものだ。
そして新女王という、あまりにも早すぎる言葉を使って敵対する意思のないことを伝える。一人が慌てて引き返していった。このまま待ってもいいが、どうせ用があるのは城の中なのだから入った方が話が早い。
警備兵を素通りしようとすると、おずおずと止められた。
「れ、連絡が来るまでは、どうかこの場で・・・・・・」
「貴方の顔を潰すつもりはありませんが、こちらは時が惜しい。通らせていただく」
袖を掴もうと兵が手を伸ばした瞬間、ユリエラが影が動くようにして近づき、兵の手首を取った。
「無礼な。マリレーヌ女王の恩人に対して、それが報いか」
ユリエラは元々マリレーヌの好感情を持っていない。マリレーヌが発端となってアキラは望まぬ戦争を始めねばならなくなり、隠しておきたい城を大々的に人目に触れてしまった。ユリエラからすれば、マクレガーにマリレーヌを引き渡す条件として王城の書庫を開かせ、拒めば王城の連中を皆殺しにすればいい。それが直接的で簡潔で、後腐れもない。
そうしなかったはアキラの善意であり、その善意に対して早急に手厚く報いないのは、アキラへの冒涜である。許しさえあれば、すぐにも王城の人間を殺してやりたいくらいの思いはあった。
「ユリエラ、手を離せ」
アキラには判らない。慌ててユリエラの手を解かせ、兵に謝った。
「手荒にしてすまない。やはりここで待たせていただく」
ところが待つこともなくマリレーヌが自ら降りてきた。
「よく来てくれました、アキラ。本来なら宴を以て歓待するところなのですが、何分にも立て込んでおり、父の喪もまだ明けきらぬのではそれも叶いません。どうかゆっくりと逗留してください」
朗らかである。笑顔さえ見せた。マリレーヌの笑った顔など初めて見る。
「どうかお気遣いなく。この度は戦勝おめでとうございます」
元来、笑うことの苦手なアキラはせいいっぱいに笑顔を作ってみたが、引き攣っているようにしか見えない。マリレーヌは苦笑して、
「さあ、城内を案内します」
王女自らが、とその場の兵が息を呑んだ。
城内に入ると、戦闘の痕の残る場所を避けて簡単に案内をした。形式だけのことである。目的は書庫だ。しかしそれもここに一晩泊まり、朝食を共にした席で切り出すことになっている。
全て予定である。既に王位に就くことが確定しているマリレーヌにとって、一挙手一投足が政治であり、軍事力を一時的に貸し与えたアキラも同様であった。
マリレーヌにすれば父王の死から始まって、世情が動き過ぎている。天空に浮かぶ城との繋がりをアピールして軍事力を喧伝しておけば余計な騒乱を防げる。諸侯も離脱はしても反逆には出ないだろう。
アキラにすれば迷惑極まりないが、生まれた頃から政治という環境に身を置いていた王女と一般人では問題にならない。終始マリレーヌのペースだった。
(政治とは印象だと聞いたことがある。俺の苦手な分野だ)
人にどう印象付けるかが要諦だという。アキラはその方面への意識が低いことは自覚しているから、最初から問題外なのだ。
なんとか予定通り部屋へ案内を受ける。ユリエラは隣の部屋だが、今夜はここで過ごす。王都に居る人間全員の気が立っているから、なにが起こるか判らない。機兵に船を見張らせ、ユリエラは緊急時の脱出ルートを確認する。
「名目上、急遽王位に就くマリレーヌに内政への助言をするということだが、俺に政治は判らないし、なにをしたらいいものか」
書庫への立ち入り許可の名目である。マクレガーに最も接近した内務卿は陸軍管轄の食糧庫内で発見され、流刑に処された。後任人事が滞っており、その間、助言をするという名目で滞在し、書庫へ出入りする予定だ。
ユリエラは窓の外を確認しながら、
「財政、特に商家や民の借金や物価を確認されるのがよろしいかと」
「ああ、それならなんとか出来そうだ。方針は後でマリレーヌ王女に訊いておこう。王がすげ変わった時はことさらに優しく治めれば不満が出ないというが、今回は彼女の国だ。法に厳しいマリレーヌの治世をよく聞いておくとしよう」
ようやく落ち着いた様子で、ベッドに腰を下ろす。来賓用の部屋を宛がわれたから豪華な造りだが、さすがに天空の城には及ばない。
「二十三分でした」
「?」
ユリエラを見る。まっすぐにアキラを見つめていた。
「戦争開始からマリレーヌの勝利宣言までの時間です。初めての実戦とは思えないほど見事な手際でした。失った戦力も機兵が二機のみ。これは歴代の当主でも比較になりません」
「驚いたな、嫌味まで上手いとは」
ため息を吐いた。
アキラにすれば、自分の指先と吐いた言葉で人が死んでいる。おまけに拠点をそのまま持ち込んで奇襲という、考えられない好条件に加えて装備に差がある。この条件で戦力の要である機兵を二機も失ってのことだ。とても褒められたものではない。
「歴代、と言ったな。城には過去に城主があったということか」
「勿論です。私が担当した城主は八人でした。それ以前に関しては、あったとすれば城のデータベースに情報が残されているでしょう。
アキラ様、決して冗談や嫌味ではありません。相手取った敵の大きさ、戦果、その手際も準備も、全てを踏まえて素晴らしいものでした」
「その話はいい。人が死んでいる。嬉しくもないし喜ぶ気にもならない」
「それは危険です」
いつになく、ユリエラは食い下がる。
「神器の回収にも、今後このような戦いは起こり得ます。何故なら強大な武器を手にした人間の増長は留まることを知らないからです。どのような集団が形成され、どれほど残虐な方針で集い、どんな非道をしているかも知れない。それらを下して神器を回収するには戦力を整え、それらを効率よく運用し、目的を遂げる知識と経験が必要です。
この戦いを成功体験にして洗練すれば、全ての神器の回収の助けになります」
「もう黙れ」
アキラもいつになく強い口調だった。マリレーヌが気を遣っていたにしても、王城を制圧するための作戦行動だから、やはりその傷跡は隠しきれない。
歴史的な建造物且つ国の威信の象徴たる城に穴を開け、通路の壁などに飛び散った血がそのまま残っているところもあった。アキラの気持ちは沈んでいる。どんな道理と正しさがあったにしても、自分の意思で人が死んだという事実は、心に影を落としている。
その健全さを喜ぶよりも、ユリエラは諫めることを選んだ。
「アキラ様、人は死にます。寧ろここで死んだ方々は、この場で死ぬために今日まで生きてきたとまで言えるでしょう」
思わず立ち上がった。糾弾されるべき暴言だが、当のユリエラ自身はどう叱責されようと構わないという、固い意志を表情に乗せていた。
なにを言っても無駄だろう。この女と自分は命に関する認識からして食い違っている。或いはユリエラの捉え方は、この下界で生きる者と大差のない捉え方かもしれず、アキラはなにも言えずに腰を下ろした。
「せめて明日にするべきだった・・・・・・」
そんな弱音を吐いてしまった。ここに至っては、明敏な頭脳も毒であろう。その言葉はあまりにも無責任だと、自分で自分を糾弾していた。
ユリエラは否定せず、
「それがよろしかったのかもしれません。お二人ともこの世界には、未だ慣れておられませんので」
呟くように言った。
陽が高い。昨日からなにも口にしていないことに気がついたが、とても喉を通る気がしなかった。




