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  〃  -Ⅱ

 サルティエは走った。下っ腹の脂肪の重さが恨めしかった。息が切れ、脚どころか腕まで千切れるような気持ちで走っても、目的の場所はまだ遠い。

 幸いにも、自動機兵は自分を見つけても放置した。どうやら、武器を持っているか向かってくるかしない限り、手を出さない指令を受けているらしい。


「は、は、は・・・・・・」

 もう六十が見えようかという齢には堪えた。喉がくっつくようで、頭もぼうっとしてきた。水分と酸素が不足して、地を噛む衝撃を膝が殺し切れず何度か転んだ。それでも立ち上がって走った。距離にすれば三百メートルもなかったろうが、死にそうな気分だった。


 それは、忠義のため。国のため、王のため、民のためだった。そしてなによりも、先王を止められなかった罪悪感とそんな自分を認めてくれた新王のためだった。


「この、奥か・・・・・・!」

 そこは、陸軍の管理する食糧庫であり、その奥に懲罰房を兼ねた石造りの倉庫だった。


「カノンというのは、どれだ」

 房は狭い。せいぜい三部屋で、ここにぶち込まれるのは陸軍内で裁判寸前をやらかしたか人間的に問題があるかのいずれかだ。


「カノンは奥です」

 右側の独房から声がした。突き当りのひと際大きな扉だという。入口近くの壁に掛けてあった鍵でこじ開けるようにして開ける。通気口を兼ねた天井近くの小さな小窓から光が入っている。


 薄暗い。そこに、足を延ばして座る男が居た。

「王国の危機だ。忠義を、果たせ」

 サルティエは崩れ落ちた。体力の限界である。喘息患者のように荒い呼吸で石の床に横たわった。

 部屋に居た男は慌ててその傍へ寄って、


「御身は?」

「ないむ、きょう・・・・・・」

「・・・・・・ご下命、確と」

 膝をつき、頭を下げるとバネに弾かれたように勢いよく懲罰房を出る。

 悲鳴や只ならない物音は確かに聞こえていたが、まさかこんなことになっていようとは想像もしていない。


 空に城がある。それも、陽の光を奪うように太陽を背にして鎮座している。

(何様か・・・・・・!)

 敵の正体は判らない。さっきなんとなくマリレーヌ王女の名が聞こえてきた気がしたが、そもそも王女の行方不明すら知らないのだから、きっと落ち延びられたかなにかだろうと思った。


 敵を求めた。

 通り道にあった材木屋から手斧を失敬して、夜走獣のように走った。獣と言えば、体もそのように見えた。ネコ科のそれのように、しなやかな筋肉を備えた四肢は長い。姿勢を低く走る様は、人間の走り方ではない。


(あれ、か・・・・・・!)

 自動機兵を見つけた。


 見るからに硬そうな、鋼鉄の体。二メートル近い体躯が、警戒するように首を回している。が、その場からは動かない。

 どうすべきか、などという思案はこの男にない。機兵の姿を認めるや、手斧を投げた。


「っ・・・・・・!」

 同時に駆けた。その速度は、投げた手斧に追いつくかと思われるほどだった。


 がす、と自動機兵の頭に斧がめり込んだ。その衝撃に機兵が倒れるよりも早く、その斧の柄を蹴飛ばして首をねじ切る。衝撃に耐えられず斧は柄も刃も折れたが、自動機兵の首は硬質の音を立てて圧し折られた。

(なかなかいい斧を使ってる)

 着地するやすぐに駆け出して、たまたま近くに居た自動機兵に挑みかかる。


「アキラ様!」

 天空城の司令室で、マリーが叫んだ。

 まさか、機兵が倒れるなど思ってもみない。アキラがマリーの傍に寄った時、二機目の信号が途絶えた。


「なにが、いや・・・・・・撤収だ!」

 状況の確認が最優先だが、遠隔では単純にそうも言えない。アキラは城下に展開した機兵の全てに撤退を命じた。現状把握のために機兵を向かわせればそれも倒されるかもしれない。戦力保全と機密保持を第一に考えて、全ての機兵がその場から城に向かって飛んだ。


「空も飛ぶのか! 最近のゴーレムは進んでるな!」

 感心する声を挙げるカノンだったが、飛んだおかげで数が判りやすい。そしてやはり、城に向かって飛んでいるようだ。どれかにしがみつければ話が早いが、初動が早すぎてとても追いつける高さにない。


 機兵を収容するために城は高度を下げているが、なにか道具を使ってもとても届く高さではない。どうすべきかを考えた時、王城から騒ぎがあった。

「ん?」


 それは、マリレーヌの勝利宣言であった。しかしそこまで声は届かない。すわ、王城にまで敵の手が伸びていたかと慌てて駆け出すと、機兵の圧力から解放された群衆が集まってきていた。


 その視線を追って見上げると、そこに、数日前までは仲睦まじかった筈の兄妹がまったく違う立場でバルコニーに立っていた。

「・・・・・・」

 絶句したカノンであったが、守るべき王と戦うべき敵が、もうここには居ないということだけは判った。

 人波を反対方向へ掻き分けて、雑踏に紛れて消えた。


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