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血に染まる王城-Ⅰ

 その日、ローラン王国の王都ユースから陽の光が消えた。午前七時四十七分である。

 最初は黒い点だった。薄い雲の掛かっていた空に、染みのように浮かんだ一つの点。それがゆっくりと大きくなってきて、巨大なものが降りてきていることが判った時、既にどうしようもなくなっていた。


「警備っ!」

 意味もなく城壁の守備兵が叫んだ。いったい、なにを咎めようというのか。御伽噺にも聞いたことのない天空に座す城が、ユースを目指して降りてきているのを察知しろとでもいうのか。


 高度五百メートル付近で、城は降下を停止した。城の底部は岩盤をぶら下げており、それが中心部に近づくにつれて長く細くなっているから、巨大な槍のようだった。

「岩は落ちない。確定事項だな?」

 司令室でアキラがユリエラに通信を送る。高速艇の発進準備を終えたユリエラが答えた。


「攻撃されない限りは。砲を受ければ破片は落ちるでしょうが、それは向こうの自業自得です」


 ならば、とアキラは出撃を命じた。

 前方の格納庫へ繋がるハッチが開き、日陰になった城下町に十五機が降りた。全て自動機兵である。強化外骨格はそれを扱う乗り手を必要とすることから、使用不可能。遠隔で指令を下せる自動機兵が今回の作戦の要である。


 十機が王城へ直接乗り込んだ。

 背面から青っぽい白の炎を噴きながら、石造りの古城へ向けて突撃した。


「撃ち落とせ!」

 備え付けの弩や集めた弓兵に号令を下すが、そもそも防御力がそれを上回っている。当たったところで傷もつかないが、そもそも当たらない。弓で鳥を落とす者が超人なら、それを超える速度と硬さで飛び回る機兵を墜とせる者は人間ではないだろう。


 瞬く間に機兵は外壁を貫いて侵入し、主要通路を分断した。

「くあっ、忙しい・・・・・・!」

 悲鳴をあげたのは司令室のマリーである。

 マリーはスクリーンモニタに映される、機兵からの映像で状況を判断し、班ごとに分けられた機兵に指示を下す。担当は城下である。


 市民に対して攻撃はせず、出来るだけ死傷者を出さないよう威圧による制圧を目指す。こうしておけば、戦力差と大義を示せ、後の執政に差し支えない。

 とはいえ、抵抗する者はある。それぞれ自警団のようなものが各地区で武器を持って襲い来る。それらに対して、いちいち程度を弁えた反撃を指示しなければならないから、マリーは忙殺されている。


 一方、アキラは、

「フ、進行、ケイ、停止、ギン、制圧」

 王城へ突入した機兵からの情報を受け取り、それぞれ個別に指示を出す。自動機兵は遠隔操縦ではない。方針を指示すればあらかじめ送られているプログラムに沿って自動で行動を選択する。この場合、進行と命じればその途上の障害を排し、停止と言えば担当フロアを見張り、制圧と言えばそのフロアの抵抗戦力を削ぐ。


 外の守備兵は飛翔する機兵の侵入を阻むために迎撃に専念している。これを倒す必要はない。が、王城の守備兵は違う。彼らの妨害は制圧の遅延に繋がり、それは作戦の失敗率と犠牲者の増加を刻々と刻むものだ。


 加減は出来ない。装備された機銃を、武器を構える兵たちに向けて撃つ。体に穴を空けられた兵が血をまき散らしながら倒れる。友も家族もあるであろう生身の人間が、自分の指示で死んでいくことを、アキラは考えないようにして指示を下す。


 なにしろ奇襲である。彼らの多くは平時の警戒のまま対処せねばならず、槍を持ってくる暇さえなかったから、腰の短剣を引き抜いて向かってくる者もある。

「陛下をお守りしろ!」


 彼らは悲痛なほど勇敢だった。立ち向かう者だけでなく、非戦闘員の避難誘導のため、我が身を肉壁にして銃弾を受ける者さえある。

「くっ・・・・・・!」


 数が多いだけに細かい命令が出せない。非戦闘員やそれに関わる者を避けて撃つなど、とても及ばない。逃げ場が判らずに右往左往する侍女が流れ弾に当たって斃れたのが、モニター越しに見えた。


 圧倒的優位な立場での戦争は、その経験が浅ければ浅いほど心の傷になる。痛む心を殺しながらのこの作業は、十秒でさえ永遠のように思えた。

「ユリエラ」


 手元のパネルを操作して通信をユリエラへ。それを受けて、アイドリング状態だった高速艇が発進する。

「息を止めてください、マリレーヌ王女」


 衝撃と圧迫で嘔吐したくなければ、と前置きして出撃。

 高速艇を使いはするものの、それほど速度を求められる場面ではない。万一の場合、敵の攻撃に当たらないようすばしっこい乗り物を選んだだけで、役目は寧ろ旗であった。


 カタパルトから、射出されるようにして飛び出した船は都の上空を円を描いて舞い、その軌道で人の注目を集めた後、

「我が名は、マリレーヌ・レム・ローラン! 王国の王女である!」

 拡声器でその声を伝えた。


 一瞬、防御側の動きが止まった。天兵とでも言うべき常識外れな兵器の登場に加えて、それを率いるのが行方不明になっていた妹王女だというのである。最早、思考や想像の及ぶ範疇ではない。


「なんと!?」

 驚いたのは内務大臣サルティエである。彼はこの不測の事態に対して、あまりにも機敏に対処した。小太りながら駆け、階段を降りるのも煩わしく飛び降り、突入する自動機兵の目を躱して城下へ走った。


 幼馴染である陸軍卿から耳に入れたそれの元へ走っている。その頭上から、マリレーヌの声明が落ちてくる。

「先王を弑逆した兄を、私は王とも兄とも認めない! 断罪を以て償わせるべく舞い戻ったのだ! 兵よ、大罪人はお前たちが守る価値のある王ではない!」


 動揺が走った。

 兵は王に仕えるものだ。どんな経緯があってもそれは変わらない。マクレガーが王で、その王を追い落とすためにマリレーヌが挑むなら、やはり戦うべきはマリレーヌである。それが役割としての真実だが、人の心は正義に弱い。


 且つ、父を失い、今まさに兄を討とうとする妹王女への同情もある。反撃の手が目に見えて弱くなった時、アキラから通信が入った。

「マクレガー王子を抑えた。突入して宣言を」

「ユリエラ、早く!」


 言われるまでもない。ユリエラは実に巧みに高速艇を崩れた外壁に接舷させ、ハッチを開いた。

 飛び移ると同時に腰の剣を抜き、城内を走り、報告の場所へ走る。


(っ・・・・・・!)

 城内には、血が見える。決して多くはあるまい。戦争と王都陥落の犠牲としては奇跡のように少ないが、それでもこの血を流したのは自分と兄と父に従ってきた誰かなのは確実なのだ。


 この行為の正しさと意味を自分に問いそうになったが、意識してその考えを追い出した。

「兄上」

 辿り着いた扉を開けると、マクレガーは椅子に座っていた。傍に機兵が二機立っている。何分にも一国の王である。捕縄を掛ける無礼を避け、極力武器を向けず制圧したようだ。

「生きていた、か。マリレーヌ・・・・・・」

 兄は、少しほっとしたような顔をした。それが、無性にやりきれなかった。


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