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確認しましょう、とおそらく徹夜だったのだろうアキラはシンタロウの部屋を訪ねるなり言った。
「現在、城の機能のうち、俺たちが使えるのは格納庫に収められている強化外骨格が二十、自動機兵が五十、その他の武器、兵器は現在の権限では使用できません。
データベースへのアクセスは可能ですが、城の解放されていない機能に関する情報は全て遮断されていて調べることすら出来ない。格納庫、工廠(兵器を作るところ)などの端末機器から送られるデータは司令室で閲覧、管理が出来ますが、専門知識のない俺や義兄さんでは扱えません。
防御機能として現在作動し得るのはそれぞれのフロアを隔壁で仕切って防火する程度。迎撃機能はありません。ユリエラに聞いたところ、これは城自体の攻撃力を解放しない限り出来ないということ。つまり、用途に限らず武器兵器の使用は現在の権限では出来ないということです」
シンタロウには判らない。言っていることの半分も理解できなかったが、とりあえず神妙な顔で頷いてみる。情報の整理は、こうして言葉にしているアキラにこそ必要なことだ。
「つまり、権限を開放しない限り攻撃は出来ても防御が出来ないということ。その防御に関しても、兵力は限界まで使っても七十が限度です。いくら下界に比べて質が良いと言っても、戦争をするにはあまりにも微弱です」
「ちょ、ちょい待ち、戦争って・・・・・・」
「言葉が飛躍しましたが、実状は間違っていません。
自動機兵も強化外骨格も本来ならまだまだあるそうですが、今は活用できる格納庫が三棟までだそうで、総数がそれだそうです。格納庫は全てで八棟だそうなので、概算で三倍近い数があると予想できますが、今はアテに出来ません。
つまり、攻められれば負けます。それに、こちらは素人です。興味本位でそちらの勉強も少しはしていましたが、正に生兵法は大怪我の基、とても生き死にを賭ける下界の者と張り合うなど及びもつかない。しかし、怪我をしながらでも学ばねばならない。
ユリエラとマリレーヌ王女の話からすると、下界は俺たちの世界で言えば中世期の欧州程度の文明のようです。性能でも特性でも圧倒的にこちらが有利ですが、なにせ人の性能が圧倒的に劣っているので、楽観視は出来ません。
奇襲で行きます。最初の三十分以内に大勢を決します」
ごくり、と思わずシンタロウは唾を呑んだ。
戦争なのである。ニュースで見る、世界のどこかで起きている現象でも、教科書で見る過ぎ去った出来事でもなく、今現在、自分たちの身に、それが降りかかろうとしている。
いや、正確にはそれを起こそうとしている。人も死ぬだろう。建物も壊れるだろう。なんの生産性もない行為が、この義弟の号令で始まるのである。
「アキラ、その・・・・・・」
「すみませんが、聞いている余裕がありません。今は現状を伝えに来ただけです。万一の場合は全てを見捨てて浮上し、下からの干渉を受け付けない状態に戻します。義兄さんはあのレイという少年と一緒に居て、不意の衝撃に備えて部屋に居てください」
マリレーヌの目から見れば、アキラの作戦と彼我の戦力差を鑑みると、楽勝である。九分九厘、果てしなく無傷で制圧し終えるだろう。そのため、意識は寧ろ成功後に兄を処刑し、王位を奪い返すことなどの、政治についてに向いている。
そう、今は政治が必要である。血が繋がっていなくとも肉親を裁き、その悲痛の様子を見せながら、押し殺して王位に就くというパフォーマンスが必要だった。政治家にとって、発言や行動は勿論、その感情と発露すら政治である。
だから、シンタロウへの報告を終えた後、司令室に上がらず格納庫の辺りをうろつくアキラは、マリレーヌの目からは奇異に見える。
(人間だったのか・・・・・・)
そういう実感がある。マリレーヌの接してきたアキラは、冷徹な理屈屋である。命すら彼の目から見れば損得でしかない。そうでなければ、自分を一生ここで飼い殺し、全ての権利を奪うなどという発想が出来ようか。
しかし、こうして見るアキラは、自らが発端でないにしろ、その意思によって戦争が起き、人や物が永久に失われてしまうという事実に動揺し、落ち着くために無意味な行動に走っている。それがひどく人間的で、マリレーヌは初めてアキラに対して親しみを持った。
「アキラ、私はこれに乗ればいいのですね?」
「え?」
アキラは、マリレーヌがそこに居たことに声を掛けられて初めて気がついたものらしい。振り向いて、頷いた。
船であった。それも、空を飛ぶ船。単独飛行を可能にし、空戦仕様の強化外骨格や自動機兵の随伴で空を駆ける高速艇。それを旗印にして攻め、制圧完了と共に王城へ乗り入れて勝利をアピールする。
操縦はユリエラ。それ以外に出来る者が居ない。
「決行は二時間先と聞きました。ここで待機していますから、なにかあったら連絡を」
中途半端な時間である。ユリエラやマリーは準備のための雑務に追われているが、当事者であり総指揮と現場指揮を担当予定のこの二人には、持て余すほどの時間である。
格納庫に待機していてもやることはない。投入予定の戦力のチェックはゴーレムがユリエラの指示で動いているから、居たとしても邪魔なだけだ。マリレーヌの前言に反して、自然と二人は近づいて、二人で庭園へ出ることにした。
周辺気流を制御する城の機能のために、風は強くない。相変わらず殺風景だったが、空の青色が目に痛いほど鮮やかだった。
「兄君を殺すのですか?」
アキラが言った。マリレーヌはため息を吐くように応える。
「父王を弑逆した大罪人を自ら裁いてこそ、私は新たな王たる資格を得ます」
「王になりたかったと?」
「・・・・・・兄がこんなことをするまでは考えたこともありませんでした。ずっとではなくとも、父王の執政はこれからも続き、それを私と兄が助けて国は豊かに栄え、いずれ王たる兄上をお助けするために私は勉強をし、どこかへ嫁いで他国との架け橋になる。
そういう人生を漠然と描いていたのです。私が王になど、とても・・・・・・」
本音であろう。そういうことをアキラに伝えられるとは、マリレーヌも思わなかった。
「ならば殺さぬやり方がある筈では・・・・・・」
「貴方には判らないかもしれない。どうやら貴方は私とはまったく違う環境で育ったようですから。
国には王が必要なのです。身綺麗でなくとも優秀な、雄弁家でなくとも頼もしく、優しくなくとも賢く強い王が」
「兄君は不適格で、貴女なら相応しいと?」
「明け透けに訊くものですね。そう単純で明快であったなら、現実はどれほど簡単だろうか」
嘆くように首を振った。
「ローラン王国は、戦争をしている国と国の調停を取る立場にあります。その王が、先王を弑逆し王位を簒奪したとあっては、説得力に欠ける。今の現実は、清廉な王を欲しています。
正当に王位を継いでいれば、あのお優しい兄上なら、きっと素晴らしい王になったと、信じて・・・・・・いた、のに・・・・・・」
涙声になった。目尻に浮かびかけたそれを慌てて拭ったが、鼻の辺りの苦しさは誤魔化せない。
アキラは少し黙ったが、やがて、
「事情がおありだったのでしょう。兄君にも、兄君なりの」
「そうでなくては、父殺しなどするものですか」
拳を握った。今は、無理やりにでも気持ちを昂らせておかねばならない。涙は、気持ちを沈ませる。
「英雄はその庇護者の早逝によって早くから世に出現し、経験を経て大器へと成長する。俺の故郷ではそうでした。統一事業者の多くは若い頃から辛酸を舐めた。そのために、自ら庇護者たる父を追い落とした武将も知っている。
貴女の目からそう見えなくとも、兄君は・・・・・・」
そこまで言って、アキラは黙った。
自分はなにを言おうとしているのか。ローラン王国の秘された資料を明かすにはマリレーヌとの共闘は不可欠だと自ら断じ、そのためにこの戦争をするというのに、何故ここに来てその気持ちを揺さぶるのか。
(理屈に合わない。これでは・・・・・・)
自分に失望して俯いた。その様子を、マリレーヌは窺うように覗き込んで、
「初めて、貴方を人間らしいと思いましたよ。今の貴方なら国を攻める資格もあるでしょう」
踵を返した。もう語らうことはない。少し救われた気持ちにもなったし、安堵もした。
言葉の意味を測りかねて立ち尽くすアキラを尻目にマリレーヌは格納庫へ戻り、すぐ横の休憩室で手足を伸ばした。
話してみてよかった。なんとなくそう思えた。ほんの少しだけ、晴れやかな気持ちで戦に臨めそうだった。
「ああ、アキラ様、上がって来てください。ちょっとこういうのは不慣れで」
アキラもアキラで、医療の専門家のマリーに軍事を担当させるという不安を思い出して、慌てて司令室へ上がった。




