暁に臨んで-Ⅰ
レイは、ぽつぽつと自分たちの話をしてくれた。
「俺は、気がついた時はもう姉ちゃんに引っ張られてトレジャーハンターしてた。っても、そんな大きなものを見つけたことはなくて、誰かの発掘の手伝いをしたり頼まれてなにかを収集したりとか、そういうのでお金を貰ってた。たまには目を盗んで発掘品を盗んで金に換えたこともあったっけ」
「物心ついた時じゃなくて?」
シンタロウは親身に聞いてやった。十四と言えば一回り近く離れているし、それが自分の生活圏内で途方に暮れていたら助けるのが当然の感性だ。が、それ以上にやはり義弟の姿が重なる。弟という立場は、この義兄弟にとっても特別なのだ。
「ああ、俺、記憶がちょっとおかしくて、あんまり覚えてないことも多いんだ。覚えてるのは姉ちゃんのことだけ。姉ちゃんは、それは凄いんだ」
ますます、義弟と重なる。
「なんでも出来たし、なんでも知ってた。時々なんか、降りてきたみたいにぼうっとするけど、そんな時はいつも凄いものを見つけてた」
「へえ、どんなの?」
「えっと、それは・・・・・・どんなだっけ・・・・・・覚えてないや」
その辺りで、アキラが医務室へ様子を見に来た。
「食事は?」
「ああ、さっき済ませたよ。ちょっと落ち着いてきた。いま、話を聞いてたとこだ」
「貴方と姉君の名前は?」
「あ、さっきの・・・・・・俺はレイ、姉ちゃんはアイだよ」
「ふむ・・・・・・?」
多少引っ掛かった様子のアキラだったが、すぐに、
「アイさんを助ける手段は残念ながら見つかりませんでした。情報を得るために、ローラン王国を落とします」
レイもシンタロウも、言葉を失った。
「攻撃されるようなことはないように運ぶつもりですが、万一があります。明日の昼を過ぎたら部屋から出ないように」
「ちょ、ちょっと待った・・・・・・!」
基本的に、この城と二人を含めた一行の方針はシンタロウが決める。アキラが暗黙でそういう姿勢を取っているが、今回のようになんの相談もなく一大事を決めるのは珍しい。
アキラに言わせれば、訊くまでもなく義兄ならそうする、という判断のためらしいが、この時はあまりにも断定的で独善的で、シンタロウは想像だにしていない。
「この城のデータベースへのアクセス権はまだ解放されていません。解放条件の提示を待つと、今度はマリレーヌ王女の言う反撃の機を逸します。アイさんの生命がどこまで保てるものかも判りませんから、ここは拙速でいきます。
まずローラン王国を攻め落とし、マリレーヌ王女を女王に据え、その見返りに王国の所有する情報を全て開示させます。この城が飛び上がった場所は王国領内ですから、必ずなんらかの情報がある筈です。それを基に方針を決め、データベースのアクセス権を解放し、アイさんを救出する。そういう手筈です」
いつものことだが、シンタロウはこの義弟の頭の巡りの良さに舌を巻いた。
確かにそう聞いてしまえばアキラの判断は尤もで、それ以外に取れる手段もないように思う。シンタロウは戸惑いながらだが頷いた。
「姉ちゃん、助かるのか・・・・・・?」
「判りません。しかし、やれることは全てやるべきだ。俺たちが原因なら、尚のこと」
城の所有権は女神に委ねられたものだし、この姉弟は勝手に入り込んで起動させただけだから、この義兄弟が負うべき責はないだろう。
だが、この城に直接関係しているのなら、決して無関係ではない。理屈としてはそうだが、アキラは寧ろそれ以上に心情が理由で事態に挑もうとしている。
「姉は、放っておかれない。レイ、君の気持ちは判るつもりです。今の不安な気持ちも含めて。しかしそのままではダメだ。君は動かなければならない。そうでなければ、もしもダメだった時、君自身が君を殺す」
言うだけ言って、アキラは医務室を出た。何分にも多忙である。ここにも無理をして見に来ていたが、当事者はあまりにも唐突で呆気に取られた。
「な、なんだ、あいつ・・・・・・」
「悪いな。言い方が良くないもんで。あいつも言ってる通り、一番お前の気持ちを判ってやれるのはあいつなんだ。今は、まあ今でなくても言い方はあんな感じだからいまいち伝わりにくいけど、心配してるのは本当だしアドバイスしてるのも真剣だから、あんま怒らないでやってくれ」
そう言われると反論もない。無論、アキラに言われるまでもなく出来ることがあるならするつもりだが、今はまだ出来ることを探している段階だから、徒に焦れる。焦燥感のあまり身の置き場すら探しかねているが、シンタロウが城内をいろいろと連れ回してくれた。
信じられない光景が広がっていた。
ここを訪れた時に目にした廃墟は影も形もなく、夢に見たことすらない豪奢な城がそこにあった。外観は正におとぎ話にでも出てくる白亜の城。豪奢でありながら無駄な飾り気のない清楚な佇まい、シミや汚れの一つも見当たらない清潔感に溢れた外観。
それでいて内部は異次元かと思われるほど理解不能な機能の数々。独りでに開くドアなど聞いたこともないし、見かけるゴーレムの性能は下界と比べるべくもない。もっとも驚いたのは独りでに上下する箱である。
「な、なんだ!?」
僅かな揺れを足元に感じると、少し気持ちが悪い浮遊感。次に扉が開いた時、まったく別の階層に着いていた。ここには人知及ばぬ何者かが住まい、自分たちを弄んでいるという不安に駆られたが、シンタロウにすれば当たり前だという。
「俺とアキラは違う世界から来たんだけど、まあ確かにここは驚きがいっぱいだ」
言葉の割りに慣れた様子で廊下を渡り、子供心を刺激するものを選んでレイの気を紛らわせてくれる。
「あ、悪い。取り込み中だったか?」
歩き疲れたからなにか飲み物でも、と思って食堂へ行くと、マリレーヌがマリーに手伝われてなにか書き込んでいた。
「ああ、シンタロウ様と、レイくん、だったかな。お茶?」
「邪魔だったらいいんだけどさ」
「いやいや、一休みしようとしていたところさ。まあ座って」
マリーはキッチンへ。マリレーヌは振り向いてレイを見た。
「子供・・・・・・?」
「レイ、こちらローラン王国の王女様のマリレーヌ様。王女さん、こっちはトレジャーハンターのレイ」
簡単に紹介すると、レイは驚いて地面に手をついた。
「ご、ごご、ごっきげんうるしゅう・・・・・・!」
マリレーヌはそれを見て、安堵したように息を吐いた。更に天上人など出てくると頭がおかしくなる。
「畏まらずとも構いません。今はこの城で匿われている身です」
「は、はは、はいぃ・・・・・・」
なかなかレイは顔を上げない。レイにとっては違う意味で天上人である。直答しているこの状態でさえ、礼を失している。
「話しづらくない? ここに居る限り身分とかないから、まあ座りなよ」
シンタロウはさっさと椅子を引いて座った。
「王女様も、ここに居る限りはここのルールに従ってもらいますよ。どんなに身分が違ってもここじゃ同じ扱いだ。いいですね?」
王女に生まれた半生では考えられないことだが、それを言うならそもそもこの城自体が常識外だ。そこの主に命を救われ、身を置いてもらっている以上、異を唱える道理はない。多少不服ではあったが、頷いた。
「天上人とは考えも違いましょう。ここに居る以上は従います」
「ってわけだから、いつまでもそうしてないで座れよ、レイ。そんな姿勢じゃ茶も飲めねえ」
マリーがティーポットを持ってきて、人数分のカップに注いでいく。ユリエラほど上手くなく、少し飛沫が散った。
「ああ、失礼。どうも苦手でね。服には飛ばさないように気をつける」
王城では考えられない出来事に、マリレーヌも少し疲れてきた。書き込んでいた紙が汚れないように遠くへ押しやった。
「それは?」
「ああ。アキラ様に頼まれて、王城の絵図面を書いてたところなんだ」
へえ、と偶然近くへ来た紙を一枚手に取った。
「こりゃまた、個性的な・・・・・・」
シンタロウは苦笑したが、気持ちはよく判った。
見取り図のようだが、縮尺がデタラメで、階層もよく判らない。図に起こす手の細かな動きも確かに稚拙だが、それ以上に情報の整理が出来ていないという感じだった。悪く言えば、子供の落書きだが、絵が苦手なシンタロウはその気持ちがよく判る。
「まあこうなるよな。こっちは自分の背の高さで物を見てるのに、いきなり俯瞰で書けとか言われてもな、出来るかって話だよなあ。絵を書くのもさ、こっちは見たまま書いてるのに全然違うんだよなあ」
わかるわかる、と頷いている様子はてらいも嫌味っぽさもなく、純粋に短所に同感しているようで、少し親近感が湧いた。
「城か。やっぱりこことは違う?」
「ええ。食堂は似たようなものですが、他はあまり。まず不思議なのはここには兵士も侍女も見当たらない」
構造の話だったのだが、シンタロウはなにも言わず聞いていた。
「城は生活の場というよりも執政の場であり、披露する場です。手入れは当然完璧にしておかねばならないし、行事の度に人を入れるので忙しいものです。ここのように、閑散としているのは不思議とまで言えるでしょう」
なるほど、とシンタロウは頷いた。現代人には、城は歴史的遺物であってそれ以外の見方はない。使われることすらないだろう。マリレーヌの、実際に使う側の意見は面白い。
「ゴーレムだっけ。あれが全部やってくれるみたいだしな。ベッドメイキングまで済ませるんだから、ロボットの進化は凄いもんだ。俺の家じゃお盆みたいな丸いのが掃除してくれるくらいが精いっぱいだった」
「雑事をゴーレムに任せるのは、研究職ならあることですが、生活を任せられる精度は聞いたこともない。況してや、そんな小さなゴーレムがゴミとそうでないものを分けられるなど」
下界の人間にとって、ここの環境は何から何まで驚くべきもののようだ。それは、違う世界から来た二人も変わらない。
「不思議と言えば厩がありませんね」
「ああ、厩。話には聞いたことあるよ。乗馬だろ? まあそんなお金持ちの嗜み、縁のない人生だったけど」
「・・・・・・生活を託せる精度のゴーレムを使えて何故馬が・・・・・・これが天上人の感性か・・・・・・」
なにやら理解できないとばかりに首を振っている。
「そういえば最近、ちゃんとした肉を食ってないなあ。保存のきく加工品ばっかりで、たまには食いたいなあ」
「シンタロウは肉が好きなのか」
レイが言った。トレジャーハンターの生活の中には、猟師の真似事をしたこともあるらしいから、豚や牛はともかく、猪や鹿の捌き方には詳しい。
「小金が入った時には焼肉、ちょっと特別だとアキラと河原に肉を焼きに行ったもんだ」
「お金があるのに、自分で・・・・・・?」
マリレーヌはもう頭を抱えている。
「小さいけどな、七輪を持ち出して、ホームセンターで木炭を買って、肉も野菜も買い込んでな、あれは楽しかった。またここでも出来るようにしようか」
「やっぱり違うんだ、俺たちの生活がシンタロウたちにとっちゃ娯楽なのか」
レイに他意はないようだったが、シンタロウはその言葉にどきりとした。
確かに、非日常を演出する娯楽がここでの日常なら、それは絶望的な価値観の乖離に他ならない。アキラがマリレーヌ救出の際、忠告したことがなんとなく判る気がした。
「まあ、その、あれだ。人間楽しみながら生きなきゃ損するぜってことだ」
「姉ちゃんの心得にもあったよ、そんな言葉。どんな時と場所でも、楽しめるものを探せって、それが本物のトレジャーだって・・・・・・」
なんとなく、話が重い方に向かっている。シンタロウがどう話を変えて和ませようかと頭を巡らせた時、
「今日はパーティーでいいかな?」
マリーが言った。
「明日は作戦みたいだし、たいしたものはないけど全部振る舞おう。どうせ高度を下げるから買い出しもするだろうしね」
勝利を疑いもしない様子に、マリレーヌは改めてぞっとした。
同時に、父殺しの兄を相手の戦争という、如何にも陰惨な運命を背負った者に対してデリカシーのない発言だと気が滅入った。
同じようなことをシンタロウも思ったのか、幾分柔らかい口調で窘めたが、マリーはきょとんとして、
「どうして? 愛しても恨んでも、信じても裏切っても、人は死ぬものだよ。この人は必要があって無関係なお二方を巻き込んでまで殺したいんだ。なら、無駄に落ち込んでも心にとって良いことはなんにもない。
泣こうが喚こうが殺すと決めたのなら、その瞬間まで陽気にやっていればいいじゃないか。どちらも殺した後で思う存分できるんだから」
根本的なところで、話が通じない。
傍観者の立場で幾人もの死を見てきたこの人形は、あまりにもそれに対して客観視が習慣化してしまっていて、気持ちに寄り添うことが出来ないようだ。
マリレーヌは嘆息し、シンタロウは絶句した。レイも一瞬暗い顔をしたが、思い直した。
(でも、一理ある。陽気にやれば、気分は救われる)
そんなようなことを、あの姉も言ったことがある気がする。
「じゃあ、アキラとあの怖いお姉さんも呼ぶ?」
「勿論、二人にもちゃんと声を掛けるよ。まあ、なにやらまずいことを言ってしまったようだけど、気にしないでおくれ、お嬢さん。怒りも悲しみも、必ず時間が拭い去る。気持ちを持続させるのはそれだけでエネルギーの要ることだ。人間には出来ないよ。
過ぎ去ることが判っている苦痛なら、気にしてしまうだけ無駄だと思っただけなんだ」
なんとなく考えさせるようなことを言って、マリーはキッチンへ消えた。
そこからなんとなく気まずくなって、三人は注がれた茶を飲み干して解散した。
数時間後、マリーの言う通り備蓄を全て使ってのパーティーが開かれたが、アキラは顔を出すことはなく、やけくそ気味の盛り上がりで終わった。




