〃 -Ⅱ
城が起動してから、四日経っている。
その間、姉を得体の知れないガラスケースに奪われたレイは、なんとか自力で出口を見つけて這い出し、闊歩しているゴーレムの目を搔い潜って水と食料をかっぱらって過ごしていた。
密航者同然の生活だが、目的地のない旅では終わりもない。姉の安否も判然としないのでは、幼い精神が限界を迎えるのも当然だった。
発見時、レイは心神耗弱状態で、虚脱していたという。まともに話が出来るようになるまで半日掛かった。その間、アキラはユリエラを問い詰めた。
「Dランク権限があった?」
「はい。あの少年は現在Dランク権限を保有しており、城のいくつかのフロアへの出入りに不自由はなかったものと思われます。そして、ゴーレムの幾つかも彼を発見していましたが、見逃しています」
「誰が見つけた?」
「マリーです。散歩中に中庭で放心していたところを発見したとのことです」
中庭は、内側からしか行けない。外からは通じていないのだ。完全に建物内に造った人工庭園で、広さはせいぜい二畳。自生した植物をガラス越しに楽しむ場所だ。その情報も踏まえると、
「城の起動時に既に、あの少年は中に居たと考えられるが、ユリエラはどう見る」
「仰る通りかと。起動に関係している可能性もあります」
「権限は何故与えられている」
「申し訳ございません。調査中です」
「では、何故ここまで発見が遅れたのか」
知性に富む者の多くは、イレギュラーを嫌う。アキラも同様である。空に浮かぶ城に侵入者など、天地が割れるよりもあっていいことではない。
「城の現状把握とメンテナンスに、多くの労力が割かれており、ゴーレム等の警備システムは何故か彼を見逃していたため、自我を持つバイオドールにしか確認出来なかったので発見を偶然に頼ったのが最大の原因かと思われます」
深々とユリエラが頭を下げた。
理屈の権化のようなこの女にしてみても、今回の不手際は間違いなく城側の責任であり、その最高者の様相のユリエラに最大の責がある。
「侵入者の把握は?」
「出来ておりませんでした。現在警備を総動員して各フロアを探索中です。今のところ他の侵入者は見つかっておりません」
情報をまとめ終えたところで、レイの回復を待った。
なんとか話が出来るまでに回復した時にはもう夕方で、アキラに会うと、
「姉ちゃんを助けて!」
縋りついてきた。危うく警備担当が引き剥がすのを、アキラが止めた。
姉という言葉には弱い。珍しく心情に寄り添いながら話を聞いた。
「ユリエラ、動力室へ案内を!」
厳しく命じ、シンタロウを呼び出して駆け足で向かった。
そこは、他の部屋とは明らかに異質な場所だった。
灯りに値する光源はなく、部屋の中心の円筒のケースとそこから床と壁に放射状に走った溝から発せられるほのかな光が、かろうじて灯りと言えないことはない。
「これ、は・・・・・・」
思わず絶句した。
人間が収められていた。意識がないのか目は閉じられたままで表情も動かない。じっくり観察してみても、呼吸すらしていないようだ。というより、液体のようなものに沈んでいるようにも見えて、生きているのか怪しい。
「これが、城の動力・・・・・・」
「いえ、動力というよりも起動キーです。この城は、人間をくべて起動しますので」
くべる、という単語に思わず向き直った。ならば、これは炉なのか。そこに人間を投じるなど、正気ではない。
「なぜ・・・・・・いや、この際問題ではない。どうすれば助けられる」
「不明です。私はこの城が造られた時から稼働しておりますが、救出を試みた事例さえありませんので」
「城の構造とその他、城に関してのデータはどうやって閲覧する」
「Bランク権限が必要ですので、現在は・・・・・・」
「どうすれば上位権限を開放出来るのか!」
アキラは苛立ってきた。人道的な観点から、とても看過出来る事態ではない。
「調査中です。お二方が城に馴染まれれば、明らかになるかと」
舌打ちをして、縋りつくレイとその姉を見る。
一年前の自分が重なって、アキラは背を向けた。
「マリレーヌ王女を呼べ!」
足早に動力室を出て、レイをシンタロウに任せる。
「義兄さん、彼のことは・・・・・・」
「ああ、判ってる。気休めにもならんだろうけど、やってみるよ」
アキラは食堂へ。シンタロウは年の離れた弟にするようにレイの肩を抱いた。
「なんなんだよここは・・・・・・勝手に入って悪かったよ・・・・・・姉ちゃんを返せよ・・・・・・」
「いいか」
と、自分の経験を踏まえてシンタロウは言った。
「一旦忘れろ。食えないだろうけど軽いものを口にねじ込んで、好きな飲み物で流し込んで、風呂に入って深呼吸しろ。無理にやりにでも忘れて、寝るんだ」
そうしないと身も心も保てない、と。
「気軽には言えないけど、なんとかする。誰のせいとかどうすればとかは判らねえけど、なんとかするから、お前はお前のことだけ考えてろ。いいな?」
経験に基づいた言葉だけに説得力はあるが、今のレイにその言葉を受け止める余裕はない。
「誰なんだよあんたら、なんで姉ちゃんにこんなことすんだよ!」
「食うか死ぬかなんだよ! 姉ちゃんがここから出てもお前が死んでりゃ意味ねえだろ!」
パニックに陥った人間には勢いで押し切るしかない。レイよりも大きな声で怒鳴りつけて、たじろいだところで畳みかける。
「食え。つらい時こそ食え。吐きそうになったら止めて、居心地が悪い時はその辺りを走り回って疲れちまえ。そしたら、きっと眠れる」
眠れば、少しは前向きになる、と。レイは、ようやく頷いた。
「どん詰まりで足掻いたってろくなことはねえ。一旦離れて、周りに他人が居ることを思い出したら、頼ることを覚えろ。俺らが原因なら、絶対お前を独りにしないから」
レイの目から涙が溢れた。不安と孤独と衰弱で限界だったレイは、シンタロウに縋りついて喚いた。多くは意味を持たない嗚咽だったが、感情の昂ぶりが山場を越えて、疲労を自覚し始めた時にぽつりと、
「姉ちゃんを、助けて・・・・・・」
胸が締め付けられるようだった。その頭を抱いて、
「きっと助ける。お前のこともな」
気休めにはなったようで、緊張の糸が切れたレイはそのまま眠った。アキラが話し合いを済ませ、ユリエラを伴って戻ってくるまで、そのままで居てやることにした。




