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異変-Ⅰ

 朝食を済ませて、整備の終わった庭園を散歩する。

 石を綺麗に重ねた床に、植物を植え替えるために規則正しく土を残す。今は花のひとひら、枝の一本もない無機質な庭園だが、いずれ心の休まる景観に整える。

 が、平坦なのはそれはそれでいい。見晴らしがよく、視界の端は一面の青だ。どこまでもいけそうな気がして、これはこれで爽快なのだ。


「柵はつけましょうか。多少景観は損ないますが、安全には代えられない」

「そうだなあ。もしものことがあっても困るからな」

 シンタロウは、やはりよく眠れなかったらしい。夜中に何度も目が覚めたようで、少しぼうっとしている。アキラも、調べもので寝付くのが遅かった。

 その調べもので判ったことを共有するための散歩でもあった。


「この地方では、冷戦をしているようですね」

「アメリカとソ連でやったあれか。情報戦ってこと?」

「ええ。表面上の鉄火場というのはしばらく起きていないようですが、大国と三国の同盟で対立しているようです。マリレーヌ王女のローラン王国はその二者の対立の調停を取る立場だったようです。国としての規模も発言力も一段上らしい」


「幸か不幸か、とんでもない重要人物を助けたってわけか」

 シンタロウの表情は晴れない。自分の勝手で助けた人物が下界に於いての重要人物なら、軽々に歴史を変えたということになりかねない。アキラは助け舟を出すように、


「下界としては死んだものと同じですよ。干渉出来ないのなら、そこに生死は関係ない」

「そういうことじゃ、ないような気もするんだよな・・・・・・」

 やはり、人を殺した傷は痛むようだ。

 強い風が、二人の体を揺らすように吹いた。


「戻りましょうか。ユリエラの話ではこの城が受ける気流も軽減出来るということですが、まだ完全ではないようですし」

「そうねえ」

 どことなく上の空で踵を返した時、ユリエラが中央玄関の扉を開けて出てきた。


「こちらにいらっしゃいましたか。アキラ様、シンタロウ様、プレイルームの解禁を提案いたします」

 気が利く、とアキラは思った。シンタロウの気晴らしになればいいのだが。

「プレイルーム? 遊ぶところってこと?」

 玄関の扉を潜る。天井の高いホールの奥に階段が両脇に向かって伸びているが、柱が太いためその行く末までは見えない。


「いえ、そちらではなく。マリレーヌ王女のことです」

 首を傾げた。少し、話の向きがアキラの予想とは違うようだ。

「本来であればⅭランク権限の解放が条件なのですが、制限する必要性を認めませんので、一部解錠し、プレイルームの解放と使用を提案します。そこでなら、存分に愉しめる筈です」


「ユリエラにしては具体性を欠いた言い様ですね。そこではなにが出来るのか、説明が先だ」

「男性が女性を弄ぶのに適した部屋です。どのようになさるかは、お二人の趣向次第かと」

 運が悪い。ちょうどそこに、渦中のマリレーヌが来た。


 アキラかシンタロウか、どちらかを探していたらしく姿を認めるなり立ち止まり、ちょうどそこにユリエラの明瞭すぎるほどの説明が耳に入った。

 シンタロウは絶句して、アキラはため息を吐いた。ユリエラは続ける。


「飼い殺しとはいえ、価値のない人間を扶養なさるわけですから、やはりなんらかの用途がないとコストの無駄遣いです。幸い、お二人とは異性ですから、それを有効活用すれば見合うだけの見返りかと」


 確かに聞いたことはある。捕虜というのは、人質としての価値がある場合にのみ生かされるもので、そうでない場合は処刑が多いのだと。この場合は違うが、やはりこの城の運営に接しているユリエラには、無駄に消費されるものがあるというだけで嫌なことなのだろう。

 平然と言ってのけるが、アキラは止めた。


「ユリエラ、後ろを。少なくとも本人の前でする話ではない」

「いえ、寧ろ本人にご自身の立場と価値を判っていただくために必要なことかと」

「いいから、止めろと言っている」


 マリレーヌに視線を向ける。他意はなかった。不快ならさっさと消えろと言いたい気分だったが、反射的にマリレーヌは両手で隠すように体を抱いた。

「そ、そういうのは、ちょっと・・・・・・なあ?」

 シンタロウがごく常識的な反応で提案を蹴ろうとした。同意を求めるためにアキラを向くと、ため息を吐いた。


「そういう俗物的な話は耳に入れたくもない。ユリエラ、向後マリレーヌ王女のような立場の人が増えても、二度と口にしないように。プレイルームとやらも解放しなくていい。

 それで、マリレーヌ王女ご自身はいったいなんの用です。その位置でどうぞ」

 こういう時、主導権を持つ側は切り替えが早い。アキラにすればもうこの話は終わった。さっさと用件を済ませたかったが、一度でも身の危険が過ぎった女としてはそうはいかない。


「じゅ、十分後また伺います」

 一目散に来た道を戻ってしまった。

「・・・・・・仕方ない。十分待機しましょう」

 エントランスを支える柱に身を持たせかける。


「しかしまあ、一理あるなあ」

「なんです?」

「お前の嫁の話」

「は?」


 どんな話の流れでなんの話をしようとしているのか、この義兄は。

「お前もさ、独り身でもいいかもしれんけど、結婚っていいもんだぞ? 向こうじゃ気になる人なんて居なかっただろうけど、こっちならどうだ?」

「まだ人間なんて一人しか出会っていないのに判りませんよ。それに、文化も環境も価値観も倫理観も違う者は、もう違う生き物ですよ。それらを擦り合わせるだけで人生の半分は使いそうだ」


「同じようなものさ。同じものを見ても違う感じ方をするのが人間だ。そいつを擦り合わせるために一生を使う習慣の名前が、結婚なのさ」

「結婚は契約でしょう。まあ、定義はどうでもいいです。とにかく長い時間を共にするということは共通している。俺には、興味の持てる話題ではありませんね」


 相変わらず、この話には絶対に乗ってこない。

 聞いたところによると、まだ一度も恋すらしたこともないまま成人を迎え、その整った容姿と明瞭すぎる頭脳に惹かれた者も一蹴し続けたという難物である。環境の大きな変化でもなければ無理だろうとは思ったが、異世界転移でも揺るがないとなればもう無理である。


「まあそりゃ、人生なんてこれからだ。いつしたっていいものだけど、子供はいらんのか?」

「やけにこの話を続けたがりますね。昨日のことがまだ尾を引いているようですね」

「ああ、そうね。あの人たちにも家族が居たってことを考えたら、子供も残せないまま死んだあいつが、なんだか急に不憫になっちまってなあ」


「確かに、同じ血を引く俺が子供を作れば、それが姉さんへの供養になるかもしれませんが、それなら尚のこと慎重にならなくてはいけない。どんな遺伝子が優良なのか、それを調べるところから始めないと」

 そういうことじゃないんだけど、と言葉を飲み込んだ。この義弟にそれを納得させられるだけの理屈は浮かびそうにないし、理屈の信望者に理屈なしで説くのは、海を越えるより難行だ。


「お待たせしました」

 まだ十分も経っていない筈だが、マリレーヌが別の通路から現れた。落ち着くために走って周ってきたのだとしたら、なかなかに体育会系な落ち着き方である。


「それで、ご用件は?」

「私を助けた時のあの鎧を貸してください。私は、父王の復仇をしなければならない」

 そんなところだろうと、予想はついていた。アキラはにべもない。


「お断りします。こちらにメリットはなにもない。貴女にあれを貸し与える義理もない」

 マリレーヌは歯噛みした。金槌で殴るような、冷酷なほどの理屈である。

「ローラン王国を、父殺しの手に委ねるわけにかいかないのです」

「それはそちらの理屈です。下界のことは下界の人間がすればいい。貴女はもう死んだのですよ、マリレーヌ王女。あとは余生をここで過ごすだけです」

 話がそれだけなら、とアキラは行こうとした。シンタロウが、なんとか止めた。


「まあそう言わずにさ、話くらいは聞こう。仇討ちってことは、向こうは兄さんを、って話なんだ。相当な覚悟だ。そいつを聞きもせずに撥ねつけるのは、ちょっとひどいよ」

「俺は他人の心情に寄り添うのが苦手ですし、そういうことならカウンセラーの方が適任です。マリーに受け持たせればいい」


「アキラ、人間ってそういうんじゃないんだよ。聞くべき立場ってのがある。なんでも専門家がやればいいってわけじゃない」

 そこまで言うのなら、とアキラは体を戻したが、別に聞くほどのこともない。

 国の現状や、父王と兄王子との関係、自分を殺そうとした騎士のこと、アキラにとって価値のある情報はなく、ただ王女の身の上話が続いた。

 シンタロウは熱心に頷きながら聞いてやっている。


(やはり、人との対話は苦手だ。こんな聞かでもの話を、延々と聞かされる)

 ため息を吐きたかったが、義兄の手前我慢した。

 そしてようやく話が終わり、感情が極まって涙目になっている王女は膝をついた。

「お願いします。私には兵力もない。既に王座に座る兄を追う術もない。あなた方に協力してもらうしかないのです。私に、力を貸してください」


「お断りします」

 どんな頼み方をしようと、同情を引こうと、誰がやろうと、全て同じである。こちら側に利益がないのなら、動くだけの理由もない。動くのは不利益なのだ。この城の存在と城の持つ兵器の情報が洩れる。この城と関わりのない王女への同情など、考慮にも値しない。


 シンタロウはなにか言いたげだったが、この賢い義弟がここまで断るのなら、それなりの理由だろうと黙っていた。

 しばし、気まずい沈黙が流れた。無視してアキラが行こうとした時、ユリエラが駆け込んできた。珍しい様子だ。表情にもどことなく焦りが見えた。


「侵入者を発見しました。アキラ様、シンタロウ様、どうぞこちらへ」

 面倒事は続くものだ。アキラは堪え切れずため息を吐いた。


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