城の目覚めた時-Ⅰ
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毎週金曜日に一話ずつ更新します。
それは、まったくの偶然だった。偶然でなければ、きっと見つからなかっただろう。
背後に見える緑の山々は、上の方は雲に届きそうなほどに高く、色も薄く青くなっている。周りも、さすがにそれほどの高さではなかったが、囲うように聳える様は正に霊峰というに相応しい。
「こ、ここ、こ、れ・・・・・・」
鶏のような間抜けな声が、レイの口から漏れる。
今年で十四。まだまだいたいけな少年である。立ち止まったレイの先を行くのは、八つ年の離れた姉。
「足元気をつけな? 崩れたら最悪死ぬよ」
ひょい、と瓦礫の中を跳んでいく。相変わらず軽やかな身のこなしである。
「ね、姉ちゃん・・・・・・」
泣きそうな声でその背中に続く。
今、目の前に広がっているのは廃墟。かつては街であったであろうそれは、自然荒廃ではない様子で入口の辺りが崩れていて、足場が悪い。確かに足を取られて転びでもしたら、こんな山奥では命取りだろう。慎重に姉の真似をして足を運ぶ。
「ここ、なに・・・・・・? だって地図には・・・・・・」
「さあ、さすがのあたしでも知らないなあ」
「そんな・・・・・・だって姉ちゃんが先導していったのに」
「天啓ってやつ? なんかピキン、と来ちゃったんだよねえ。まあびっくりよ。でも当たってはいたね」
幸い、入口の辺りを過ぎると建物はまだ原型を保っていた。
長く山道を歩いたため、そろそろ休憩が必要だったから崩れていない民家に入る。
四角い白い家は、家具の残骸が転がっている。形を保っている物はほとんどなく、日差しを避けるために少し進んで真ん中あたりに腰を下ろす。荒廃した建物はいつ崩れてもおかしくない。奥や壁の近くは危ないのだ。
「はい、お水。ちゃんとペース考えて飲むのよ」
姉弟でトレジャーハンターを始めてから、何度も聞いた忠告に従って少しずつ水を飲む。
「誰も来たことないんじゃない?」
「そりゃそうでしょ。誰か来たことあるところに来たってお宝なんてありゃしないもの。廃墟なんてお宝の山だろうから、ちょっと探索したら引き返そうか」
「ん? なんで?」
そこは腰を据えて発掘するところではなかろうか。
「掘り出せたってどうやって持って帰る? 荷台もないし馬もない。そもそも掘り出すのにどれくらい掛かるか判らないから、手持ちの水と食料じゃ三日も居られないよ。
ま、その辺は業者に頼むから君だけ降りてもいいんだけどね、マイブラザー」
そんなことが出来ないことが判っていて、この姉はからかう。
「・・・・・・なにか、びっくりするようなものがあるかなあ?」
「さあね。空振りもあるし、期待し過ぎない方がいいよ。トレジャーハンター心得その六」
「身の丈以上のお宝を求めない」
「はい、その心構えを忘れずにね。流れ者は食い繋げるくらいで我慢しないと」
そうでなければ身を滅ぼす、と。休憩を終えて、姉は立ち上がった。
「もういける?」
「うん、大丈夫」
外へ出る。奥に行くにしたがってなだらかに登っている。まずは奥から探すのだろう。姉は迷いなく坂道を登った。
やがて、巨大な講堂に出た。
「ううん、なんかちょっと嫌な予感」
「あれ、そう? いい予感の方がするけど」
建物の造りがしっかりしているのだろう。表面的な荒廃こそ見られるものの、がっちりとした扉は形が変わってさえいないし、崩れる様子も見られない。
そのくせ扉は押せば開いたから、中になにも残っていないにしても、今日の宿くらいならここで心配はいらなそうだ。
「まあ、それもそうなんだけどねえ・・・・・・」
姉はいつになく煮え切らない。が、悩んだところで何もない。扉を開けて中へ。
採光の悪い内部は薄暗い。レイが気を利かせて火を焚いて、油を染み込ませた布へ移す。
「さて、探検の前に、トレジャーハンター心得その一」
「自分に勝る宝はなし、でしょ。もう聞き飽きたよ」
「聞き飽きてからが本番。耳と意識に飽きるくらい叩き込んだものが、納得して吸収されて一人前ってこと」
「じゃあお返し。トレジャーハンター心得その四」
「・・・・・・なんだっけ」
この心得自体、姉弟で活動を始めるに際してこの姉自ら創始したものにも関わらずこれである。思わずため息を吐いた。
「まあまあ、そう呆れずにさ。とにかく気をつけて進もうってこと。いいかい、ブラザー」
「はいはい。ちなみに四は、不吉だから欠番にしようって決めた番号だからね」
「おお、我が弟は実にいい性格をしてること。お姉ちゃん、胸いっぱいで思わず手が出そう」
探索する。
薄暗い講堂の端には、おそらく不用品であったのだろうなにかの残骸が積もっており、埃臭い。ハンカチで口と鼻を覆いながら、ゆっくりと見て回る。
「ここ、開くよ」
入口から見て最奥、階段で四段ほど上がった壇上の奥側に隠し扉があった。
一見はただの壁だが、叩くと帰ってくる音が違う。少し力を入れると、錆びた蝶番の音がしてゆっくりと開いた。
「うわ、滑り台になってる」
「ロープあるよ」
すかさずレイが取り出すが、固定する柱がない。人一人の体重を支えられるだけのものがなければ降りるのは危険である。
どうしたものかと見回してみると、基礎工事にでも使うような大きなハンマーがあった。
「よし、ちょっと街を見て回ろう。杭になりそうなものがあったら持ってきて」
集合はきっかり二十分後。そう決めて、トレジャーハンター姉弟は荒廃した街へ散った。