表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/7

エピローグ:なぜ義時さんは「吾妻鏡」でも悪く書かれたのか?

 俺と莉央(りお)ちゃんは、現代に戻ってきていた。


「なあ莉央ちゃん。おかしくねえか?

 『吾妻鏡(あずまかがみ)』ってさ、北条(ほうじょう)氏支配を正当化するために書かれた歴史書なんだろ? 基本的に北条氏を持ち上げて賞賛するのがデフォなハズだ。

 にも関わらず……いくら義時(よしとき)がボンクラだったからってさ。なんでああもダメそうなエピソードしか記録に残ってなかったんだ?」


「いい質問ですね、下田さん」と莉央ちゃん。

「その疑問は吾妻鏡を研究する者であれば、誰もがぶつかる壁です。なのでわたしも推論を述べる事しかできませんが……

 恐らく義時が良く書かれていなかったのは、編纂(へんさん)した時期に原因があったのではないでしょうか?」

「……編纂した時期? どういうこった?」

「吾妻鏡が書かれたのは西暦1300年頃と言われています。鎌倉幕府は1333年に滅亡しますよね。

 この頃すでに幕府は衰退期。編纂者たちはつぶさに見ていたのです。幕府末期の北条氏の専横ぶりを。

 貨幣経済が発達し、その流れについて行けなかった多くの御家人(ごけにん)困窮(こんきゅう)していたこの時代。執権北条氏は自分たちとその側近たる御内人(みうちびと)しか顧みなかったのです」

「つまり……屋台骨にガタが来ててヤベーってのに、困ってる人たちを助けようともしなかった今の中央政府の醜態を、義時に投影してた……って言いたいのか?」

「……まあ、あくまで憶測に過ぎませんけどね」


 気になる事はまだある。

 あれから俺は、吾妻鏡を通しで読んでみたが……歴史書として考えるにはあまりにも構成が中途半端なのだ。


「吾妻鏡、記述が抜けてるところあるよな? 頼朝(よりとも)が死んだ時。それと三代目執権、泰時(やすとき)が死んだ時だ」

「おっしゃる通りです。吾妻鏡は実に大事な部分が、12年ほどごっそり記録が抜けていたりします」

「なんでそんな事になってるんだよ? 有名な北条時宗(ほうじょうときむね)元寇(げんこう)を迎えるっつー大事なイベントを前に、話自体も終わっちまってるしさ。

 記録が抜けてるのはやっぱり……北条氏にとって都合の悪い箇所だから、わざと残さなかったって話なのか?」

「その件なんですが……そうとも言い切れないんですよ」


 莉央ちゃんは「これも憶測の域を出ませんが」と前置きした後、言った。


「おそらく編纂者の皆さんは、書いてる途中で完全にやる気を失ってしまい、中途半端なところで執筆をやめてしまったのでしょう」

「……えぇえ……マジかよ……」

「無理もないと思いますよ。『俺たちの北条氏はこんなにスゴイ一族だったんだぞ!』アピールをしたくて資料を集めたのに。

 いざ調べてみると、黎明期の北条氏は身分は低いわ記録に残ってないわ。栄光を掴んだはいいものの、こんなに素晴らしかったハズの北条氏の末裔(まつえい)たる自分たちが今なぜ、ここまで落ち目になってしまったのか。そんな考えが頭の中をよぎってしまったら……執筆するモチベーションもだだ下がる事、想像に難くありません」

「うーむ……気持ちは分からなくもねえけどさ……」


 特に途中で抜けてしまった頼朝と泰時の死。この部分は下手な事は書けない。ともすれば北条氏の正当性を大いに揺るがしかねないからだ。

 だから慎重に慎重を重ね、どう書くべきか議論を重ねているうちに……嫌気がさして、書かないまま放棄してしまったのだろう。


「歴史書なんて基本、自分たちをどれだけ良く描くか……だよな。

 そこにはどうしても主観が混じっちまう。嘘を嘘だって見抜けないと、すぐ騙されちまうんだよなぁ……」

「何言ってるんですか下田さん。だからいいんじゃ(・・・・・・・・)ないですか(・・・・・)

「…………へ?」


 俺がぽかんと口を開けていると、莉央ちゃんは心底嬉しそうな笑顔を向けた。


「何もかもを俯瞰(ふかん)して、客観的に過去を書く……そんな事、できるのはきっと全知全能の神様くらいでしょう。

 わたしは好きですよ、脚色も捏造も。書き手が何のために、何を考えて、それを行ったのか――書かれた文字の裏を読む。心を読む。それだけでワクワクしてきます」

「へえ……そーゆーもんなのかねえ」


 俺は莉央ちゃんの言い分にいまいち同意できなかったけれど。

 すんごく楽しそうな顔をしているのを見てたら、気持ちだけは分かったような気になった。



(おしまい)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ